第49話 黒天の主人公



俺達はエリスが買ってきてくれたメンチカツと、ホットドッグを齧りながらキリスト教の本拠地へと向かっていた。

無論、雨は降っているがこの世界にある魔法の傘は浮いており、自動でついてくるため両手が塞がらないのだ。

「この傘便利だな。・・・あむ」

「俺もこっちに来て初めて見た時はびびったわ。周囲の魔力を自動で吸収して、使用者の脳波を感知して動く傘なんだぜ」


とはいえ、戦闘向けでは無いため着ているレインコートが全てとなるだろう。

「にしても・・・。人が少ないですね」

征十郎にしか分からないが、俺達以外では二、三人といった所。雨降りだから仕方が無いと言いたいがここはずっと雨なのだから外に出ないというのもおかしい話だな。


「っと。食べ終えたけどゴミ箱はどこだ?」

周囲を見渡すが、ゴミ箱は無い。・・・どうやらゴミはお持ち帰り精神のようだ。

「仕方無い・・・」

こうしてポケットにゴミを入れようとしたその時。


降りゆく雨の全てが固まるが如く空中で静止する。


「・・・は?」

なんだこれ?

「おっやぁ〜? 凍棘の魔女のお友達がいるなぁ〜?」


「っ!」

俺の目の前へ唐突に現れたのはピエロの仮面を被ったポンチョの少女。この語尾を伸ばす特徴的な声には聞き覚えがある。そう、魔王ディステル軍幹部、粘液種スライムのイルバだ。


「イルバ!」

即座に俺はホルスターからS&WMC500を引き抜く。だがそれよりも気がかりな点、俺の横にいたアディルと征十郎がいなくなっているという点に意識が引き寄せられた。

「う〜ん? イルバはぁ〜。ここで戦う気は無いよぉ〜?」


「アディルと征十郎をどこにやった?」

「ん〜? 自分視点だと気が付かないのかぁ〜。まあいいやぁ〜」

「・・・ちっ」

珍しい事に俺は苛立ちを感じているらしいな。こいつは一々面倒臭い。


「それよりもぉ〜。イルバと取引をしなぁ〜い?」

「取引・・・だと?」

こいつから言い出してくる時点で怪しさ万点だ。

「そうだよぉ〜。キリスト関係から手を引いて欲しいんだぁ〜」

・・・こいつらが一枚かんでいるのか?


「今じゃなきゃダメか?」

そう尋ねるとイルバは無駄にくねくねと体を曲げ、腕が液化する。

「う〜ん。早い方がいいなぁ〜。じゃないとぉ〜。イルバが君達を殺しに行こうかなぁ〜」


・・・それが取引の内容か。

キリストから手を引く代わりに安全を保証する。それが無理ならこいつらが殺しに来る。

だが、イルバがエリスに勝てるのか?

「・・・そんなふうに思われるのはぁ〜。ちょっとショックかなぁ〜?」


読心魔法か。しかし以前俺が戦った感じではイルバがエリスに勝てるとは思えないのだが。

「はあ〜。しょうがないなぁ〜」

イルバの胴体部分が無秩序に動き出す。そして・・・。


イルバから発せられる気迫が数万倍にも跳ね上がる。


「なっ!」

それはエリスが龍王の力を解放した時に匹敵・・・。いや、上回っているかもしれないと思えるくらいの気迫だ。

「どうかなぁ〜? これが1100年間生き続けた結果だよぉ〜」

「・・・1100年」

この粘液種スライムは何者なんだ? いや、この気迫・・・。もしかして・・・。


「私の本名はぁ〜。魔王イルム・バーナインだよぉ〜」


・・・なるほどな。

イルム・バーナインは『遊楽の魔王』と呼ばれており軍を持たず、ぶらぶらと旅をしている魔王だからそう呼ばれている。それ故に数百年前に死んでいるという声もあれば、裏社会で傭兵をしているだとか、とある街でコロッケを揚げているという声もあった。


「で? その『遊楽の魔王』様が直接脅しに来たのか」

遊楽の魔王の強さはこの気迫から感じられる通り超級種SSSランクと言われている。


「う〜ん? 脅す気はないよぉ〜。でも魔女達と戦えるって事は覚えておいて欲しいなぁ〜」

いやいや。この構図は完全に脅されてるって言うからな?


「・・・この状況じゃあ俺に逃げ場は無いし、正面から戦っても勝ち目は無い。どう考えても俺を脅しているよな」

イルバ・・・。魔王イルムは鼻歌を歌いながらその場でスキップをしだす。

「じゃあ凍棘の魔女へ伝えといてよぉ〜。何時でも相手になるからぁ〜、って」


そう言って魔王イルムはその場から消えていき、止まっていた空間が動き出す。

「・・・おい!」

そう叫んでも既にそこに姿は無い。

「・・・レクト、どうした?」

「急に叫ぶのはマナー違反だと思うのですが・・・」


・・・なるほど、アディルと征十郎がどこかに行ったのではなく俺が別空間的な所へ飛ばされていたのか。

「なんでもない。急に叫んですまないな」


二人は俺の事を疑わしげに見ていたが、近くにあるクレープ屋が目に入るとそっちへ意識を持っていかれた。

「おっ! ちょっと入って行くか?」

「俺はいいが・・・。征十郎次第だな」


と、尋ねると征十郎は少し考えた後ニコっと笑顔を浮かべた。

「いいですよ。多少遅くなっても変わらないと思うし」

征十郎は少しノリノリだ。確かに急いでも変わらないだろうな。


扉の中は意外にも近代的なカフェだったので見新しさは少ないが、その分少しゆっくり出来そうだな。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




「ん〜。言ってきたよぉ〜」

「ありがとうございます。イルバさん・・・。いえ。魔王イルム殿」

ここはレクト達が最初に乗り込んできた部屋だ。バーロン、魔王イルム、そしてレクトと戦ったスキンヘッドの大男こと、大司教テルドが密会をしていた。


「それで、『鍵』はいつ手に入りますか?」

テルドがバーロンに問いかける。それを見たバーロンは気障っぽく小さく笑いながらテーブルにある和菓子を食べる。


「焦ってはいけませんよ。この計画はとてもシビアですが空欄も多い・・・。これ以上事を荒立てるのは良くないです」

「しかし、これ以上ハロウィンにおける『生贄の儀』と言うのも時間の問題です。それに今日は10月28日・・・。今日を抜けばあと三日ですよ?」


「だから今準備をしているのですよ。多少の狂いは想定済み、その狂いを埋めるための空白です。・・・イルム殿。もしものために別の第三次元空間を創って頂けますか?」

バーロンは仮面の上からお茶をイルムへと問いかける。


「お茶美味しぃ〜。いいけどぉ〜。広さはどれくらいがいいかなぁ〜?」

「そうですね・・・。球体で、半径45億kmでお願いします。形はこの世界と同じで大丈夫です」

ちなみに半径45kmは太陽系と同じである。


「はあ〜い。今回は直接戦闘はしない方がいいのかなぁ?」

「ええ。魔王因子の効果を使用している時の貴女に暴れられると世界が滅んでしまいます」

イルムは仮面の下からでも分かるくらい目に見えて悲しんでいた。


「別にもう一つ空間創ればいい話だと思うんだけどなぁ〜」

「そうされるとその相手が死んでしまいますよ。出来るだけ犠牲者が少ない方がですから」

「・・・私は少しついていけませんね」


テルドが理解出来ていないのは前半ではなく後半の話だ。前半の計画と後半の計画は全く違うため、テルドは知らないのだ。

「貴方には関係無いですよ。全て此方の話ですから」

バーロンが一息つくようにお茶を飲む。


「今回も陛下自身が動かれる様ですが・・・。配下の身としては部下に任せて頂きたいのが本音ですね」

「仕方ないんじゃなぁ〜い? バーロン弱いもぉ〜ん」

ケラケラと笑いながらイルムが煽る。


「・・・魔女に対抗出来る陛下や貴女がおかしいだけですよ」

「魔王因子を取り込めばぁ〜。これくらい簡単なんだよぉ〜」

「私と相性のいい魔王因子が見つかればいいのですがね。・・・ところでネイビスはどうしましたか?」


「ネイビスはぁ〜・・・。確か転移で家に戻ってたよぉ〜」

「・・・彼は既婚者で幼い子供が二人いますから。そろそろ学校に通わせる時期だった気がします」

実の所、ネイビス・ソルガリアは転生者である。そんな彼が結婚したのは幼なじみの村娘だった。


「ネイビスの奥さんはいい人ですよ。一度お家にお邪魔させて頂きましたが、料理も美味しいし面倒見が良さそうでしたよ」

「ふ〜ん。私は結婚願望とか無いからなぁ〜」

イルムはどこか退屈そうだ。


「意外ですね。『遊楽の魔王』、という異質な魔王ほど、そういう欲が強いのかと思っていましたが・・・」

「まあ〜、私よりも強い人ならぁ〜。いいかなぁ〜」

「陛下も同じような事を言っていますね。やはり強者は強者と結ばれたいという事なのでしょうかね・・・」


と、そこでキリスト教徒の下っ端が部屋へ入ってくる。

「お忙しい中失礼します! この建物が何者かに襲われています! 大司教様! どうかお助けくだ・・・」

それを言い終わる前に漆黒の杭が心臓を貫く。


「ごはっ!」

「さて、散り樣くらいは華やかに彩りたいものだね」

ハイトーンな男の声が聞こえた瞬間、下っ端の体が弾け飛ぶ。



「何をしに来たのですか? ウェスカー・ネルトス・ルイ・アイクレルト殿?」



「なあに、俺抜きで楽しそうな事をしてるから少し見に来たけど・・・。やっぱりこれね」

金髪に逆立てた髪は王室の時と変わりないが、服装は庶民的だ。


「護衛の方はどうしたのですか? 魔王イルム殿がいる我々をたった一人で相手取るなど・・・」

「そっちこそ本気で言っているの? 俺の能力を知らないはずないのにね」

ぐっ、と苦い顔をするバーロン。ウェスカーの特殊技能スキルはこの界隈では有名だが、にわかに信じがたい能力なのだ。それを知らしめるために、わざわざ単身で乗り込んできたという訳だ。


「それじゃあ、最近運動不足だしだから軽い運動でもしようかな」

「っ! 〈転移〉テレポーテーション

ウェスカーの交戦宣言と共に、テルドは転移魔法を発動させる。ウェスカーと戦っても勝ち目は無い。この行動は適切だが、それは不発に終わってしまう。


「な、なら」

転移が出来ないと知ったテルドは床の隠し扉を開けて入り込もうとする。だが、テルドが足を掛けると・・・

「なんだこの空間は・・・?」

普段なら逃げ道の滑り台があるはずが、そこには奇妙な空間が広がっておりそれ以上進む事が出来ない。


「・・・交戦宣言をした瞬間にこの部屋の空間接続を世界から切り離し、さらに転移不可領域に作り替えるた、という認識で合ってますか?」

「まあ、外に被害が出ても悪いし・・・。それにこの影の多い空間は俺に有利だから」

と、自分だけ〈転移門〉ゲートを使いワインを取り出し一口飲む。


「空間の接続が切れてるならぁ〜。暴れ放題だねぇ〜。〈溶解液の雨〉レイン・ソリューション

イルムの体が小さく分裂し、爆散する様に弾け飛ぶ。イルムのベクトルコントロール力は凄まじく、テルドやバーロンには当たらない様になっており逆に殆どがウェスカーの方向へ飛んでいく。


〈溶解液の雨〉レイン・ソリューションは少し特殊な魔法でヘスティアやエリスの使う〈雨〉レイン系統の魔法とは違い、この魔法は粘液種スライム専用の魔法だ。威力も個体ごとに違うがイルムの場合は、「存在の溶解」が可能で、端的に言えば触れれば即死という威力である。それが約数十万個の小さな粒として襲いかかる。


そんな魔法をウェスカーはつまらなそうに鼻で笑う。

「フッ」

その瞬間部屋の至る所から黒い杭が現れ、全ての液体を貫く。


「うそぉ〜!」

一部顔だけを残していたイルムの表情は隠れているが明らかに驚いており、バーロンも珍しく目を丸くしていた。


「ん? 俺の能力を知らないのかな? 仕方がないから教えてあげるよ。特殊技能スキル『紫黒沌帝』は光量300ルクス以下の場所における身体能力超強化、及び無制限無詠唱魔法使用可能と無制限再生だよ」


300ルクスの明るさは大体日出入くらいの明るさである。この場所は照明をつけても薄暗いため、完全にウェスカーのフィールドだ。


「・・・へぇ〜。〈黒濁泥の流渦〉ブラックマッド・シュトロノーム

散った液体は全て消えてしまったが、イルムの体は粘液種スライムの特性で瞬時に再生する。その体が渦巻き、ウェスカーを飲み込もうと黒い杭を喰らいながら向かっていく。


「ん〜。これは避ける必要無いけど戦いを来ているから・・・」

実際は音速レベルで襲いかかって来ている筈なのに悠長なウェスカー。そしてタイミングが掴めないまま渦が木端微塵に切り刻まれる。

「能力だけのおぼっちゃまじゃないんだよ?」


今のは超高速の闇属性ブレードをほぼ無限の数生成する〈終黒の無限剣〉インフィニテッド・ブラックソーズを放ち、ほぼ塵と化すまでみじん切りにしたのだ。

だが、塵程の大きさが残っていれば再生出来るのが粘液種スライムだ。

「あははぁ〜。相性が悪いねぇ〜」


単体の魔法をぶつけるだけでは粘液種スライムには勝てない。最も、低位の粘液種スライムならば余裕で勝てるが魔王クラスの粘液種スライムともなると

「いいね。ちょっと面白くなってきたっと・・・」


そこへ一本の〈念話〉メッセージが入る。

「・・・なるほど。引き際みたいだね。〈転移門〉ゲート

そう言ってウェスカーは門の中へ入って行く。

「おやぁ〜? 逃げるのかなぁ〜?」


そんなイルムの挑発を聞いたウェスカーは煽るような笑みで答えを返す。

「主人公が負けない、という道理は無いよ。主人公は戦う度に強くなるから私はここにいるんだ。だから最後には必ず殺す。出来れば、次に会った時に再戦願うよ」


そう言って門が閉じ、静寂が訪れる。

「いやぁ〜? 意味わかんないなぁ〜」

そう呟いたイルムに、同意する二人の姿があった。

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