第36話 真夜中の特訓
ベルと有彩はこの街を一日中周っていたらしい。他に目立ったことは無かったようだ。
俺はというと、エリスとのデートの後にそのまま夕食をとって宿の部屋へと戻っていた。特に変わった事は無い。
「・・・有彩は大丈夫だろうか?」
有彩が言っていたが、明日の12時までに龍王の力を抑えなければいけないのだ。エリスですらまだ認められていないのにあの幼い少女ができるのはずが無い。
「・・・なんて、決めつけちゃダメだな。俺は信じるしか無いか」
これは俺の独り言だ。アディルは今、工房で作業があるらしい。「俺のため」の魔道具を作っているのだそうだ。
「有彩ちゃんなら大丈夫だと思いますよ」
・・・エリスの声が後ろから聞こえる。
「どうやって侵入したんだ? 鍵は閉めておいたはずだが?」
「
「まあ、それはいいや。 どうしたこんな時間に?」
まさか夜這い・・・。いや、それは無い。前にエリスの口から言ってたからな。
「・・・今夜は寝かせませんよ?」
!?!?!?
「え、エリス? 急にどうした?」
まさか、そんな事って・・・。
「まあ、エッチな意味では無いですけどね〜」
「だと思ったよ」
上手く期待を外させて来るな。まあ、期待はして無かったけど。・・・ホントだからな。
エリスはゴソゴソと寝巻きのポケットから小さな鏡の付いたキーホルダーを取り出す。
「エイリプトさんから借りてきた魔道具、『
エリスの周りに多数の魔法陣が現れる。そしてこの部屋を紫紺の光が包み込む。
「ぐっ・・・」
その光に飲まれた俺は・・・
何も無かった。
「え? どうなってるんだ?」
「ここはこの魔道具が生み出した固有の空間です。元の世界と同じ様に作られてますけど誰一人いません」
・・・知らぬ間に世界移動してたのか?
「それで? 何をするんだ?」
「もちろん、レクトさんを鍛えるんですよ」
トレーニングか。もちろん喜んでやるけど。
エリスの気配りだろうか、戦闘用品も持ってきてくれている。それを装備して・・・。
「どうやってトレーニングする? まあ、単純な筋トレだったら世界移動する必要は無いから・・・」
あれ? この世界には誰もいないからやりたい放題だよな。ここの物を壊しても何も言われないし、世界が違うから元の世界には影響が無い。つまり・・・
「私が相手ですよ〜」
!?!?!?
やばい! 割と真面目に死ぬかもしれない!
「嘘だろっ!」
慌てて窓を開けて外へと飛ぶ。
「
俺の部屋が、いや宿の2階が半壊する。
・・・あと2秒遅かったらやばかったな。
「レクトさんは全力で来て下さって構いません。私は手加減しますから。私に一発当てればレクトさんの勝ちです。レクトさんの負けは私が判断します」
「冗談にしてはきついな」
エリスの事だから俺に無理はさせないだろう。多分な。
相変わらずニコニコとしながら一瞬で寝巻きから戦闘服の黒ドレスへと着替えたエリス。
燃え上がる建物の上で佇む黒衣の少女。・・・本当に魔女っぽいな。
相手がエリスだからだろうか、火器を全部投げ込んでも勝てる気がしないな。・・・傍から見ると女の子に火器をぶっぱなす軍人になるけどな。
「『グレネード・炎弾』」
俺がそう呟くと手に
「おっ。機能してるな。あと身体強化もしないと簡単に死にかねない」
俺は魔法の適正が殆ど無いのでこれは魔法では無い。このウエストポーチ魔道具は俺の声で反応する様になっている。俺の脳波をこの魔道具が感じ取り、必要な物が勝手に出てくる。中は俗に言う四次元ポケットだ。
「
エリスは強化した
俺は向かってくる龍雷を
ドパン! ドパン! ドパン!
ベレッタMCの弾には前回と変わらず魔法無効化が付与されている。
休む暇は無い。俺はエリスとの距離を詰める為に一気に走る。魔法師との戦闘は距離が重要だ。近ければ近いほど詠唱する時間を与えなく出来る。
「・・・と、思っていますね?
っ! 読まれた!
俺の上に現れた魔法陣から五本の雷が降ってくる。ベレッタMCの連射は3発まで。全て防ぐ事は難しい。
「なら、『
即座に俺の手には
耳を劈く炸裂音が響く。だが、魔法強化済みの体ならば鼓膜は破れない。エリスの魔法を無効化した俺はエリスのいる2階へと飛び乗る。
「おっとぉ?」
「悪く思うなっ!」
エリスの肩へと向けて銃口を向けて容赦なく一発!
だが、その銃弾はエリスをすり抜ける。
「なっ! 透過? いや幻影か!」
「その通りです」
エリスは1階から声を掛けてくる。
「これも魔道具ですよ。魔法師が距離を置くためによく使いますので気を付けましょう」
「なるほど」
ただ戦うだけでは無く訓練らしく戦術を教えてくれてくれる。足りない知識を教えてくれるのは嬉しいな。
「なんて、呑気に立ってていいんですか?」
その声と共に俺の上に五つの魔法陣が現れる。
「っ!」
魔法陣から雷が射出される。これは
「どうでもいいけど焼け死ぬのはゴメンだっ!」
俺は下へと上手く回避する。だが、落雷で宿が完全に消滅する。
回避は出来たがその宿の爆発で吹き飛ばされ、体勢を崩す。
「やっべ!」
「
マジで殺す気だっ!
ベレッタの引き金を引き、
「危なっかしい戦い方ですね。盾の一枚くらい持っておくべきですよ。ウエストポーチに入れておくのが一番いいですね」
「確かに盾の一枚も無いのは不安だな」
後でアディルに頼んでおくか。・・・でもアイツ忙しそうだしなぁ。
「さて、いきますか。予想以上にレクトさんがやりますので少し強めに行きますか」
・・・マジで辞めてくれ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
宿の1階。ベルと有彩の部屋は珍しく起きている2人がフルーツ牛乳を飲みながらテーブルを囲んで話していた。今の時刻は丁度日付が変わった頃だ。2人は帰りが遅く、今まで湯に浸かっていたのだ。
「今日はありがとね。私、楽しかった」
「ま、それならいいけどさ。 で? 見つける物は見つけたか?」
有彩はこの意味を分かっているだろう。だから素直に首を横に振った。
「・・・分からないか。でも俺もそんなんねえからなぁ」
「ベルらしいね」
2人は軽く笑い合う。そこでベルはちょっとした、そして重要な疑問が浮かぶ。
「そう言えばチビ助はにいちゃん達みたいに異世界から来たんだって?」
「すごく今更だね・・・。まあ、そうだよ」
「それで、元々死神って言われてたのって有彩の能力せい。で、こっちに来るきっかけが出来たんだよな?」
有彩はうんうんと頷く。
「じゃあ、なんで元々
この疑問はこの世界の根幹に触れる疑問。過去に何があったのか、そもそもこの世界は何なのか、そこに触れる疑問なのだ。
「・・・分かんない。生まれた時から元々いたから・・・? え? あれ?」
「な? そうなるだろ? そこがおかしいんだよ」
だが、彼女らはその答えを知らない。何故外界に龍王の魂が存在しているのか、多数の世界が存在しているのか、はたまた何故その世界の人物がこの世界へと転移や転生をするのか。
「まあ、今はこのままでいいだろ。どの道わかんないし」
「とっても重要な事だと思うけど?・・・エリスさんやへスティアさんなら知ってるかな?」
この答えを知っているのは
「でも・・・。どうしよう、もし抑えられなかったら・・・」
その不安を優しく包む様にベルがにぱっと笑う。
「そしたら俺達で何とかしてやる。何度も言わせんなよ。俺達は仲間だ。仲間の失敗は仲間が戻してやるもんだ」
「ベル・・・」
有彩は涙が溢れそうになっている。
「こんなんで泣くんじゃねえよ。泣くんだったら成功してから泣け」
「・・・そうだね」
有彩は鼻声になっていた。それだけ、ベルの言葉が嬉しかったのだろう。
「さ、もうこんな時間だし、歯を磨いて寝るとするか。起きれなくなっちゃうな」
ベルと有彩がフルーツ牛乳の瓶をゴミ箱に捨て、歯を磨き始めた。
この時、有彩の胸には不安と恐怖がある事はベルはまだ知らなかった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「やばい! やばい! やばい!」
少し強めなエリスがヤバすぎた、って物語ありそうだな。・・・なんて言ってる場合じゃない!
「
エリスは飛行魔法を発動しながら魔法を詠唱する。降り注ぐ龍雷は無人のレプテンダールの街を尽く廃材置き場へと変貌させた。一度の魔法詠唱でミサイルが20発撃ち込まれた後の様に建物が瓦礫となるのだ。正直、もう逃げるしか手が無いんだけど?
「飛行魔法は魔法師が距離を置くのによく使われます。レクトさんの場合、銃という武器を主体に戦うので飛行魔法で飛んだ時に撃ち落とす事が出来ますね。そこがレクトさんの利点ですよ」
冷静に指導しなくていいからぁぁぁ!!!
そう話している間に二回目の
アムネル戦で少し使ったがここまで協力じゃ無かったんだがな!?
再び降り注ぐ龍雷が俺の周囲を蹂躙する。
「とりあえず数がおかしい!」
普通であれば一つの魔法陣からは三本の龍雷が射出される。しかし、九重強化されているためその九倍の二十七本。さらに魔法陣が九個なので約二百四十本も射出されるのだ。これを撃ち落とせと言う方が無理だ。
俺は今、エリスから見て正面のギリギリ壊れてない一軒家にいる。距離は直線で約30m。多分ここから撃ち込んでも銃弾は躱されるだろう。もっと近づく必要がある。
「何を使うべきか・・・」
「さて、では行きますか」
不味い、悠長に考えてる暇は無さそうだ。
「これだ! 『グレネード・閃光、2つ!』」
俺の手には
まずは俺の下へと一弾落とす。
「くっ・・・」
エリスの呻く声が聞こえた。エリスは俺のいた方を見ていたため、もろに食らったはずだ。
ここで瓦礫の上を早足で
ドパン! ドパン! ドパン!
視力を一時的に失ったエリスはこれは防げないはずっ!
「
カン! カン! カン!
「・・・」
・・・・・・。
・・・・・・。
「ダメじゃん」
「いえいえ。そんな事は無いですよ。ラストの攻め方は上手でした。視界を奪い、その隙に背後へと回り、弾丸を撃ち込む。ただ、その武器の弱点である発砲音のお陰で私も守りやすかったです」
う〜ん。浮いてたから分かりにくいけど、約10mくらいの距離だよな? そこからの銃弾を普通に防ぐって方がおかしいけどなぁ?
「普通の相手であればレクトさんの勝ちでしたよ。ですが、相手が悪かったようですね。まあ、レクトさんの訓練ですので今回はレクトさんの勝ちでいいですよ」
「おっ! やった!」
お情けとはいえエリスから勝ち星を取れたのは嬉しいな。
「まあ、明日もやりますよ。明日は最初からこのくらいで行きますね」
「マジか・・・」
秒でミサイル撃ち込んだ後みたいにしてくるレベルから始めるのか・・・。しばらくこの訓練続きそうだな。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
俺達は元の世界へと戻り、お互い風呂に入った。ここの風呂は24時間営業なので助かった。そしてコーヒー牛乳を飲みながら窓辺で少し話す事となったのだ。
「エリス・・・。もう少し手加減してくれないか?」
「おや? 私はあれでも手加減してますよ?」
もうダメだな。説得の余地が無い。
「・・・どうして急に戦闘訓練なんかを?」
俺がそう尋ねるとエリスは珍しく顔が赤くなった。
「ええっと、レクトさんは私が初めて惚れた人です。ですから死んで欲しくないんです。たとえ蘇生の魔法があるとしても、死んでしまうのは嫌ですから」
「あんなに全力で殺しにかかって来たのに?」
「ちゃんと腕を狙いました。腕の代償でレクトさんが死ない為の知識を得られるのならいいんですよ」
なんかよくわかんない子だな。だが、ねじ曲がっていても俺の為だとは分かる。
「なんかちょっと違う気がするが、俺のためにと思ってやってくれてるんだろ? ありがとな」
そう言うと、エリスは万遍の笑みを浮かべた。
「ええ! こちらこそ、レクトさんが強くなってくれているのが嬉しいです!」
付き合っているというよりも、師弟の様な関係。婚約者同士の関係としては違う気がするが、全然悪く無いな。俺達からすると、こっちの方が過ごしやすいのかもしれない。
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