第14話『瀬海綾音』

「さて、どこから話したものかな……」

修一さんはポツリと呟いて、テーブルに置いてあったCDプレーヤーの再生ボタンを押した。

流れ出すのは『G線上のアリア』。

この曲には珍しく、ソロで弾かれていた。

「……珍しいかい?」

「まぁ、はい」

僕の思考を見透かしたように、修一さんは優しく問いかける。

「この曲はね。僕と綾音ちゃんが初めて出会った時に、彼女が弾いた思い出の深い曲なんだ」

非常にゆったりとした戦慄が部屋中を包んでいく。

さっきまで張り詰めていた緊張感も、いつの間にかほぐれていた。

「『BRILLIANT WINTER』を弾くそうだね」

「はい」

「高島くんが、ピアノを弾くってね?」

「……おかしいですよね。こんな素人が、ピアニストの瀬海さんを差し置いて弾くなんて」

すると修一さんは、首を横に振った。

「キミが琴を差し置いてピアノを弾くことは、別に嫌じゃないよ。逆に楽しみだね」

気分を害した様子も無く、修一さんは笑みを絶やさない。

「『BRILLIANT WINTER』。この曲を発表した当時は、それはもうメディアに連日取り上げられた。テレビで聞かない日はないくらい、ウンザリするくらいに」

僕も当時は小学生だったけど、ハッキリと覚えている。


バイオリニストがボーカルの曲。

それはもう前例のない事で、テレビに雑誌に引っ張りだこ。

歌詞が良いやらメロディーが良いやらで、あらゆる層から支持を受けたらしい。


「キミはなぜ、この曲を?」

「話せば、長くなるんですけど……」


話し終えた後、修一さんは一言。

「キミに会えて良かった」

そう呟いた。


***


「……高島くん。キミに見せたいものがあるんだ、ついておいで」

「は、はい」

何が何だか検討つかなかったけれど、言われた通りについて行くしかなかった。

修一さんがドアを開くと、瀬海さんと工藤さんが並んで立って、待っていた。

「……お父さん、どこかに行くんですか?」

「うん。琴、実里ちゃん、応接室で待ってて欲しいんだ。大体10分くらいで戻るから」

「了解です」

「承知しました」

行きましょう、と工藤さんが瀬海さんの背中を押す。

そのまま二人は、大人しく応接室とやらに向かって行った。


「……あの、僕に見せたいものって?」

修一さんが投影機の準備をするのを、眺めながら尋ねた。

「綾音ちゃんはね、生前に十数枚のDVDに分けたビデオメッセージを遺してたんだ。その内の一つに、キミに宛てたものがあった」

「僕に? 一体どうして……」

困惑する僕に、修一さんが苦笑する。

「全てはキミから始まった。それが答えなんじゃないかな?」

「あ、……なるほど」

その言葉を受けて、少し納得がいった。

「よし、準備できたよ。適当に座って」

促されるままに、椅子へ腰掛ける。

「じゃあ、行くよ」

「お願いします」

その声を聞いた修一さんはゆっくり頷いて、動画を再生した。


『録画出来てるかな。よし。……久しぶりね、高島雄介くん。このビデオを観てるってことは、琴に出会って、修一くんに会えたのかな?』


あの日から、少し痩せてしまった、けれどもあの頃のように目の中に灯る輝きは変わっていない。

周防綾音改め、瀬海綾音さんがそこに映っていた。


『私のことは、もうみんなから聞いてるかしら? 琴は何と言うのかしら? みのりん辺りは、割と容赦ないからね』


僕と修一さんは思わず吹き出した。

本当にその通りだったから。


『傍若無人? 腕白とか言われたらどうしようかしらね。でも、そうね。今改めて振り返ってみると、みんなを振り回してばかりだったわ。

……修一くん、琴、実里ちゃん、結弦ゆづる。本当に、色んな人に支えられてた』


「──────」

修一さんは静かに黙り込んで、画面に見入ってしまっていた。

どこか懐かしむような顔をしながら。


『……高島雄介くん。もし、琴がピアノを弾くことが出来なくなっていたら。

──────私の死が原因で、あの子をピアノから、『音』から遠ざけてしまっていたらっ……』


綾音さんは、泣いていた。

そこにいたのは、世界で有名なバイオリニストでも、日本で一躍、時の人となったボーカリストでもない。


『……あの子にもう一度ピアノを弾いてもらうために、力を貸してください』


ただ我が子を思う、1人の母親だった。

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