第30話 イルバの企み

「・・・これはぁ〜。ちょっと不味いかもぉ〜」

イルバは唐突の乱入者、ベルの存在を相当困惑しているようだ。先程の戦闘でイルバが強いのは分かっている。こういう魔法師は表に出ないのが普通のはずだから底が測りきれない。つまり、実力だけならベルと同等の力がある可能性があるという事だ。


今のイルバの発言もベルを油断させるブラフであってもおかしくは無い。それに、イルバにはまだ〈貯蔵〉ストックした魔法が幾つもある。

「今回はベルが不利だが・・・。大丈夫なのか?」

ベルはそんな俺の心配を鼻で笑う。


「なあ、にいちゃん? 魔法師序列第五位を舐めてないか? ま、今回は全力で相手してやるって決めてんだ。負けっこねえよ」

・・・確かに、ベルの全力戦闘はほとんど見た事が無かったからな。それで心配など無粋というものだな。


「チビ助、よく見てろよ」

「うん、・・・あと、チビ助じゃない」

涙目で有彩が否定する姿をフッ、と薄く笑いながらベルは愛剣を引き抜く。


「あまりぃ〜。余裕ないかもぉ〜。

〈四重強化〉フィーア〈虚なる影烏〉クロウ・オブ・エンプティ

再びイルバが黒烏を大量に生み出し、ベルへ弾丸並の速さで攻撃を仕掛ける。


〈付与・魔法破壊〉エンチャント・マジックブレイク

ベルは剣に魔法破壊を付与する。これは俺の魔法弾と同じものだ。


そしてベルは一瞬で黒烏を切り伏せ、消滅させる。そしてベルが常識外の速さで動いた後に発生する衝撃波とソニックブーム。・・・有彩が再び守ってくれたから生きてるけど普通なら死んでるからな? それにの部屋も吹き飛ぶぞ?


ベルの愛剣『光り輝くものシリウス』は伸縮自在の素材だが、それだけではこの芸当は無理だ。この剣は他にも特性があり、「細ければ細いほどしなる」というものだ。つまり、糸のように細くすればその分糸のようにぐにゃぐにゃと曲がるという事だ。


そして都合のいい事に、剣としての特性は残っているため、普通に切れるのだ。

「あははぁ〜。普通にやばいかもぉ〜」

「うっせっ」

ベルが床を踏み込み、一直線でイルバへと向かう。たったの20m程。ベルなら一瞬だ。


「んっ!」

だが、その途中にベルの周囲で魔法陣が形成され、そこからうねうねと曲がりながら飛び出だす黒い槍。これが恐らく〈貯蔵〉ストックされた〈変形する影槍〉チェンジ・ザ・シャドウスピアだろう。


ベルはそれを回避するために空中へと退避する。

「おっけぇ〜。っと!」

そして再び魔法陣が形成される。恐らく先程大量に魔法を〈貯蔵〉ストックしていたのだろう。

魔法陣から闇の波動がベルへと襲いかかる。


〈魔法盾〉マジックシールド

だが、空中に〈魔法盾〉マジックシールドを生み出して一部を防ぎ、それを足場にして残りを難なく回避した。


「いやぁ〜。もう一つあるよぉ〜」

再びベルの周囲に魔法陣が形成され、黒烏が生み出される。

「・・・」

そしてそのままベルへ直撃する。いや、したと思った。


「これで終わりかなぁ〜」

黒烏の生み出した爆風を見ながら呑気に呟くイルバ。完全に舐めきっている。

「アレで終わるくらいなら『魔法剣士』なんて名乗ってねえよ」

「っ!」


イルバの背後にベルが現れる。これは恐らく〈短距離転移〉ショートテレポーテーションだ。他の転移魔法よりも最大移動距離は短いが、魔力消費が少ないのが特徴だ。

「でりゃ!」


ベルはイルバの首を一閃。綺麗に切り飛ばす。

「んっ?」

ベルが切り飛ばした首の断面を見る。その首からは血が溢れ出るはずなのだが、イルバの場合、代わりに奇妙な黒いドロドロとした液体なのだ。


「あははぁ〜。やっちゃったぁ〜」

イルバは変わらず、ヘラヘラとしている。これは・・・

「お前・・・人間じゃねえな。粘液種スライムだろ?」

ベルがそう尋ねると切り飛ばされた頭全てが黒い液体となる。そして体も液体となり頭の液体の方へ同化していく。


「せぇ〜かぁ〜い〜。イルバはぁ〜。黒水晶の粘液スモーキークォーツスライムだよぉ〜」

ぐちゃぐちゃと形を変えながら喋るイルバ。・・・何処に口があるのかとても気になる。


粘液種スライムはRPGゲームでは序盤に出てくる雑魚モンスターだが、この世界では厄介極まりない存在だ。まず、物理攻撃が一切効かず、個体によっては毒や融解などの粘液で攻撃してくる。そして、再生能力もあるため、一撃で仕留める必要がある。


「もう十分時間はぁ〜。稼げたしぃ〜そろそろ退却かなぁ〜」

「ま、待て!」

と言っても、待ってくれないのが世の常。イルバは床のタイルの隙間を縫って消えて行った。


「・・・粘液種スライムのイルバって確か魔王ディステル軍の幹部だよな? ディステルの国はもっと西のはず。なんでこんなとこにいるんだか」

・・・魔王ねぇ。本で読んだが、魔王は魔王因子を取り込んだ生物なんだとか。魔王因子もそこら辺にある訳では無く、遺跡に封印されてたり、機密の製造法で作られるんだとか。


「さーて。依頼完了の知らせを出しに行こうぜ。ここの連中はみんな死んでるから、衛兵を呼ぶ必要ないな」

ベルは何事も無かったかのように来た道を帰ろうとする。

有彩は後で話してくれるのだろうか?


「あ、そうだ。・・・チビ助、後で全部話してくれよ?」

・・・隠し事なんて、最初から無理そうだ。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「・・・やはり、黒死の疫龍王ブラックペスト・ドラゴンロードでしたか」

ベルが依頼完了の手続きをしている間、俺と有彩は昼食を摂るために飲食店を探していた。そうして図書館の前を通ると、偶然エリスと会ったので一旦宿へと戻り、シャワーを浴びてからエリスが調べてくれた飲食店へと向かった。


何故シャワーを浴びていたかって? もちろんエリスと食事するからに決まってるだろ。その・・・、なんというか、マナーである。


「やっぱりって事はエリスはもう分かってたんだな」

「まあ、分かっていたのはアリサちゃんの体の中に滅界の七龍王セブンス・カタストロフィ・ドラゴンロードがいるという事だけですけどね」

どうして知っていたのだろうか。


そう口にする前にエリスが先回りして話してくれる。

「最初に拾った時、アリサちゃんにはゼルヴィン卿の20倍の魔力を持っていると言いましたね。それと同じくらいの魔力持ちを私が知っているからです」


・・・爺さんの20倍がまだいるの?

「その方はアイクレルト王国魔法師序列第二位『凍棘の魔女』、へスティア・エイリプトさん。彼女は氷晶の霜龍王メルクリアス・ドラゴンロードとの契約者で、私以上の使い手です。しかし、アリサちゃんの魔力は潜在的なものでまだ外には出ていません。それは私と同じ不完全な『魔女』という仮説が立てられます」


・・・何となく分かってきたな。

「そして、先程そのエイリプトさんから〈念話〉メッセージで連絡が来ました。彼女もここに来るそうです。理由は、国王陛下に命じられたからだそうです」


国王陛下ね。本で読んだがとても凄い方なんだとか。カリスマ、知略、美貌、強さ。その全てを欲しいままにするアイクレルト最強の魔法師らしい。

「陛下に命じられてあの凍棘の魔女がここに来るんですよ? 今ある情報で考えればアリサちゃんが龍王を保有していると考えるのが妥当ですね」


「なるほどな。でも、有彩は未だ不完全だから最低限エリスと同じ状態まで持ってきたい所だが・・・」

「レクトさん、簡単に言ってくれますね〜。私がどれだけ頑張ってリオと交渉した事か・・・」

・・・確かに。カップ麺作ってる間に一国を滅ぼせる相手と交渉とか・・・。考えたくねえ。


「ま、そこはアリサちゃんの努力次第です。私達は応援する事しか出来ませんよ」

「う、うん。頑張る・・・」

と、そこでエリスに〈念話〉メッセージが来る。相手はベルのようだ。


「遅くなるの先に戻っていて欲しいそうです。お会計しましょうか」

との事なので会計をして俺達はこの店を後にした。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



俺達はベル、アディルと合流した後に全員で商店街を周り、食べ歩きをした。そこで先程以上に有彩の顔色が良くなかったが、CCS23という薬が切れかかっているというのはイルバが言っていたのでそのせいなのだろう。


こうして俺達は宿へと戻ってくる。いつもながら俺はアディルとの相部屋だ。・・・実はエリスとが良かったのだが、アディルを1人にするのも何だしベルと有彩が相部屋なのでこれが妥当だろうと納得した。

「それで? 昨日から店に入り浸っている理由を聞かせてくれ」


俺は思っていた事をアディルに直接訪ねた。

正直、この部屋は落ち着けない。箱根の旅館の様な木造で綺麗なこの部屋は俺の身の丈に会っていない様な気がするのだ。


「おっ! そうだったぜ。〈転移門〉ゲート

アディルが〈転移門〉ゲートの中から取り出したのは俺のノートPCだ。

「コイツをこの世界で使えるようにしといたぜ! つっても自動魔力供給機を繋いで、中に〈精霊の声〉エレメンタル・エコーと同じような効果のソフトを入れただけだがな。だからこれからはPCでSTNが使えるってこった」


おお! よく分からないけど俺もSTNが使えるって事か!

「マジ助かるよ! ありがとう」

「へっ! これくらい朝飯前だぜ」

・・・一日かかっている時点で朝飯前では無いけどな


「早速、やってみますか!」



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



夜の一時頃。ベルは異変を感じてベッドから起き上がる。 もちろん、ベルに異変があった訳では無い。ただ、この部屋の空気が少しひんやりとしており、さらに風が吹きつける様な空気の流れも感じられたからだ。

「って事は!」

ベルがこの部屋を慌てて見渡す。



そこには隣のベッドには有彩の姿は無く、開けられた窓から入り込む風で虚しく揺らめくカーテンだけがあった。


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