第25話 少女との出会い

馬車に乗り込み、既に6時間近くが経過していた。先頭で馬を引いているのがベル。アディルは二階で日向ぼっこしており、一階では俺とエリスがそれなりの雑談で盛り上がっていた。


「そしたらアディルがな・・・」

「ふふっ。アディルさん。昔はそんな方だったんですか〜」

俺は前の世界での出来事を話していた。意外と好評だ。


「はあ〜。私も地球に行ってみたいです」

と、思いもよらない言葉が出てくる程に。

「でもあんまり面白い所じゃないぞ」

「それでもですよ。レクトさんの故郷ですから。知っておきたいのは当たり前ですよ」


・・・ストレートに言われると照れるな。

「あ、そう言えば次に行く街ってどんな街なんだ?」

「ええっと・・・。〈精霊の声〉エレメンタル・エコー

エリスは俺がこの世界に来た初日に使った魔法を使い、精霊と会話し始めた。


「次の街はレプテンダールという街だそうです。何かが盛んという訳では無いですが付近には水源が多数あるので水の街と言われているようです」

「・・・その魔法すごく便利だな。情報収集とかそれ使えば一発じゃん」


「俺もよく使ったぞ。学園でのレポートとかでSTNがあるとちょー楽だ」

ベルが馬を引きながら声を投げる。

「殆どの情報はありますからね〜。下手に本を読むよりも楽ですね」


どうやらSTNとはこの魔法を使ったネットワークの事らしい。まるでインターネットだ。

「難点なのはこの魔法が第三位魔法という事です。一般的に第三位魔法を使えれば高位魔法師と言われるレベルですので・・・レクトさんが使えるようになるのは難しいですね」


ちぇっ。いいですよー。別に僕は魔法いりませんよー。

というか、前にベルが使える魔法は第三位魔法までとか言ってたけど十分強いな。

「・・・第三位魔法で高位魔法師なら第五位魔法を使えるエリスはどういう区分なんだ?」


なんか俺が自分でも思うくらい情けなくなってきたので話題を変えてみる。

「私レベルですか? そうですね〜。最低でも二つ名持ちになるのは間違いないでしょう。この国では30人もいませんから」


へ、へ〜。

「それと毎月国からの生活費が送られてきます。とってもいいご身分ですよ」

羨ましい! 実質ニートじゃん。それなのに毎月の生活は保証されてるとか最高だな。


「まあ、ここまで来るには魔法式の構築までを完璧に理解しておく必要があります。数万桁の数字の羅列を300パターンほどですね」


・・・なんか怖い事いってるからそこは無視しておこう。

「・・・正直、魔法式が全くわからん。解説頼む」

「ストレートですね。いいですよ」

エリスはニコニコと承ってくれた。


「まず、創世暦より前は魔法は、神の力を具現化させたものだと言われて来ました」

最初の方は理論も何も無かったんだな。


「しかし『始原の魔法師』アレイスター・クロウリーの登場でその考え方が一変しました。魔法は数万桁の数式で出来ており、その数式で世界へと干渉し現象を起こす。と発見したのです。こうして今まで『魔法使い』だった者達が魔法師へと変わり、創世暦が始まったんです」


アレイスターさんが魔法式を発見して、それが今まで続いて来たんだな。

「初めて聞いたときは無理だーとか覚えられないよー。とか思いましたが、人間の脳の構造上可能だったんです」

「え!?」


いやいや。無理だぞ?

「人の記憶の中で簡単に思い出せるのは約1%。その他が99%です。つまり頭に入っているけど思い出せないだけ。でも魔法式がその99%の中に入っていれば世界への干渉は出来ます。だって魔法式自体は知ってるんですから」


「・・・出来ちゃうんだ」

人ってすげー。

「魔法式には一部、変数として自分が入れる部分がありますが、運動方向や込める魔力といった部分だけですからね。それくらいは感覚で出来ます」


・・・無理に全てを覚える必要は無さそうだな。

「これを覚えるだけで戦術が大きく変わりますよ。例えば一定範囲内魔法無効の魔法を相手が使ったとしても、どの様に作用しているかの公式を割り出して魔法を解いたり出来ますから」

と、エリスがそう言った時、急に馬車が止まった。


「・・・エリス! 前方に野盗みたいな連中がいるがどうする?」

ベルがポンチョのフードを被りながら俺達に向かって叫ぶ。

にしても野盗とは治安が悪いな。


「無視でいいですよー。突っかかって来るなら装備類を全て剥いだ後に食料を頂いて来て下さい・・・あ、レクトさん! スピードやりましょう!」


エリスが荷物からトランプを取り出しながらベルへと叫ぶ。最後の方はこっちが野盗である。

「ちょっと見てきていいか?」

エリスは目に見えてしょんぼりとした。

「ええ。・・・いいですよ」


俺はベルの後ろからその野盗らしき連中を確認する。数は20人程。装備もバラバラでドス黒い刺青やガラの悪い格好など、いかにも野盗だ。

そんな連中は道を塞ぐように広がっている。

「おい! そこのお前ら! 死にたくなけりゃ馬車の荷物を残してどっか行きやがれ!」


なんとも言えないガラガラ声でボスらしき人物が俺達へと叫ぶ。

「悪いけど通してくれよ。こっちとしても面倒事は極力避けたいんだ」

ベルが大人の対応であしらおうとする。しかし、その一言を聞いた瞬間にボスらしき人物がニヤリと笑う。


「黙れ! 俺達の警告を聞かなかったバツとしてお前ら全員奴隷市場送りだ! ・・・行くぞお前達!」

「「「おう!!!!」」」


野盗の男達全員が俺達へと襲いかかってくる。だが既にベルは動いていた。

ベルは愛剣『光り輝くもの』シリウスを引き抜き瞬時に全員の武器防具を真っ二つに切り裂く。

「「「え?」」」


野盗達は何が起きたか分からないようなマヌケ顔を晒す。そりゃ、比喩でも何でもなく瞬きしている間に武器防具が真っ二つになってたらそんな顔になるよな。

ベルは先頭のボスらしき人物に剣先を向けた。

「こんな馬鹿な事してないで真面目な仕事を探せよ。ハローワークには行ったのか?」


・・・変な流れになってきたぞ?

「い、いえ。行ってないです」

その言葉にベルは激怒した様だ。

「なんで真面目に就職しないんだよ! 全部落ちたのならこんな仕事をしてるのは分かるけど、努力も無しにこんな事してんのか! 甘ったれるんじゃねえ!」


「ひ、ひぃぃぃぃ。すみません! すみません! 今すぐハローワークに行ってきます!」

15歳の女の子に仕事の事で叱られるガラの悪いおじさんって・・・。というかこの世界でもハローワークあるんだな。

野盗達は自分達の荷物をまとめて馬車でエルフィムの方へと向かおうとした。


が、そこでエリスが顔を出す。

「あ、待ってください。奴隷の中に一人、尋常じゃないくらいの魔力持ちがいるのでその子だけ置いていって下さい」

そのエリスの言葉に野盗達は困惑した。


「・・・そんな奴いませんよ? 」

「ん〜? とぼけてる訳では無さそうですね。単純に探知系魔法の練度が低いだけですか」

サラッとディスりながら奴隷がいる檻の前へと歩いていく。


「あ、いました。この子です」

エリスは素の顔で鉄の檻をねじ曲げ入っていく。

その先には布切れの様な服を着た一人の少女がいた。

年齢は十歳くらいだろうか。黒髪でロングヘア、目付きが少し鋭いのが特徴だ。


「・・・え、えっと」

この子が狼狽えるのも無理は無い。

「この子は私が貰っていきます。・・・言うまでもない事ですがこの国では奴隷売買は違法です。街に着いたらちゃんと奴隷を解放してあげて下さいね」


そして野盗達の準備が終わり、この場から撤退して行く。

「エリスにしちゃ珍しいな。いつもならこんな連中皆殺しだったろ」

ベルがとても不謹慎な事を言った。


「そうですね。私はこれ以上強くなる意味が無くなりましたからね。無駄に殺してしまうのはちょっとした損失ですよ」

「ま、そんな事はどうでもいいけどな」

どうでもいいのかよ。・・・それよりもアディルはまだ寝てるのかよ。前から図太いのは分かってたがこれはどうかと思うぞ。


「で、本題はエリスが目を付けたこのチビ助だな」

ベルが少女の頭をぽんぽんと叩く。

「・・・チビ助じゃ・・・ないです」

少女が涙目で弱々しくベルを睨む。


「へえ。奴隷なのに名前があるのか? 言ってみな」

「私は・・・」

ベルの問いかけに少女が口を開いた。



「私は・・・一之瀬有彩・・・です」



・・・日本名だと!?

偶然か? いや、そんな事は無いはずだ。

「有彩。出身地はどこだ?」

「出身地・・・ですか? 東京都の・・・練馬です」


・・・間違いない。この子は転移者だ。

そう聞いてなんかどっと疲れてきたな。

「レクトさん、トウキョウトのネリマってどこですか?」

エリスは俺の事をキラキラとした目で見つめてくる。どうやら俺のリアクションだけで察したらしい。


「地球の都市だ。首都だから結構デカい。・・・ちなみに日本名は後ろが名前だからな」

「へ〜。そうなんですか。アリサちゃんですね」

・・・そうしてる間にベルは有彩の頬をつねったり、額をつんつんしたりしている。


「このチビ助がエリスが認めるお化け魔力持ちだよな? 俺にはそう感じないんだが?」

「ええ? 本当ですか? 私にはゼルヴィン卿の20倍近い魔力を感じますけど」

エリスは少し困惑している様だ。・・・って20倍ってなんだよ!


「ホントかよ。・・・まあコイツを次の街まで連れてくんだろ?」

「当たり前ですよ。なんの為にあそこから引き抜いたとおもってるんですか?」

そんな女子二人の会話にどうすれば良いか分からない有彩がオドオドしていた。


「有彩。俺はレクト・ユレガリア。レクトでいいよ」

「・・・よろしく・・・お願いします」

やはり初対面だからだろうか。少し緊張気味だな。ベルのフレンドリーな気質が羨ましい


「ちなみに俺も日本出身だからな。場所は神奈川だけど」

「・・・っ!?」

めっちゃ驚いてるじゃん。


「とりあえず助かったから安心しろよ」

「・・・はい」

と、軽い自己紹介を終わらせて・・・


「あっ・・・」


バタン


俺が少し目を逸らした瞬間、急に有彩が倒れた。

「アリサちゃん!」

「チビ助!」

エリスとベルも有彩に反応する。が、既に倒れた後だ。


「ん〜。ただの疲労ですね。しばらく一階で寝かせてあげましょうか」

エリスはお姫様抱っこで有彩を運んで行く。

「それじゃ、俺はもう少し馬を引くぜ。・・・今夜は野営なりそうだな」


野営か。キャンプっぽい感じで楽しそうだな。

今日は日本出身の女の子に出会えたな。旅の初日で出会えたって事はまだまだ色々と出会える訳か。これからも楽しみだな。

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