二章 孤独な少女の小さな願い

第24話 旅の始まり

エルフィムから西へと1400km程にある王都アイクレルト。ここでは絶対的な国王家であるアイクレルト家の本拠地である。故に経済、行政、暮らしの面では他領を圧倒的に上回っている。


その中心にあるのが初代国王が建設したアレイスター城である。豪華絢爛な城の王室では王座に座る現国王ウェスカー・ネストル・ルイ・アイクレルトが先日の悪魔襲撃事件の詳細をワインを飲みながら秘書から聞いていた。


「以上が、今回の件の全てでございます」

「へぇー。アムネルが敗れたんだ。あれを駆除できるのはもう少し後だと思ってたけど」


ウェスカーは国王と言うにはまだ若めの18歳。ワックスで逆立てた金髪が特徴のチャラいイメージを植え付ける様なルックスだ。

「で? 重要なのはその後だ。遺品や施設はどうした?」

「現在、全てエール・ゼルヴィン卿が管理しております。・・・陛下のお言葉一つで全て回収出来ますがいかがなさいますか?」


ウェスカーは少しワインを口に含み、考える。

「大丈夫だろう。エール・ゼルヴィンってあの爺さんだろ? 気にする必要は無いさ」

「はっ。 畏まりました」


「それよりも気になるのはレクト・ユレガリアという人物だな。ベリアルとアムネルへの決め手はそのレクトなる人物らしいじゃないか。・・・と、俺が尋ねることは分かってたよね? 情報はある?」

ウェスカーが秘書に尋ねると秘書は薄く笑い、首を横に振る。


「最近の文書やSTNで情報を探りましたが、全くと言っていいほど出てきません」

「仕方がないさ。俺が聞いた事がない程だ。そんな情報が簡単に出てくるほど世界は甘くない」


そう言って再びワインを口にする。

「以上かな? 十分インパクトがあったと思うが、もう1つくらい刺激的なニュースが欲しいね」


それを聞いた秘書は少し困った顔をした。

「それなら少し悪いニュースがございますが、いかがなさいますか?」

「聞こうじゃないか。アムネルの一件はいいニュースなら次でチャラだね」


「では言いますよ。・・・先週ですがレプテンダール周辺で黒死の疫龍王ブラックペスト・ドラゴンロードの存在が確認されたそうです」


「・・・へー。なるほどね」

そのニュースを聞いたウェスカーは薄暗く笑う。その笑みはまるで殺し屋が標的ターゲットが獲物にかかった時の様な笑みだ。


「・・・陛下自身が動かれるのはよろしくないですよ。ただでさえフランデル帝国との停戦条約を破棄する予定なのですからここでもしもの事があれば・・・」

「分かってるさ。だから俺が直接動くわけじゃない。・・・だが他のやつならいいんだろ?」


ウェスカーは笑う。それは先程とは違い、何処か期待をかけた様な笑みだった。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



俺達がアムネルを倒し街が復興した後、アリスティアさんからの表彰や記者達からのインタビュー等があった。

あの激闘からなんだかんだで既に三週間が過ぎていると考えると懐かしく感じるな。


「それにしてもエリスの父さんはいい趣味してるな」

・・・決していかがわしい物ではなく、小説の事だ。特にこの世界独特の推理物が好きだ。


「この世界の鑑識官は指紋の他にも魔力で捜査するというのが面白い」

魔力は空間魔力と体内魔力の2種類あるのだとか。

空間魔力は植物の光合成と同じ様な原理で生成されるため、どこにあっても大差はない。だが、体内魔力は空間魔力と血液と結合した時に自分のDNAに適合出来る様に変化する。


「自分のDNAと適合する様に、だから誰かと同じという事はありえない。誰かがどんな魔法を使っても形跡が残るという訳か」

なるほどなぁ。

と、またしても地球との違いに驚いていると俺の部屋をノックする音が聞こえる。


「おはようございます。朝ごはん出来てますよ〜」

「分かった。今行く」

エリスの呼びかけに応じ、本を閉じて部屋を出る。

一階に降りるとフワッと朝食のいい香りが漂ってくる。


「おはよレクト!・・・悪いけどちょっと仕事に行ってくるわ」

「おはようございますマリアさん。・・・そうですか。頑張ってください」

ドタバタするマリアさんに挨拶を返し、朝食の席に着く。やがてマリアさんが家から出て行った。


「そう言えばマリアさんってなんの仕事をしてるんだ?」

「母さんは国家所属の魔法師です。仕事があれば国からの依頼があります。冒険者みたいなものです」

ん? 違いが分からないな。


「冒険者との違いって?」

「冒険者の場合は依頼を選んでその報酬を貰うのですが、国家所属の魔法師は国から依頼が来るというものです。冒険者の場合は収入が安定しない事がありますが国家所属の魔法師の場合は毎月定額で報酬を貰えます」

つまり、前の世界風に言うと仕事が似ている民間グループと公務員という事だな。


「ただ、冒険者は好きな時に好きな所に行けるので自由度は高いです。国家所属だと他国に行くのが難しいです」

そう聞くと結構違うんだな


「あ! そうでした!」

「ん?」

エリスが何かを思い出した様だ。


「今日、アディルさんが工房に来て欲しいとか言ってました。準備が出来たら馬車で行きましょう」

「分かった。・・・今が9時だから15分後くらいには出たいな」

アディルか。俺が渡したペンダントの解析が終わったのかな? ・・・まあ行ってみれば分かるか。


「ご馳走様。さて、準備をするか」



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



俺達が工房に着くとアディルの他にも別の来客があった。

「こんにちは。私はアイクレルト冒険者組合エルフィム支部支部長のアイザック・バルクァンです。よろしくお願いします、レクトさん」


青い髪と丸渕メガネの好青年はトレードマークである丸渕メガネのブリッジを上げてこちらへ握手を求めてくる。

「よろしくお願いします。バルクァンさん」


という事で俺も握手を返し、同じ席へと座る。

「で? アディルが俺達を呼んだ理由はなんだ?」

「それならアイザックに聞いた方が早いぜ。この件に関しちゃ俺はあんまし分かんねえからな」


「という訳ですので私が説明させて頂きますね」

バルクァンさんは事の顛末を話し始めた。

「まず、率直に言いますとこれと同じ物を集めて欲しいのです」


そう言って出したのは青い金属で出来た指輪だった。

「正確にはこれと同種のものです。この魔道具にはある力があると言われています」


魔道具・・・。本の中で出てきたが、魔法の道具の事らしい。

「それってなんですか?」

「それは・・・。詳しくは分かりませんが、世界を攻略するために必要だそうです」


世界を・・・攻略する力か。

「無論、私も信じてはいませんでしたが・・・アディルさんの持っている物を見るとそれに現実味が出てきました」

アディルは小さな箱から俺が預けたペンダントを出す。


「俺の特殊技能スキル『情報構築』はその物体のデータを読み取り、書き換えたり複製したりできるものだ。普通であれば・・・」

アディルが近くにあった手袋を持ってくる。そして俺の前に置くと〈魔法画面〉マジックモニターが浮かび上がる。


その中には奇妙な数字の羅列が書かれている。

「これが内蔵されてる魔法の構造式。通称魔法式だ」

アディルは〈魔法画面〉マジックモニターに触れると画面が飛び、アルファベットと数字を組み合わせたものが複数出てくる。


「こっちが魔道具のプログラムだ・・・っと。まあ普通ならこんな感じで能力使えば出てくるんだがよ・・・」

次にアディルは先程の指輪に触れ、〈魔法画面〉マジックモニターを開く。


が、そこには画面が黒く揺れ、ザーという音しか鳴っていなかった。

「やっぱりコッチもだな。お前が持っていたペンダントを覗こうとしてもこれが出てくるだけ。だから話を聞く限りこの指輪もって思ってな」


「アムネルの言っていた事が本当なら世界の攻略する鍵ですからね〜。簡単には見せてくれないでしょう」

クソっ。こいつはいつでも呑気だな。なんだか羨ましくなってきたよ。


「しかしこうして二つの鍵を見つけたのですから他にもあるかも知れないという事です。ですので貴方達に依頼しようと思いました。この『世界の攻略法』を集めて欲しいのです」


バルクァンさんは丸渕メガネのブリッジを上げる動作をしてから言った。

正直、何故俺なのかが分からない。だが、結局の所、これを集めるという予感はしていた。・・・正確言うと世界の攻略法を、だが。


傍から見るとあのヒトラー大悪党の意志を継ぐと言う事だが、一人の人間の努力を無駄にはしたくないという想いの方が強いからな。


「分かりました! 承ります!」

俺はそう高々に宣言した。

「・・・では私もやりますよ。レクトさんが行く所私有りです」

どうやらエリスも乗り気らしい。


「ありがとう。しかしすまないが、これは正式な依頼ではないから予算が出ないんだ」

実費かよ。・・・いや、一応アムネル退治の報奨金は貰ってるんだ。問題無い。


「それでは旅の準備を・・・」

「おいおい。俺を仲間外れにしないでくれよ」

そう言ったのは席に座っていたアディルだ。


「そんな楽しい事に付き合えないなんて人生損してる様なもんだ。俺も行くぜ」

「アディルも行くのか!? ・・・店はどうするんだよ?」

俺がそう言うとアディルは奥にいたペテルを呼んできた。


「おいペテル。明日からこの店はお前が仕切れ。・・・弟子を取るのも構わねえし、鉱物を好きに使ってもいい」

その言葉にペテルは驚く。・・・当たり前だよな。

「オ、オーナー!? 急にどうしました!? この工房を僕なんかにっ!?」


「僕なんかに、じゃねえよ。お前は俺の下で色々やって来ただろ? それを見りゃ十分一人前のレベルだ。・・・それにお前にはお前にしか出来ない野望があるだろ?」

アディルが真剣な目でペテルを説得する。それだけペテルへの想いが強かったのだろう。


ペテルは最初のオドオドとした様子は無く、真剣に受け止めているようだ。

「分かりました! これから僕がここを守っていきます!」

「よく言った! これからここはお前の物だ! 好きに使え!」

「はい!」


と、ペテルの気合いが入った声でこの会談はお開きになったようだ。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「ふーん。旅にねぇ」

この日の夜。転移で帰ってきたマリアさんに事情を話した。

「お願いします母さん。私は私の足で世界を見て来たいのです。」


エリスがそう言うとマリアさんが俺を一瞥する。

「レクト。やるなこの堅物の心を射止めるなんて」

絆すって・・・。

「ふみゃ!?」


ん? 今の声はエリスか?

「ち、違いますよ〜」

そう言うエリスの表情は真っ赤だ。戦闘中はあんなに惚れさせたのだから云々言ってたのにそれ以外だとこうなってしまうのか。


「ハッハッハッ! いいねぇ! 初々しいよ。 分かった。行ってこい」

「母さん・・・!」

「但し、中途半端はダメだぞ!」

「分かってますよ〜。さて準備しましょうか」

エリスは階段を駆け上がる。


ゴン!


「うっ! 痛っ!」

・・・転んでしまった様だ。

「はあ〜」

マリアさんはそんなエリスにため息をつく。


「レクトもちゃんと約束を守ってくれたんだな」

「ええ。・・・男ですから」

そんな恥ずかしい対応にマリアさんに、フッと笑われる。

「ここはカッコつける場面じゃないぞ。・・・とりあえず、娘をよろしくな」


「ええ。こちらこそ今までありがとうございました」

明日から俺の冒険が始まる。・・・多分なだらかな道じゃないだろう。でもだからこそ楽しくなりそうな予感がしている。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



こうして始まりの朝が来た。マリアさんの〈転移門〉ゲートでエルフィムへ送ってもらい、そこからアディルの馬車で次のの街へと行く予定になっている。


既にアディルが門に到着しているため、知り合いへ挨拶回りをしているエリス待ちだ。

この馬車は結構広い。一階はキャンピングカーくらいの広さ。屋上には一人分の日向ぼっこスペースがある。


「嬢ちゃんおせぇな」

「待ってやれよ」

・・・確かに少し暇だな。

「そう言えば、昨日の事なんだがよ」


昨日? 何かあったか?

「お前が旅に出るって行った時だ。・・・今度は俺の事を誘ってくれると思ってたんだがな」

今度は? ・・・あ!



『アメリカで軍を目指さないか?』



「あの時か! ・・・すまない。気が付けなかった」

そんな俺の返答で逆にアディルが申し訳なさそうな顔をした。

「いやいや、勝手な期待を抱いたのは俺だから。しゃーねーだろ」


「レクトさーん。お待たせしましたー」

と、遠くから手を振るエリス・・・とベル。


「って、ベル!?」

「よっ! にいちゃん。俺も行くことにしたぜ」

「ベルキューアさんの所へ挨拶に行ったら行きたいと言いまして。私はそれで構わなかったのでこうして来てもらいました」


まあこの旅は楽じゃないのが分かってるからな。ベルが居てくれるだけで心強い。

「それじゃ、この4人で旅に行くのか」

「ええ。・・・楽しみです」


ベルの荷物を積み込み、俺達がいつも使っていた北門では無く、西門からエルフィムを出る。

こうして俺達の世界の攻略法を探す旅が始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る