第35話 つかの間の穏やかな日常
エリスとレクトが外へ行った直後にベルが戻って来た。
「おーい。要件はおわっ・・・。ってエリスは居ないのか」
「エリスさんならレクトさんと何処かに行ったよ」
何処かソワソワしている有彩とずっと暖炉の前で魚のようにピチピチ跳ねてるへスティア。
「あ? チビ助とねーちゃんだけか。んじゃ、チビ助。俺と出かけんぞ」
「え!? 今から!?」
「ああ。全部エリスから聞いてる。今だからこそ出かけるんだぜ」
ベルは含みのある笑みを浮べ、有彩を外へと連れ出していく。
「おーい。・・・おねーちゃんの事忘れてるよね。私も行こうかな、って寒いからいいや」
結局、へスティアが1人になってしまった・・・。と、思ったがそうでは無かった。
今度は仕事を終わらせたアディルが戻ってくる。
「お? へスティアちゃんしかいねーのか」
「おかえりアディルさん。そうだよ〜。みんな私を置いてどっか行っちゃった」
へスティアが話しかけられて嬉しそうにピチピチと跳ねる。相変わらずの無表情だが。
「もう魚に転職しろよ・・・」
「海の中でしょ。寒いよ」
「そういう問題なのかよ・・・」
こうして、アディルが椅子に座り、自作のPCを開く。
「? アディルさんそれ何?」
「これはパーソナルコンピュータ、略してPCつーやつだ。この世界風に言うとだな・・・。データ処理をこのPCでやる事で脳に負担をかけなく出来る道具だぜ」
アディルはここ数日、工房にこもり、これらの現代的な道具を作っていた。
しかし何一つデータが無い状態で現代的な道具を作ることはいくらアディルが生産系に優れているとしても至難の業・・・のはずだった。
しかしアディルの
「へー。便利そうだね。私にも一つ作ってよ」
「そいつは構わねえがちょっと値段が高いぜ・・・っと言っても
「ううん? 私は月に大体7億マルクしか貰ってないよ」
ちなみに、1マルク=1円である。アイクレルト王国の平均月収は約25万マルク程なのでへスティアの月収はトップクラスだ。
「多いわ! だったら・・・一台6億マルクくらいにしておくぜ」
「ええー。月にあと一億マルクしか残らないじゃん」
「あと一億残ってんじゃねーか。それに貯金とか多そうだしな」
ちなみにこの世界での貯金は、現代と同じ様に銀行で行える。通帳代わりに体内魔力での識別とSTNでの情報共有で行われているため、盗まれず、確実性も高い。その技術は地球を上回っている。
「とりあえず6億マルクにしとっから、量産出来るようになったら買ってくれよ」
「はいはーい」
と、そう会話しながらもアディルは作業を続けてる。
アディルが進めているのは主に2つ。
1つ目はこの世界におけるインターネットサービスの開発だ。
アディルはレクトのPCでSTNの運用に成功させた。ならばPCを大量生産し精霊と連動させる事が出来ればリアルタイムでSTNことインターネットが更新し、誰でも手軽に情報を手に入れる事が出来るようになる。そのビジネスは転生者で生産系に適正のあるアディルしか出来ないのだ。
2つ目は魔法の適性が無い人でも手軽に魔法を使えるように出来るかの試行錯誤だ。
先程へスティアに言ったが、脳ではなくPCや携帯に魔法式を読み込ませる事で脳に負担をかけず、更には簡単に魔法を使えるようにしたいという考えだ。
「
アディルが魔法を唱えると空中に画面とPCのキーボードが現れる。
「
そして魔力で構成された手が現れ、作業が始まる。
カタカタカタカタカタカタカタカタ
今アディルが行っているのは俗に言うプログラミングだ。ただ、6人分(
6人で集まるよりも作業効率がいいが、その分負担が大きい。
「基盤は作れるか? だが、ここまで大掛かりだとちと精霊様のお助けが必要かもな・・・てことで出てこいシルキー!」
アディルは大声で妖精を呼ぶ。すると、すーっとと幽霊の様に灰色ドレス姿の女性が現れる。金髪に碧眼、更には豊かな胸と美貌は女が欲しがる全てを持っているかのようだ。
『呼んだ?』
無愛想な声で呟いたのは闇の精霊シルキーだ。彼女はアディルと出会った時は名前が無かったが、イングランドに伝わる亡霊からその名が付けられた。中級精霊だが、情報処理に関しては一級品だ。
「すまねぇ。手伝ってくれ」
『ええ。いいわよ。そっちの二枚の接続をこっちに・・・。ありがとう。
シルキーは先程アディルが出した個数と同じ個数の画面を操る。彼女は精霊なので画面に直接作用出来るためキーボードは不要だ。
「あと1人くらい欲しいものだぜ・・・」
と呟くアディル。
そこにぴょんぴょんと魚の様に跳ねながらへスティアがやってくる。
「んっ・・・。手伝おうか?」
「いいのか?」
へスティアは脳内処理に関して、化け物級だと予想出来る。そうでなければ「凍棘の魔女」とまで呼ばれないし最悪、龍王を使えばいい。
「・・・分かるか?」
「うんん? 全然分かんないよ。だから、
へスティアが魔法を使う。だが、アディルにはその魔法の意味は分からない。
「アディルさんの記憶をもらったよ〜。ええっと、大体おっけー」
「たしか記憶の移行って第五位魔法だよな? こんなにすっと使えるものなのかよ・・・」
第五位魔法使用者の位置づけは、「私! 人間辞めます!」と言ってギリギリ辞めれないくらいのレベルだ。第六位魔法からは完全に人間を辞めており、その存在自体が危険視されている。
「モニター何枚だそうかな・・・っと」
そしてへスティアが
「は!? 多すぎだろ!?」
「メルも手伝ってよね」
追加で約200枚現れる。
「もう・・・。どうかしてるぜ」
圧倒的な力を前にしたアディル。驚いた時に言葉が出なくなるのはレクトも似たようなものだ。こういう点で2人は似ているのだ。
「ほいほいーっと」
へスティアは相変わらず無表情でピチピチと跳ねているが作業は進んでいる。
「こっちでプログラミングしたらそっちに送ればいいんだよね。ちょっと待っててね〜」
へスティアがせっせと神技術で作業を進め、ほんの数十秒で無表情から少し満足気な表情になる。
普通であれば生産系に特化していないへスティアが出来るわけが無いのだが、龍王の演算力でどうにかしてしまったのだ。パワーワークである。
「はい。半分終わったよ・・・。残りは自分でやりたいよね?」
アディルがへスティアの言葉に驚く。
「お? 職人の心を分かってくれるのか?」
「うん。こういう自分にしか出来ない事って自分で成し遂げたいものでしょ? だったらアシストしてる私が出しゃばるのは良くないし、何より最後は発案者本人がやりたいって事くらい分かるよ」
「・・・案外良い奴だな」
そんな事をポツリと呟いてアディルは残りの作業をやり始めた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
場所は変わって王都アイクレルトの王城。今、ウェスカーは全力でとある情報の取得に勤しんでいた。
「・・・レクト・ユレガリア。STNですら殆どの情報が無い。つまり余程の人物か、あるいは目を付けられていなかっただけか。だが、今ある情報だけであればただの雑魚。期待値の無い無能なのだけどね」
現国王であるウェスカーが握っている情報は少ない。
・エリス、ベル等の高位魔法師と行動を共にしているという事。
・外界の武器、銃を主体に戦う中距離型の攻撃手という事。
・戦い方、戦闘力そのものは3流である事。
・アムネルとの一戦では勝利の決め手になった事。
「ん〜。3流なのにアムネル戦の時は決め手になった・・・。外界の武器・・・。セクトルスやベルキューア・・・」
そうして、ウェスカーはむんむん唸る。
と、そこへ老人の秘書が現れる。
「お待たせ致しました。現在、
「ご苦労様。ネスも忙しかっただろ。お茶出すよ」
ウェスカーは王らしくない行動をとる。 普通ならばお茶はメイドにやらせるものなのだが、ウェスカーは、これくらい出来ておかないと恥ずかしいよね? 、といい自分でやる事にしているのだ。
ウェスカーは部屋の棚からカップを取り出し、魔法瓶(保温の水筒では無く、魔法での温度調整が可能なポット)に茶葉を入れていいタイミングと高さから注いでいく。
部屋は紅茶のいい香りで包まれ、居心地のいい空間が出来上がっていた。
「どう? 上手くなってきたかな?」
この部屋に入ってきた秘書、ネスは紅茶やワインといった飲み物に関してはプロ並みだ。故によくウェスカーはネスに試し飲みして貰い、率直な意見を聞いているのだ。
ネスは運ばれて来た紅茶のカップを持ち、優雅に飲む。
「・・・陛下もお上手になりましたな。これでしたら客人に振舞っても問題ないでしょう」
「そうか! ネスに褒められると嬉しいな!」
「・・・しかし、あと7秒待って頂ければ少し味が深まります。紅茶ではその秒加減が重要です。陛下の腕は上級者に達しておりますので、次からは細かい所を課題にしていくといいかも知れません」
ネスは褒めながらも足りない部分をしっかりとアドバイス。ただ褒めるだけのボンクラ貴族とは違うな、等と思ったウェスカー。・・・実際その辺は直接指示をしているのだが。
「いつも付き合ってくれてありがとうな」
「いえいえ。こちらこそ陛下の元で働けて嬉しく思っております」
「・・・一息着いた所で本題に入ろうか。まず、龍王に関しては様子見だ」
「何故ですか? 一刻も早く対処しなくてはいけないのでは?」
まあ待て、と手を振りながらネスへと手作りクッキーの入った器を渡す。これもウェスカーが趣味でやっている事だ。
「あの街にはセクトルス、エイリプト、ベルキューアがいる。特に前二名は同じ
ウェスカーが含みのある笑みを浮かべる。
「レクト・ユレガリア。彼の真髄が見れるかも知れないしね」
「彼・・・ですか? 異世界の武器という点以外は注目すべき点は無いと思われるのですが? ましてや我々からすれば驚異でも無い武器です」
その言葉にウェスカーは少し煽る様な笑みを浮かべた。しかし、ネスは不快感を覚えない。そういう人だと理解しているし、単純に自分よりも頭がいいのだ。煽られるのも無理はない。
「本当にそうなのかな? 確かに情報上、彼は弱者の部類だ。だが年老いて弱っていたとはいえ、アムネルを倒せたのは彼がいたから。そして問題の契約者と共に行動をしている・・・。上手く行き過ぎじゃないかな?」
ここでネスはウェスカーの言いたいことを察する。
「つまり・・・。彼は陛下と同じ
「いや? まだ分からない。それを決めるのはこの一件が終わってからだよ。それでも・・・」
「この一件で世界が動く可能性が高いかもね」
「・・・事実ですか?」
ウェスカーが宣言したという事は殆どの場合で実際にそうなるのだ。
「さあ? 分からないよ。全ては
ウェスカーは無邪気な笑みを浮かべて、手作りクッキーを口にした。
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