第50話 魔王の帰還

「あちらではテルドさんとアディルさんが戦闘を始めたようですね」

そんな事を私、エリスはポケーっと雨にうたれながら見物していました。

ここで手を出すのは無粋というものです。


「・・・先程ユタさんから色々と聞きましたが、私達は中々面白そうな案件に巻き込まれていますね」

ユタさんが言っていたことは三つほど。


・ユタさんはキリスト教団から『熾天の鍵』と呼ばれている。


・放置すれば勝手に門が開き、ユタさんの体を人柱にして『円卓に座す神魔の王ワールドラウンズ』の一角『熾天使セラフ』が解放される。


・止めるには彼女を事前に殺すしかない。


・・・まあ真実かは分かりませんがね。

「ユタさんへ偏った情報しか渡さなかったとも考えられますから、ここら辺は自力で調べるしかありませんね」


『今回、てめえはどうすんだ?』

リオが私の中からぶっきらぼうに話しかけて来ます。

「あくまで傍観者に回るつもりですよ。にしても、や『円卓に座す神魔の王ワールドラウンズ』・・・。化け物クラスの勢揃いですね。まだ旅も序盤なのですが・・・」


魔王の方は私が本気を出せばなんとかなると思います。しかし、円卓に座す神魔の王ワールドラウンズは絶対に無理です。彼らは本当に。それこそ、転移転生は彼らが行っていると考えても可笑しくないくらいはやってのけます。


『まあお前としてはそっちの方が楽しいだろ?』

「ん〜。どうでしょうね。楽しいかどうか聞かれても・・・。最近エイリプトさんと戦ってからもう少し刺激が欲しいと思っていますが」

『なら丁度いいんじゃねえの?』


円卓に座す神魔の王ワールドラウンズクラスが丁度いいなんて思う訳ないじゃないですか。私は人間のトップクラス『魔女』を張ってる自覚はありますけど、あれはに勝てるとは思えません。あれらはもう人では無いですし、悪魔でも魔王でも神でも無いです。神が魔王因子を取り込んだから魔神・・・と呼ばれていますが、実際そんなレベルでは無いです。



「存在するだけで全ての破滅を恐れる・・・、まさに『世界の終末アルマゲドン級』です」

これは通常は使われない上位種、超級種と続く第五のランクです。

単体で全てを終わらせる力を持つ、それは私達が抗ったとしても何事も無かったかのように・・・。


「一度彼らの力を味わった私からすると、二度と戦いたくない、そう思わせるレベルですね」

『・・・分かるぞ、アレは雰囲気から死を察せる』

珍しくリオが怯えてますね。


私が過去に戦ったのは父さんを亡くす前の数日前。『神託の指導者ゴッドファクティカー』ことモーセです。白髪で私よりも身長がとっても低かったのですが、もう・・・はい。ぼっこぼこにされました。


モーセさんとお父さんは仲が良かったらしく、その時は父さんと一緒だったので笑い話で済みましたが、実践だったと考えると・・・。

「一万回は死んでましたね」

『もっとだろ』


と、まあ過去の話はこれくらいにしてですね。

熾天使セラフ、ですか」

正直なところ、復活させないようにするのが一番いいのでしょう。それが当たり前の思考です。


ですが、それをレクトさんが望んでいるのでしょうか。はたまたアディルさんや征十郎さんはどうなのでしょうか。

『・・・頼りなくなってんなぁ』

「え?」


今日はらしくないですね、リオ。

『いつものてめえならやる事は自分で決めてただろうが。ってもそろそろ成長時なのかもな』

「はい? 後半はよく分かりませんね」

『自分で考えやがれ。・・・まあでも、少なくとも俺は楽しみてえな』


ふふっ・・・。リオらしいですね。

『まあな。やっぱ "特異点" は退屈しねえぜ。つええ奴がゴロゴロいる』

・・・たまによく分からない言葉を使う以外は頼れる相棒です。

「さて、それではそろそろ行かなければ」


まだアディルさん達の決着はついていない。と、私はあの方にメッセージを送ります。するとすぐに来てくれると言う返事が来ました。

出来ればアディルさん達の決着がつく前にこっちの用事を終わらせたいところですね。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




一方、アディルとテルドはアマトの上空を縦横無尽に駆けていた。

アディルは二機の浮遊する黒曜石フローティングオブシディアンからレーザー魔法、〈熱光線〉グロウレイを放つ。触れれば火傷どころか焼き消える程の高熱だ。

〈魔法盾〉マジックガード


魔法で防ぎながら、テルドは空中で蹴りを数発繰り出し、躱されるもののかかと落としで自身の右方向へ回避させる。

「ふんっ!」

裏拳でアディルの横腹を狙いに行く。


が、惜しくも回避される。

「あっぶな、錬成」

回避しながら近くの建物へと片手で掴まりながらもう片方で金属製の剣を錬成し、丁度窓上だったためその凸凹部分を踏む。


アディルは飛行魔法を使えない。なので足場として三つの魔道具フローティングオブシディアン〈三角面魔法盾〉トライマジックガードを張っているのだ。

しかしそれには弱点があり、元々五つある浮遊する黒曜石フローティングオブシディアンの内、攻撃に回せるのは二つしか無くなってしまう。


「ちっ、俺らしくねえ考え方だな」

アディルは下の住民に気を使い、自信の戦闘力が弱体化する空中戦を選んでいる。そこから彼の心持ちが分かるだろう。


跳躍したアディルはテルドへ斬り込んで行く。数連の斬撃だが、それをテルドは腕で弾き、渾身のストレートを放つ。

「ぐっ!?」

アディルは利き腕では無い左の肩の骨をズタズタに砕かれ、40m程離れた建物まで吹き飛ばされる。


〈衝撃軟化〉ダメージソフティング

思いっきり激突したものの、魔法の効果で衝撃は消され、建物にも被害は無い。

しかし、その場にテルドが現れ、強烈な蹴りを入れてくる。

「この脳筋がっ!」


咄嗟に足場用の〈三角面魔法盾〉トライマジックガードを防御に回し、その隙にビルの様な建物を登る。アディルは無事に事なきことを得た。

そして持っていた剣を建物に突き刺し足場を作った後、全五機でそれぞれの属性を帯びた魔法で攻撃。

それらをテルドは軽々と避けていく。


気がつけば既にアディルの目の前だ。

「やっべ!」

テルドは先程以上の威力で拳を突き出す。顔を狙った一撃で、このままでは即死だ。


アディルの反射神経と脳内処理能力ではこの一瞬で浮遊する黒曜石フローティングオブシディアンが起動している魔法を切り替えるのは無理。

確実にアディルの顔面を捉えた拳が触れる。


と、思われた瞬間に〈魔法盾〉マジックガードで防がれる。

「・・・何?」

「・・・アディルさんばっかりに任せてられない」

テルドの後ろにいたのは魔法を使用した征十郎の姿だった。


「おい、何やってんだ?」

征十郎はどこか決意がこもった目をしていた。

「これは僕が戦わなきゃいけないんです。ただ、そう思ったから僕は今ここにいます。僕は前に出て戦う事は出来ませんが、ここから精一杯アシストします!」


はあ、とアディルはため息をつく。

「勘違いすんな。これは俺が戦りてえだけだ。まあ、したきゃ俺の事アシストしろよ」

「はい!」

ツンデレなアディルを笑いながら魔法の準備を始める征十郎。



しかし、そこで降り注ぐ雨が全て動きを止める。



目だけは動くが見えている空間は全て凍りつき、横目で辺りを伺う事しか出来ない状態だ。

これ程までに精緻な『凍結』を行えるのはアディルや征十郎が知る中ではたった一人しかいない。

「どもどもー。こんにちはー」


抑揚の無い静かな声が無遠慮にアマトの空で響く。

そう。凍棘の魔女ことヘスティア・エイリプトが天使の羽を模した氷の羽を背中に造形しながら飛んでいた。

「いや〜、聞きたい事があってさ。ねえテルドさん。イルバさんの場所知ってる?」


「・・・」

「教えてくれないの? だったら全部『凍結』させるけど?」

あくまでアディル達との戦闘へは手を加えないつもりのヘスティア。

「イルバさん・・・魔王イルムならこの街の地下だ。キリスト教会、我々の拠点にある隠し扉で地下街へ行けるぞ」


「それで十分だよ。ありがと。アディルさん、頑張ってね」

そう言って立ち去って行った。アディルに一つの言葉を残して。

「・・・こりゃ、絶対に勝たなきゃならねえな」


アディルはニヤリと笑って浮遊する黒曜石フローティングオブシディアンからレーザー系統の魔法を放った。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




アマトの地下街は大半が薄暗いデパートの地下階の様な造りになっている。この街の四分の一を占めており、マフィアや密売人といった人が多く、裏社会では違法取引の中心としても有名だ。

そこでイルムとバーロンはとある店でお茶をしていた。


違法取引の街にある店。これだけで厄介事に巻き込まれる事が分かる。

「・・・いつ来るかなぁ〜?」

「そろそろ来ると思いますよ。律儀な方ですし」

そう言いながらバーロンは紅茶を啜る。


そんな二人に客の一人が近寄る。黒いタンクトップで丸刈り。腕のタトゥーや首にある銀のネックレスから見ればギャングなのは間違いない。

そして周囲にはそんな男達しかいない。

「なあにぃちゃん、そこのちびっ子を少し貸してくれねえか?」


元々周囲のギャングからは二人はいい鴨だと見られていた。仮面のピエロの様な格好の少女に、仕立てのいい服を着た若くて細い男。自分達の獲物に相応しいと。


この地下街でも普通ならそんな二人を見れば、地位が高いと思われるため、下手に手出し出来ないが、バーロン達に絡んでいるギャングの所属はアマトの地下街で最も地位が高いため、こういった事がざらにある。

「断らせて頂きましょう。ですがそれは彼女の返答次第ですね」


何食わぬ顔でイルムに振るバーロン。

「私はぁ〜。ならいいかなぁ〜」

甘ったるい声でギャングを。もちろん、その意味をいかがわしい意味で捉えるし、元々そのつもりだった男達は大笑い。


「ガハハっ、もちろん楽しませてやるよ」

「そぉ〜?」

イルムは仮面を撫でながら立ち上がる。

「店員さん。そこにいると危ないですよ」


バーロンは男の後ろにいた店員に注意を促す。

「あ?」

店員がバーロンの方へと向いた瞬間・・・。



男の頭が爆散し、店員の首が跳ねた。

「「「!?」」」

「えぇ〜、んじゃ〜、ないのぉ〜?」

イルムはさも当たり前のように首を傾げる。


「あー。遅かったようですね」

「全然楽しく無かったしぃ〜。ここにいる人達にぃ〜。やって貰おっかなぁ〜」

そしてイルムが着ていた服から黒い粘液が溢れ出し、硬質的な棘を形成する。


「ゲーム、スタートぉ〜」

その言葉を聞いたギャング達総勢十八名は凍り付いた。その瞬間に絶叫すら許さずに首が飛び、心臓が突き刺され、顔面に大穴が空く。

たった一瞬で店内が血の海と化したが、バーロンはお茶を続ける。


「派手にやりましたね。陛下にどうお伝えするべきか・・・」

と、呟いた瞬間に店の扉が開かれる。そこにもう一人のバーロンがいた。


姿形全く変わらないバーロンそのもの。それが二人存在している。


バーロンが入って来るのを目にした別のバーロンは膝を付いて敬礼を行う。

「ようこそ起こし下さいました。魔王ディステル陛下」


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