第29話 少女の秘密
今の時間帯は図書館にあまり人が来ていません。ですので私は今レプテンダール図書館に来ています。探しているのは「世界の攻略法」の一端です。
「と言っても、この二日でそこそこ探したんですけどね」
昨日は宿のチェックインをした後にここへ来たのですが、それらしいものはありませんでした。ですがそれでも諦めませんよ。
今読み終わった本を投げ、元の場所へ飛ばした後、手元にある本を取って手当り次第読んで行きます。
しばらく本を読んでいると珍しい人から
『おはよー。エリスさん元気?』
その相手はアイクレルト王国魔法師序列第二位、へスティア・エイリプトさんです。
「おはようございます。お久しぶりですねエイリプトさん。珍しいですね。エイリプトさんからメッセージなんて」
『そうだね。同じ「魔女」とはいえ、距離も遠いし連絡する内容も無いから』
エイリプトさんが淡々と答えます。エイリプトさんはガルデン都市国家連合国との国境付近にいるので都合が合いにくいです。・・・いつもの事ですが、エイリプトさんと
「つまり
『別に要件という程じゃないよ。今メルに乗ってレプテンダールに向かってるんだ。で、エリスさんはその近くに住んでるよね。エリスさんの所に顔を出したいんだけど今何処にいるの?』
・・・レプテンダールに来るんですか。一体何故でしょうか?
「偶然ですね。私も今レプテンダールにいるんですよ。すぐに会えそうですね」
『そうなんだ。多分明日にでも着くから待っててね』
「お待ちしてますよ。・・・っと、何故こちらに来るのですか?」
『ん? 陛下からのご命令だよ。詳しい事は聞いてないから後で陛下に聞いてみるよ』
「・・・そうですか」
アイクレルト王国現国王、ウェスカー・ネストル・ルイ・アイクレルト陛下は神算鬼謀の天才であり、アイクレルト王国最強の魔法師です。あの御方がエイリプトさんをレプテンダールへと送り込んだ、ということですか。
私はメッセージを切り、STNで情報収集を行います。
「キーワードはどうしましょうか・・・。無難に『レプテンダール』、『問題』、『最近』っと。これでいいでしょうか・・・。おや?」
精霊さんが珍しく情報を渡すのを拒んできます。つまり、私よりももっと上位の人物が規制をしているという事です。
・・・とてもきな臭いですねぇ。
「・・・もしや陛下が規制しているのでしょうか?」
となると・・・。ああ。なるほど。
「これ以上面倒事は御免なのですがね。まあ、仕方が無いですか」
これが分かっただけで十分でしょう。このまま放置すると下手したらこの街が丸ごと吹き飛びますね。ですけど・・・。
「旅が始まって最初の大事件。レクトさんとの思い出にしたいという思いの方が大きいので」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
・・・予想以上だ。
俺は目の前の有彩の暴れっぷりに驚く。
「
有彩の魔法は付近にいる生物から金属、全てを腐らせる。
「すげぇな」
裏組織の面々へと容赦無く繰り出される黒い波動。その波動に飲み込まれた者は瞬時に肉体が腐り、骨と化していく。・・・この力が俺に向かない事を祈ろう。
「ふっ!」
再び魔法を発動させる有彩。ここは先程とは違い、広いスペースではなく個室を渡る形だ。小さいスペースでならこの波動は拡がりやすい。
「ひぃぃぃ! く、くらえぇぇ!
裏組織の一人が炎の球体を発生させて対象に放つ第二位魔法、
「そい」
魔法を放った裏組織の一員に向かって黒い波動を放つ。途中の魔法がかき消され、そのまま
このペースならすぐに終わりそうだが・・・
「・・・んっ」
有彩の顔色が良くないな。魔法の中心にいるからその影響を受けるのか?・・・魔法の事はあまり詳しくないからよくわからん。
「少し休んだらどうだ?」
「嫌! もっと役に立ちたい!」
そう言って魔法を使い続ける。そしてしばらく行くと明らかに雰囲気の違う大きな扉の前に着く。恐らくは倉庫だろう。
「ここでラストだ。行くぞ!」
扉を開き、中へ入る。
「え?」
そこは倉庫のはずだが、もぬけの殻だ。物資も数える程、挙句の果てに物置台すら無いそこそこ広い空間となっていた。だが、1人の小柄な・・・男? 女? ・・・ピエロの仮面を被った人が壁に寄りかかりながら立っていた。
「おやぁ〜? 君達が侵入者かなぁ〜? 残念だけどぉ〜。他の人達はぁ〜。もういないんだぁ〜」
どうやらこのピエロの女が逃がしたらしい。ならば、ここに用はない。
「行くぞ有彩。ここにはもう用は・・・」
「イ、イルバ・・・さん?」
有彩があのピエロに反応する。どうやら知り合いのようだ。・・・元奴隷の知り合いという点に若干違和感を覚えたが。
「おおぉ〜。イチノセちゃんだ〜わかんなかったなぁ〜」
わざとらしくピエロ、イルバが反応する。
「それでぇ〜?
有彩の体が震える。有彩の魔法、そして今の問いかけ。恐らくこの子には何か秘密が・・・
「・・・いえ。まだです。イルバさんの薬のおかげで何とか・・・」
「そっかぁ〜。・・・逃げ出したのに薬が無いんだもんねぇ〜。そろそろ限界のはずでしょ〜」
「・・・ううぅ」
有彩が泣き出し、弱々しく俺の腕を掴む。
「薬!? なんの話だ? なあイルバさん。教えてくれよ」
一応一緒に暮らしてる身なのだ。尋ねなければならないだろう。
「だっ! ダメ!」
有彩は知られたくないのだろう。だが、ここは聞いておくべきだ。答えてくれればの話だが。
「んん〜。イチノセちゃんはねぇ〜。体の中にぃ〜。『
龍王!? つまり、この子がエリスと同等の?
「でもぉ〜。
つまり、こいつらが有彩を薬漬けにしているのだろう。だが、有彩にもメリットはある。強い力を手に入れることが出来るのなら、と。
「うっ・・・ううぅ・・・」
だが、当の有彩は俺の隣で泣いている。つまり薬には頼りたくないという事だ。
「それは有彩のためじゃない・・・。自分のためか?」
イルバはそんな俺をからかうようにケラケラと笑う。
「いやいやぁ〜。そんな事はぁ〜。無いよぉ〜?別に私のためじゃないしぃ〜」
「じゃあなんで有彩にこの薬を与えた?」
「さあねぇ〜。それを君に教える必要はぁ〜。無いよぉ〜。・・・あ、それとぉ〜。イチノセちゃんをここに置いていってよぉ〜。そしたら無事に帰れるからさぁ〜」
有彩に薬を与えた理由も明かさず、そして有彩を置いて行けとの事。明らかに危険だ。まあ、当然・・・
「置いて行くわけないだろ! 有彩は俺達の仲間だ! そんな危険な事は絶対にさせない!」
イルバは俺の声に肩を竦める。
「そっかぁ〜。交渉決裂だねぇ〜。・・・
イルバは俺へと魔法を放つ。手元の魔法陣から闇の粒子を渦のように回転させて攻撃する第四位魔法だ。
「っ!」
俺はベレッタMCの銃口を渦の中心に向けて引き金を引く。
ドバン! ドバン! ドバン!
ベレッタMCの銃弾が当たると魔法が消える。
今、ベレッタMCに入れてある魔法弾の効果は「魔法無効化」の弾丸だ。
最近になって分かってきたが、魔法を使う時にはほぼ必ず魔法陣が発生するらしい。魔法陣はこの世界へ干渉するための数式が組み込まれている。だから魔法陣を破壊すれば魔法は収まる。
ただし例外はある。本人の技術次第だが、全ての数式を脳内で演算、処理すれば魔法陣は必要ないらしい。これは実際に魔法陣を生み出さないエリスが言っているので間違いは無い。
他にも、生み出しているが見えていない、魔法陣を小さくする、といった事も出来るらしい。これも魔法使用者本人の技術である。
「へぇ〜。面白い武器使うねぇ〜。
なら
イルバの影から30匹程の黒烏が飛び出てくる。バサバサと羽ばたいた黒烏が俺へと向かってくる。これは恐らく自分の影の中に小規模な四次元空間を作り、そこに魔法陣を生み出しているのだろう。
「これは・・・。まだ知らない魔法だな」
それに魔法弾の特性上、魔法陣に当てる以外は襲ってくる烏一体一体に当てる必要がある。
つまり、この烏を全て倒す為には全ての烏に魔法弾を当てる必要があるという事だ。
「なら・・・」
俺は腰のホルスターからもう一丁の拳銃、ベレッタM92を引き抜き、片手でイルバを狙う。
普通なら反動で腕がおかしくなってる所だが、残念ながらここは異世界。既に魔力で強化された肉体には拳銃程度の反動で腕の位置はぶれることは無い。
ドバン! ドバン! ドバン!
「おやぁ〜?
残念ながら全て盾によって防がれてしまう。当然だ。魔力の無い銃弾では
だが、最初から倒せないのは織り込み済みだ。ベレッタM92で威嚇し、一時的に黒烏から意識を離させる事が重要だ。こういった動物の形を現した魔法は、追跡ではなく全て自分がリアルタイムで操作をしなければならない。なので黒烏はほぼ一瞬だが、動きを止める。
その隙さえ出来れば多分問題ない。
ここでアディルから貰った球体の消耗品を使ため、その安全ピンを抜き、放り投げる。
「有彩! 魔法の盾を貼ってくれ! 俺の正面だけでいいから!」
「で、でも・・・」
「早く! そして耳塞いでろよ!」
「
俺の前にはその名の通りただれた皮膚の壁が現れる。見るにもおぞましく、あちこちで蛆が湧いていそうだが、俺の要請に答えて有彩の作ってくれた壁だ。『気持ち悪い。もっと別のは無かったのか?』等とは言えない。
そんな張本人は耳に手をちょこんと当てて可愛く塞いでいる。
そして壁の向こうでは爆音が響く。耳を劈く様な音で、鼓膜が破れていないのが奇跡に思える程だ。有彩に壁を消してもらうと黒烏が消えている事が分かる。
「今レクトさんが投げたのは何?」
「手榴弾って言ってな。誰にでも使える爆破魔法みたいなものだ」
俺達がここに来る途中、アディルに頼んで作って貰っていた物の一つだ。内部には魔法火薬と発火魔法式、そしてそれを発動させるための魔力が入っている。あとは基本の手榴弾と構造は変わらない。
「あははぁ〜。手投げ爆弾ねぇ〜。発想は面白いけどねぇ〜」
だが、相変わらずイルバは無傷だ。
イルバは強い。今、俺が対等な場所にいられるのは俺の使う攻撃方法が全て初見だからというだけだ。同じ攻撃方法はすぐに対応されるだろう。
「いいねぇ〜。それじゃぁさ〜。もっと見せてよぉ〜。
イルバの腕が魔力によって拡張され、黒い魔力で覆われる。
「まだまだぁ〜。
それとぉ。
イルバはそれからも次々と魔法を唱えていく。
しかしそれは俺としては好都合。恥ずかしながら元々俺ではイルバは倒せない。そして先程の爆音は大きく響いたはずだ。それは多分最も届いて欲しい人に届いていると願いたい。
さて、そろそろあの爆音から20秒が経ったぞ? そろそろ来るな。
と、期待した時。部屋のドアが切り刻まれ、何かが入ってくる。その何かはイルバへと向かい、一瞬で左の
「おいおい。俺の仲間に手を出すなんてな。そんな命知らずもいたもんだぜ」
部屋に入ってきた存在は白いポンチョのフードを外し、綺麗な赤髪を現す。身長は有彩と差ほど変わりないが、雰囲気が違う。圧倒的な自信と、立ち振る舞いで分かる戦闘技術の高さを放っている。
「今度は俺が相手してやる。かかってきな。命知らずの魔法師さん」
それは俺が待ち望んでいた存在。アイクレルト王国魔法師序列第五位、ベルキューア・カストルスだった。
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