第33話 寒がり少女と死神の少女
「・・・そんな事があったのか」
朝八時。俺は普通の汗をかきながら昨夜の出来事の件を宿の一階のロビーで聞いていた。
イルバ達の元へ有彩が抜け出していた事。
魔王ディステルの配下が集団で街にいた事。
エリスが街の真ん中に巨大なクレーターを作り、お金を弁償した事などなど。
少し汗をかいているエリスからたっぷり聞いていた。
「それにエリスが俺の部屋に忍び込んでたのも初耳だな・・・」
「そ、それは・・・。ですけど、・・・出来ないのなら・・・眺めてるしか・・・ね?」
な、何が出来ないのだろうか? ・・・僕にはさっぱりわっかんないな〜!
「ね? じゃなくてな・・・」
すると、汗だくのアディルがパンパン、と手を叩く。
「イチャつくのは後でにしろよ。 まずはこいつの事についてだろ。・・・あぢぃな」
アディルが指をさしたのは隣のソファでベルに寄り添って寝ている有彩がいた。・・・二人も汗だくである。
そして受付の人や他の客。とある一人を除いて全員が少なからず汗をかいていた。
「いやいや。その前に突っ込ませてくれ。なんでここにある5つの暖炉がフル活動してるんだよ? おかしくないか? まだ10月後半だろ?」
俺達が汗をかいている理由。それはまだ10月にも関わらず、ここにある全ての暖炉が稼働しているせいである。そのせいでこの部屋の気温が37度近くまで上がっているのだ。
「・・・仕方ないですよ。エイリプトさんがいますので」
暖炉の前にはアイクレルト王国魔法師序列第二位、へスティア・エイリプトさんがいた。エイリプトさんは薄い毛布にくるまりながら暖炉の前をゴロゴロしている。
「エイリプトさんは極度の冷え性なんですよ。・・・氷を操る『凍棘の魔女』のはずなんですけどね」
「あ〜。寒い・・・。そうじゃないでしょ。真夜中を中央貿易都市ハテルマからマッハ7で飛んできたら流石に寒いよ」
・・・まず、マッハ7の時点で体がもたないはずなんだが? それに、凍棘の魔女って・・・
俺はノートPCに「凍棘の魔女」と打ち込み、左耳にワイヤレスのインカムを付ける。
『おお〜。昨日から忙しいね〜』
『おはよう。アクベンス。早速教えてくれ』
アクベンスは俺が契約した水の下位精霊だ。ほとんどの手続きをアディルがやってくれたのだ。ちなみにこれは直接声に出すか、ノートPCに打ち込む事で会話出来る。
俺は昨日からアクベンスと話してこの世界の情報を手に入れていた。
『おはよレクト。・・・えっとね』
インカムから小さな少年の様な声が聞こえてくる。このノートPCが翻訳してくれているおかげだ。
『本名、へスティア・エイリプト。17歳172cm。サイズは上から86・・・』
『いや、ちげえよ。だれもそんなエロい事聞いてないから』
・・・最初から不安にさせてくるのがコイツの特徴だ。
『はいはい。・・・物静かな性格だけど、エリスと似たような戦いを好むタイプ。その性質は自分と同格、もしくは強者に見せるから君じゃ興味を惹かれないね』
うっせえ!
『それと、契約龍「
視界内・・・。規模がおかしくないか?
『戦闘スタイルはエリスと似たような感じかな。大火力と絡め手を含めながら戦うって感じだけど、殺し合いになったら大半が龍王の力を使って凍結させれば良いからね〜』
・・・ホントにむちゃくちゃな能力してるな
「だいたい分かった。ありがとう」
『うん。仲良くすれば危険じゃないよ。それに、僕も助けになれて嬉しい』
こうして俺はパソコンを閉じる。
「ええっとエイリプトさん、助けに来てくれてありがとうございました」
俺はエイリプトさんに礼を言う。ベルがお世話になったからな。言わなきゃいけないだろう。
「敬語は要らないし、へスティアでいいよ。私はエリスさんの要望があったから来ただけ。エリスさんの と約束したからね」
毛布にくるまって魚のようにぴょんぴょん跳ねるへスティア。とても嬉しそうだがシュールだ。
それにエリスと約束? なんだろうな・・・?
すると、衝撃の一言をエリスが呟く。
「ああ。後で全力勝負するって話ですね」
ブー、っとアディルが漫画の様に飲んでいたコーラの様な飲み物を吐き出す。
「アディルさん。静かに。それに汚い」
「ゲホッ、ゴホッ。静かに出来るかよ! だってあの『
エリスの
『前から気になってたが、
と、再びPCを開き、打ち込む。
『
おかしいもなにも次元が違うな・・・。そしてそれが・・・? 全力で・・・?
「ダメだ! この国どころか、割と真面目に世界が滅びる!」
そんな俺の声に驚いたのか、毛布にくるまっていて魚の様になっていたへスティアがビクンと跳ねた。
「だ、大丈夫だよ。ちゃんと対策はするから。
こっちが何なのかは分かんないけど。
「ま、まあ! エイリプトさんが対策してくれてるので! いいですよね!」
「というか、無理やり真夜中に呼ばれて来たんだからこれくらいしてくれないと・・・」
「この街を氷漬けにするかもね」
ひいいいいいい!!! これは絶対に冗談じゃない!
「わ、分かった。ただ、エリスの言う『
「エイリプトさんは大丈夫です。この件が終わるまで一緒ですよ。ただ・・・。もう一つの方ですが、バーロンの計画が上手く行き過ぎてるんですよ」
既にエリスは魔王ディステルの配下、バーロンの計画を看破しているようだ。
「バーロンの計画・・・。聞かせてくれ」
エリスはニッコリと頷く。
「はい。 ・・・今回の相手方の狙いは恐らくアリサちゃんの
俺は寝ている有彩の方を見る。・・・その有彩は何処か苦しそうだ。
「バーロンの二つ名は
確かに強力な傀儡を創るのが目的と考えるよりも目的の為に強力な傀儡を創ると考えた方が自然だな。
「はいはーい。私も同じいけーん」
抑揚の無いトーンで魚のように跳ねながらエリスに同意するへスティア。・・・そのぴょんぴょんする動作無くてもいいんじゃないか?
「そして、それを阻止する・・・。とまでは決めてません」
「どうしてだ? 相手は魔王の配下なんだろ? 止めない理由が無いじゃないか」
RPGゲームだったら魔王はラスボス。悪いヤツだ。だが、今更ながらこの世界では違う事を思い出される。
「あのな。ここは地球のゲームじゃねえからな? こっちの魔王はそれぞれ違うんだよ。特にディステルはちっこい国をちょこちょこと回してきたやつだ。実際、国民の評価は高いし、信頼度も高い。だからここで敵対するかどうかで今後が変わってくるんだぜ?」
アディルが解説してくれる。・・・本で読んだけど、忘れていたな。
「教えてくれてありがとな。 ・・・どうするか」
正直、元々有彩が
「有彩を助けよう。俺は有彩を助けたい」
俺の意見を伝えるとエリス達も納得の表情を浮かべた。
「私も同じ意見です。 ベルキューアさんが一生懸命戦ったんです。私も戦います」
「俺もだぜ! せっかくの
「私はー。まあ、ここは同意する流れだよね。それにエリスさんと勝負したいし」
ここで、全員の意見が一致する。結局、敵対する事になったな。
「はい! 意見がまとまったので、行動して行きましょう!・・・アディルさんは冒険者組合に
「分かったけど・・・。まさかバレてたとは思わなかったぜ」
「えっへん!」
エリスは自慢げに胸を張る。・・・その仕草が可愛い、なんて恥ずかしくて口には出せないけど。
「レクトさんは
「あ、ああ。 調べるよ」
「おっけーです。 ・・・エイリプトさんはそこで串に刺されて焼かれて下さい。・・・有彩ちゃんが起き次第、本題に入って行きましょう」
「私の扱いおかしくない!?」
未だ暖炉の前で魚の様な動きをしているへスティアの叫び声と共に俺達は行動を開始した。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ねえ・・・。死神さん。私はどうすればいいの?」
私はこの世界に導いてくれた死神さん、
『うん? 自分のしたいまま、好きなだけ力を使えばいいのさ』
そんな死神さんの声、でも、そしたら・・・
「そしたらベルやレクトさんを傷つけちゃう・・・。私は・・・」
『う〜ん。まだ分かってないのかな?』
「・・・え?」
私にはまだ何か足りないのかな?
『君はまだ、ひとつの感情が足りない。それが無きゃ、僕達
ひとつの感情・・・。
「それってどんな・・・」
『さあね? それは君自身が見つけるべきもの。そうだね・・・。あと一日。明日の昼十二時までにその感情を見つけてよ。そうじゃなきゃ、龍王の本能のままに暴れようかな』
「っ! まって! ・・・そうだね。私が見つけなきゃいけないものだよね」
脅されてるけどそれって私にとって大切な事なんだよね。それって多分いずれ必要になるはずの気持ちだから・・・
「やってみせるよ!」
『ああ。僕はどっちでもいいけど、頑張ってみなよ』
こうして、私の中の死神さんは消えていく。
私もこうしてはいられない!早く見つけなきゃ!
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「・・・んっ」
俺がPCを使っているとベルが起きた時に俺の隣へ移動させていた有彩が目を覚ます。
「おはよう有彩。もう11時だぞ。よく寝たな」
「んん〜! っと、おはようレクトさん。ちょっと死神さんと話してて・・・」
死神さん? ああ。多分
「そうか。・・・言い難いんだが、薬の効果が切れるまでもう時間がないぞ。大丈夫か?」
俺は少しCCS23という薬について調べてみた。契約生物を強制的に使役出来るが、その分体力の消費が激しい。最悪死に至るそうだが、有彩の場合は契約生物が龍王という事もあってか顔色が悪くなる程度で済んでいる。
「・・・死神さんがあと一日待ってくれるんだ。だから私の異能力が発現する事もないの」
「能力ってなんだ?」
異能力、つまり
「私の能力は触れたもの全てを強制的に腐蝕させる力があるの」
・・・おいおい。また触れたもの系統かよ。有彩もやばい能力してるじゃん
「そ、それが発動しないのは・・・。よかったな」
・・・それしか言えない俺である。
「あ! 有彩ちゃん起きたんですね!」
自分のやる事を終えたエリスが宿へと戻ってくる。
「おかえり〜」
未だに暖炉の前でピチピチと跳ねているへスティア。・・・ホントに強いのか疑問である。
ちなみにへスティアの前にある暖炉以外は既に稼働していない。エリスが全部消したのだ。
「レクトさんと私は外に出てきますね。・・・1人じゃ寂しいと思いますので、今からベルキューアさんを呼びますのでアリサちゃんはベルキューアさんと一緒にいてください」
「分かったよ」
「ねえ? 私を完全に無視してるよね? なんでそんな扱いなのかな〜?」
そう言ってへスティアがピチピチと跳ねる。それがいけないんじゃ? ・・・有彩が笑顔で頷いたのを確認した俺達は外へと出る。
「・・・それで? 俺達は何処に行くんだ?」
エリスは含みのある笑みを浮かべた。
「もちろん、デートですよ」
・・・この段階でデートに行くと言い出す時点でエリスの頭では既に事件解決しているという事だ。
その様子に俺は、少しの呆れととてつもない戦慄を感じた。
だとしてもエリスがこの状況で普通のデートをするはずか無いだろう。少し構えておくか。
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