第48話 雨下の思い

「僕の名前は天草征十郎時貞だよ」


・・・天草、ね。

「天草四郎のご子孫か何かか?」

そう言うと征十郎は驚きで目を見開いていた。やはり、なんて考えるまでも無いが。

「何故お爺様の事を知っているのですか?」


そう言うという事はこの世界ではそこまで名が知られていないという事なのだろう。それを考えるとエリスの父さんの情報収集能力の高さが分かってくる。

「俺も異世界人でさ。前に俺がいた世界じゃあ有名だったんだよ」


そう伝えると征十郎は驚いた顔をして、俺に詰め寄ってくる。

「え! 本当ですか!? お爺様の世界に!?」

「と言ってもそれから500年くらい後だからな。細かい歴史とかは知らないけど学校の教科書でやるくらいには」


それを聞いた征十郎は少し照れ、気を引き締めた。

「僕もお爺様の様な人になりたいのですがまだまだ未熟で・・・」

まあ、元々俺は天草四郎は凄い人だと思っている。確かに現代では江戸幕府の敵という悪者のイメージがあるが、世界に人を率いて自分の正義を貫ける人物がどれだけいるだろうか? 俺なんかよりもよっぽど立派な人だ。


「まあ、それは置いておこうか。・・・どうして追われていたんだ?」

征十郎ははっと我に返り、真剣な顔つきになった。

「僕と彼女、ユタはキリストの教徒です。先日までは本部で毎日変わりなく祈りを捧げていました」

まあ、普通の教徒だよな。キリスト教徒の友人は知らないが毎日祈りを捧げるのは普通の事だと思われる。


「そしてそろそろ10月31日になります。その日は年に一度、一人の教徒を使った生贄の儀式を行う日・・・」

その日って一般的にはハロウィンだよな? ・・・そう言えばハロウィンはキリスト教のイベントだったな。生贄捧げるなんて初耳だぞ。


「そして大体一週間前の事です。大司教様が生贄としてユタを使うと言い出しました」

「今休んでいる少女ですね?」

征十郎は深々と頷く。そしてエリスは何かを考え始めた。征十郎がそれに気が付き手を振っていたが尽く無視される。


エリスはこうなると誰の声も聞こえない。無視するのが一番だ。

「エリスは無視して続けてくれ」

「は、はい。彼女が生贄にされると聞いた僕は大司教様へ説得しに行きました。ですが全く聞く耳を持ってくれず・・・」


なるほどな。だが知ったからといっても意味が無い。これに関しては俺達が入ってはいけない問題なのだろう。

「それで? 別の人じゃ駄目なのか?」

そう尋ねると征十郎の顔は更に暗いものへと変わる。

「それも・・・。分からない。彼女に何かあるのか・・・。それとも神のお導きなのか・・・」


ふと俺は一つ天草四郎の逸話を思い出す。

「天草四郎と言えば、神の声が聞けるとかなんとかって話があるが征十郎は使えるのか?」

「いえ、僕にそんな能力無いですよ。お爺様はこの世界に来た時に似たような能力を得たとかなんとか・・・」


神の声、元々の天草四郎が強化されたと見ていいだろう。

「・・・私の意見としては」

と、自分の世界へ入っていたエリスが戻ってくる。客観的な面から見ることが出来るエリスならいい意見をくれるだろう。


「これは100%征十郎さん達が悪いですね」


「なっ・・・!」

征十郎は呆気にとられた顔をしている。まあ仕方が無いだろう。敵から助けてもらったかと思いきや思わぬしっぺ返しを食らったのだから。


「宗教団体という組織に所属している以上、それが定めた事なのですから、それに従うのは当然だと思いますよ」

っと、確かに言っていることはあっている。しかし・・・。


「とにかく、理由は分かった。こっちで対応を決めておくから俺の部屋を貸してあげるから少し休んでてくれ」

「で、でも・・・」

休んでいる間に敵対されて襲われるという事を懸念しているのだろうか?


「大丈夫だ。いきなり捕らえたりはしないし、向こうに突き出す事もしないから。それに警備という面なら問題無いと思うぞ。アディルから鍵を貰ってくれ」

「・・・分かりました」

こうして、征十郎は渋々部屋へと戻っていく。それを見届けた俺達はテーブルにある飴玉を摘みながら本題へと戻る。


・・・ちなみに、俺が取ったのは林檎味の飴玉だ。

俺が口の中でコロコロと転がしているとエリスがどこか不思議そうな目でこっちを見てくる。

「何か、おかしい事を言いましたか?」

「ん〜。どうだろうな」


正直、エリスの言っていることは正しい。組織全体の決め事なのだから生贄だとしても守るべきだと。

だが、それを認められないという征十郎も分からなくはない。だが・・・。

「あの天草四郎の孫がそれを否定するって所が不思議だな」


「私は天草四郎さんという方を知らないのですが・・・。どんな方なんですか?」

俺はざっくりと天草四郎について説明する。すると、そこそこ興味深いなぁ、みたいな顔をした。

「国家の反逆者であり、聖人。なるほど面白い方ですねぇ」


まああれは江戸幕府の暴走感がある。一揆を起こしても仕方が無いだろう。

「まあ余談だな。本題だが征十郎をどうするかだ」

「私は助けるべきでは無いと思います。あれはただの社会不適合者ですよ」


エリスが言っていることはいつも正しい。理論的に行動できる彼女は色々な面で頼りになる。だが、今は少し違う。

「征十郎は完全に感情面で動いているからな。理論的に言っても無駄だぞ」

と、俺が伝えるとエリスはハッと目を見開いた。多分答えが出たんだろう。

「感情的に・・・。あ、そういう事ですか!」


珍しく俺の方が先をいったな。エリスは感情面で考えるのは少しだけ苦手のようだ。

「・・・しかしそうなると、気持ちは分からなくはないですね」

同じ気持ちの理解者としての意見だろう。俺も分からなくはないからな。


「となると、やはり両者の意見が必要のですね」

「そうだな。もう一度あそこに行くべきだな・・・」

こうして意見が纏まりつつある中、冒険者組合から帰ってきた有紗とヘスティアが満足気にこっちへ来る。


「ヘスティア、有紗ありがとう。どうだったか?」

「いい感じに情報を貰えたよ。そろそろハロウィンだからそれ関係のいざこざなんじゃないのかな〜。だってさ」

大雑把だが、言っていた事は征十郎から聞いていた事と同じのようだ。


俺は今帰ってきた二人に事の顛末を説明する。すると有紗が驚いたように目を見開いた。

「天草四郎の孫ですか・・・。そんな方が・・・」

お、有紗は天草四郎を知っているのか。あれ? 有紗って何歳だっけ?


「有紗は天草四郎を知っているんだな」

「・・・はい。小学校で習ったばかりですから」

・・・歴史関係は小6のはずだから十歳から十一歳のようだ。それなのにベルと背丈が同じか。ベル、もう少し成長しような。


「それで? ここからの対応はどうするの?」

「意見としては一度本部へと行って生贄の理由を聞いてくるというのが一つです」

それに関しては二人も賛成のようで静かに頷く。


こうして方針が決まっていく中、エリスは少し悲しそうな顔をした。

「私が行きたい所ですが・・・。少しやる事がありますので、次の行動は他の方にお願いしたいです」

そうなると・・・。


「俺と征十郎が行くべきだな。当事者が行くのは確定として、同性の方が気軽だろ」

「そうですね。当事者とはいえ仮の被害者であるユタさんは論外ですし、全員で行くのは手狭になります。それにユタさんを守る方がいないくなりますからね」

だが、俺と征十郎だけだと不安だな。・・・俺の力不足のせいだが。恥ずかしい限りだ。


「あと一人欲しい所ですね・・・」

「なら俺が行くぜ?」

と、そこに現れたのは金髪の親友。アディルだ。

「いいのか? お前は戦闘向けじゃないだろ」

俺よりも強いがエリスやベルと比べると、という意味だ。比べる相手が悪いかもしれないが。


「男は俺とお前しかいねえし、いつまでも女性陣のスネかじってサボってる訳にもいかねえだろ?」

「それは・・・。確かにそうだが・・・」

「いいのでは? 私としては賛成ですよ」

エリスもアディルを押してくる。ヘスティアとかベルとかいるのにどうしてアディルなんだ? ・・・まあ誰が来ても俺より強いからな。


「ならアディル。よろしくな」

「おう!親友!」

こうして、キリスト教拠点本部へと男三人で乗り込む事となった。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




レクトとアディルが自分の部屋で戦闘準備を進めている中、偶然誰もいないロビーではヘスティアとエリスがチェスをしながら雑談をしていた。

「それで? どうしてエリスさんは不参加なの?」

「・・・ここでエイリプトさんに言っても結果は変わりませんよ。おっと。そこに動かして頂けると、取れるので助かります」

「ん・・・」


チェス盤の上は依然とエリスが有利だ。

「あと、ちょっと気になる情報があるんだけど・・・」

「どうぞ。 言って頂けると対策を立てるのに協力出来ますよ」

「バーロンさん、イルバさん、ネイビスさんっぽい人がアマトにいるらしいよ」



カツン!



エリスが駒を進めた音が二人だけの空間に響く。

「・・・なるほど。エイリプトさんは放置で構いませんよ。私が取りに行きます」

ヘスティアはそんなエリスをじとっとした目で見つめる。普段からそんな表情だが、今回は特にその色が出ている。

「ふーん。イルバさんは残しておいてね」

「問題無いですよ。私の目的はバーロンさんです。獲物は自分で狩りたい気持ちは分かりますよ」


そう言ってエリスは駒を進める。これでチェックだ。

「くう〜! また負けたあぁぁ!」

「まだチェックですよ? 諦めないで考えましょうよ」

「いや、考えても案は出てこないでしょ! もう一回!」

「はいはい。エイリプトさんも負けず嫌いですね」


エリスがチェス盤に魔力を流すと駒が自動的に指定の場所へ戻ってくる。

「あと、エイリプトさんじゃなくてヘスティアでいいよ。バーロンさんって、親しくないのに名前呼びだし」

「・・・そうですね〜。私が名前呼びの方は親しくて直接許可を貰っている方か、侮蔑を込めてそう読んでいるのですから・・・。なら、ヘスティアさんで」


そう呼ばれたヘスティアは駒を進めながら少し苦い顔をした。

「違和感しか無いなぁ・・・。今まで通りでいいや」

「・・・ですね。今まで通り呼ばせて頂きます」


カツン、とエリスが駒を進める。

「ところで、この世界で今起こり始めている事に関しては理解していますか?」

エリスも分かっていない事。ウェスカーが言っていた事が気がかりなのだろう。

「ん〜。知らないよ。・・・もしかして陛下と何か話した?」


駒を進めながら、疑問に思ったヘスティアはエリスに問いかける。

「おっと。詮索するのは良くないですよ」

「・・・どの口で言ってるの?」

「この口ですよ」

はぁ〜。とヘスティアがため息をつくと、エリスが駒を進めたカツンという音が響く。


「もうチェックですよ。・・・エイリプトさんチェスは苦手ですか?」

「えっ! 嘘っ! ほんとに!?」

「チェスにおける実用的な最短ルートで打ったのですが・・・。これで終わるのも味気無いですね」

もう一度チェス盤に魔力を流し込み、再び始める。


「先手もらうね。・・・エリスさんはどうして今みたいに戦うことを楽しむようになったの?」

「唐突ですね。どうしましたか?」

ヘスティアの表情は然程変わらないが、不思議に思っている事があるようだ。


「私も楽しいよ? でもみんな楽しくないって言うんだよ。それが不思議で」

「なるほど。そういう事ですか。傾向としては強者は戦闘狂な気質だそうです」

ヘスティアは、強者だからかな?、と呟くがエリスが即座に否定する。


「私は別に楽しい、とは思っていませんよ。ただ、嬉しいという思いです」

「ん? 何が違うの?」

エリスはカツンと駒を置きながら語り始める。


「最初はアムネルへの復讐心でした。アムネルを殺すためには私よりも強い相手、厳しい戦場が無ければ成長出来ません。こうして乗り越える度に強くなれる・・・。これが嬉しかったんです」

エリスは呼吸を置くために宿のサービスで飲み放題の紅茶を飲む。


「ですがアムネルを倒して・・・。いえレクトさんと出会って変わりました。私が大切だと思える人が見つかり、その人を守りたいと思える・・・。だからレクトさんを守る為に力を得られるということが嬉しいんですよ」

「そっかぁー。エリスさんも恋する乙女なんだね」

ヘスティアは一度紅茶を注ぎに行く。戻ってくると今度は彼女の話へと変わる。


「私はそんな立派じゃないよ。ただ、自分の楽しみだけに戦っている。いつか私を倒してくれる様な強者と出会って、それまでにもっと強くなって高い世界を見てみたい。・・・ただ快楽を求めて戦うのって楽しいって思ってるからね〜」


「いいじゃないですか。どんな事であれ、楽しいと思う事は必要な事ですよ」


「自分の為だけに戦ってるようじゃまだまだだってメルが言ってるんだ。だから他にも別のものを探さないと・・・」

ヘスティアもエリスも今でも十分に強いが、まだ更に上を目指すと言う。


「・・・そろそろお昼時ですね。レクトさん達へ軽食でも買いに行きますか?」

「いいね。個人的には揚げ物かな〜」

エリスとヘスティアは自身の情報を書き換えと、凍結をしてから雨具を付けずに宿の外へと出かけて行った。


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