第十五世界 - 四十七転生目

「当分は転生しなくていいかなぁー」


 体を伸び縮みさせて、スーじぶんは自身の動作を確認しなおす。最高の笑顔に作れたことを目視するとスーじぶんはみんなに向けて手を振る。


「みんなオハスーおはようスーじぶんは、スライムのスーだヨー! 待たせちゃってごめんネー!」


 おはすー! と歓声が舞いあがる。


 ゴーレム、ドラゴン、天使……第十五世界ここに来てから試しに十数回ほど転生してみたけれど、やはりスライムが一番しっくり来る。この体はなんにでも応用が効く。性別がないと同時に男性にも女性にも変形できるし、なろうと思えば自由気ままな形になれる。それどころかこの形態なら後付けでいくらでも人生設定を調節できる。思い切って人型ヒトガタから外れてよかった。


「待ってました!」

「スーちゃん! スーちゃん!」

「今日もかわいいよ♡」


 一気にたくさんの声援が送られてくる。

 第十五世界ここでは独自の人格をコンテンツ化して売りこむのが一般的だ。つまり、コンテンツとしての個性力が試される世界。

 そこでスーじぶんはただのスライムでありながらちょっとした有名人……ならぬ、有名アイドルスライムになりつつあるのだった。


 自分で言うのもなんだが、スライムの体を活かした豊富な表現が魅力。とくにスライムのとくせいを使った耳掻きは思った以上に反響の大きい人気コンテンツだ。なんでも、無形の指が耳の穴に隙間なく入れられてやさしくやさしく穿られるのが病みつきになるらしい。ファンを手玉にとっている感じがしてスーじぶん自身も耳掻きは大好きだった。


 でも、今日の主役はまた別。


 体液の色を青から赤に変化させて、手元に大きい筆を召喚させる。そして、筆を振りまわす。すると、さまざまな色が鮮やかに視界を構成していく。


「なにが出来るのか、みんなも考えてみてねー!」


 そう、今日のメインコンテンツはお絵描き。


 前の人生で習得した技術がまた日の目を見れるのは素直にうれしい。それはなにもお絵描きだけの話じゃない。今まで培ってきたすべてが個性スー一部コンテンツとして活躍してくれている。まさにスーじぶんはこれまでの人生の集大成なのだ。


「最後にハイライトを足して……完成ぃ〜っ!」


 おおっ! と観客たちから歓声と拍手が響く。

 描きあがったのは、今流行りの他人コンテンツであるムンちゃんというお姫さま、そして彼女とお揃いの服装を身にまとったスーじぶんだった。


「スーはね、ムンちゃんのことが好きなの。いつか姫と一緒に並べられるような存在になりたいな!」


 すかさずリップサービスを忘れない。

 素人いっぱんスライムにしては十分うまいだけで、画力はプロに劣る。だが結局は、それをどう使うかだ。大切なのは調理の仕方。どんなに素材が良くても仕上げ方を間違えれば意味がない。アイドルじぶんが描けばみんなに褒められる。


「今日はここまで〜! みんなサヨスラさよならー!」


 別れの挨拶を振る舞って、スーは離脱する。そして、間髪入れず新しい肉体じんせい転生へんそうしてその場所に戻った。


「最高だったな」

「スーちゃんならもっと上を目指せると思う」

「今日もかわいかったぁ♡」


 こうやってみんなの反応を見るのがスーじぶんにとって楽しい楽しい秘密の時間だ。によによと思わず顔がふやけてしまう。

 さらに耳を傾けてみる。


「この界隈って絵うまい人多いよな」

「あっそういえば、あの噂って本当なのかな?」

「あ、昨日のやつ?」


 目をぱちくりとさせる。

 噂? なんのことだろう?

 気になったのでそれとなく会話に混ざってみる。


「噂ってなにかあったんですか?」

「ん、知らない? スーちゃんがロトアだって話」

「ロト……え?」


 その瞬間、後頭部を金槌で殴られたように視界が点滅した。


 なぜ?

 唐突なことすぎて思考が追いつかなかない。


 なんで。なんでどうして。今になって第五転生目の人生そのなまえが出てくるの? いや、口振りからしてまだ本当にバレたと確定したわけじゃ……


 落ち着け、落ち着け……と何度も深呼吸をしてから、営業スマイルを作る。


「ロトア? なに?」

 できるだけスーじぶんは無知を装う。

 だが、返ってきた言葉は背筋を凍らせた。


「えーと、実は某所で拡散されてて……」


 スーの顔色が通常カラーいつもより青色ブルーになっているような気がする。


 悪い予感。脳の裏側で第六感が悲鳴を上げている。

 「ちょっと失礼」とスーじぶんはその場から離れた。


 某所とは言っていたが、そういう情報が集まるのは大抵、第三世界か第九世界である。

 まずは第九世界だ。そこを覗いてみたら、悪い予感は的中した。


「ロトアってだれ?」

「当時けっこう炎上してたから今もログ残ってるはず」

「ソースは?」


 第九世界はその話題で持ちきりだった。まずい、どんどん拡散されていってる。なんとかしないと……。そう思っていると、ふと目に留まった。


「ソースはここ→ mevius.twoch‥‥」


 それは第三世界へのアクセスコードだった。おそるおそるそこから第三世界を覗いてみる。


「スー=ロトアってマジ?」

「ロトアは十年前にトレスして炎上した絵描き。しかも自演とかもやってて評価底上げしてた。俺たちに玩具にされるのがよほど悔しかったのか、負け惜しみに変なポエム言い放ったあげくに失踪したガチの負け組w」

「ちなみにこれがロトアの絵」

「あー、たしかにスーってやつの絵、ロトアの描き方に似てるな」

「下手さ具合が一緒やな」

「もし本当ならお祭り」


 平衡感覚は消え、視界が曲がっていく。うまく言葉を理解できない。理解したくない。

 第三世界で晒し上げられている、それだけが、理解できた。

 なんで? どうして?


 時間を遡って、前後の会話を確認していく。


「スー=ロトア=ノドカナの管理者」

「ノドカナ?」

「ノドカナは管理人が私情だけで不当にユーザーを垢BANしまくってた曰く付きの


 ノドカナは自分が十九転生目カミだったころに管理してた世界――第十一世界の名前だ。しかし、その名前がなぜここで……?


「ソースは?」

「メールアドレスが一緒。ロトア=ノドカナ はほぼ確定。スーはまだロトアの絵柄や描き方が似てるだけ」


 あっ、とそこで気が付く。

 ノドカナの初期メンバーとはアドバイスなど個人用メアドで連絡を取っていた。つまり、これは初期メンバーからのリークであると見てほぼ間違いなかった。


 他に情報がないか探してみる。

 すると、思わず目を疑った。


「ヤマザキツカサ 3629_sotugyou.jpg」


 それは、の名前だった。

 震える手で、となりのURLを開く。

 写真が映し出される。もう何年も見ていないの写真だ。学生服を着ている。卒業写真。まだ希望に溢れた若いころのの目がこちらを――






  ――――プツッ





「え?」



『サーバーが見つかりません。』

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