第13話『全ては偶然であり、必然であり、運命であり、全てはキミから始まった』

「ねえ、瀬海さん」

「はい?」

「瀬海さんって、何者?」

「……」

面倒臭そうな顔をしてから思い切り睨まれた。

無茶苦茶だ。説明の一つも無しに車に乗せられてしまい、イエスノーの返事をする暇もなく、僕と瀬海さん、工藤さんの三人は学校を飛び出していた。

「……あの、工藤さん」

あまりにも答えずに黙ったままなので、質問する人を変えてみた。

「はい?」

良かった。無視されることはなさそうだ。

「琴さんは、いったいどういう人なんですか?」

「性格の話でしょうか? それとも、生い立ちから話せば良いのでしょうか?」

「性格の話で」

工藤さんは僅かに唸ったあと、淡々と語り出した。

「……お母様の話は、聞いていますか?」

「まあ、ある程度は」

「そうですか。……私の観点から申し上げれば、お母様とは正反対の性格である、と言えますね」

瀬海さんの方を見る。

「むぅ……」

こっち見るな、という顔をしながら睨まれた。

「あ、あの、工藤さん……」

「はい、どうしました?」

「瀬海さんが冷たいんですけど……」

「もうすぐ着きますから。……はい、到着です」

車を20分ほど走らせて到着したのは、地下駐車場だった。

「……鞄は車内に置いたままで結構ですので」

そう言われて車から降りた後、工藤さんからカードを渡された。

よく目を凝らして見てみると、そこに印字されていたのは、ゲスト扱いの表記でも、僕の名前でも無かった。

「……『SEUMI AYANE』?」

「え……!?」

瀬海さんが驚きの声を上げる。

「く、工藤さん、この名前はっ!」

「……琴さん。これは社長であるお父様の意向ですので。それに、時間は限られていますから、急ぎましょう」

瀬海さんの追求を遮り、工藤さんはさっさと歩いて行く。

「……っ」

「あ、ちょっ、ちょっと……!」

瀬海さんも僕も、遅れずについていくことしか出来なかった。

さっぱりわけが分からないけれど、不思議と何かが組み上がって行く嫌な感じだけが、胸の中に渦巻いていた。


「……失礼します」

『どうぞ』

扉の向こうから男の人の声が聞こえた。

「ここから先には、社長がいらっしゃいます。くれぐれも、粗相のないよう」

「あ、はいっ……」

僕は慌てて頷く。

工藤さんも僕の緊張感を感じ取ったのか、頷いてからゆっくりと扉を開いた。

「……うん。ようこそ、それからはじめましてだね。高島雄介くん」

外見は40後半から50前半。白髪混じりの髪に細いフレームのメガネのおかげで、実年齢よりも老けて見えるのかもしれないけど。

「あ、はい。高島雄介です。よろしくお願いします」

慌てて礼をする。先手を打たれるとは思わなかったので驚いてしまった。

「あの、お父さん。あのカードキーは一体……」

瀬海さんが掠れた声をして、しかしその瞳は一直線に、社長さんを射抜いていた。

「……それも含めて、彼には説明をしなくてはならないが。そうだな、琴、実里ちゃん、少しの間だけ席を外してくれないか?」

工藤さんは無言で頷いて、瀬海さんの手を引っ張って行く。

抵抗も出来たはずなのに、瀬海さんは変に大人しかった。


ガチャリ、とドアの閉まる音が部屋に反響する。

「……さて」

その声で僕は目の前の男性に意識を傾けた。

身長は多分170後半。恐らく180にギリギリ届かないくらい。

とても優しい目をしていて、少しだけ瀬海さんの面影を感じる。

「そんなに身構えなくていいよ。さ、そこに座って」

促された通りに、ソファへと腰掛ける。

瀬海社長も僕の向かいのソファに腰掛けた。

「……ああ、失礼。申し遅れたね、僕の名前は瀬海修一。ここの会社では色々マルチにやってるんだ」

「確か、独自の音楽レーベルも持ってましたよね?」

「よくご存知で。……とは言っても、出した数は少ないんだけどね」

その代わり権利問題で面倒は起こらないから、楽っちゃ楽なんだけどね、と苦笑する。

その顔は、瀬海さんにも、そして不思議とあの人を思い起こさせる笑顔だった。

「高島くん。……ここでは隠し事は一切ナシだ」

「は、はい……」

少し口調が強めだったので、体が強張ってしまう。

修一さんはうん、と頷いて、こう切り出した。

「単刀直入に聞くよ? ……周防綾音、という名前に聞き覚えはあるかい?」


その質問で、全てが組み上がった。

そうして全てを飲み込むのに数十秒を要して、嗄れた声で頷いた。

その上で、僕は問い返した。

「……綾音さんは、亡くなったんですか」

修一さんは少し苦しげな顔をした後、微笑んで、うん、とだけ答えた。

そうして、修一さんは僕の代わりにまるで答え合わせをするかの様に、再び話し始めた。

「周防綾音は僕の妻だ。そして、琴の母親でもある。そしてこれから話すこと、琴にこれから起こること、雄介くんに起こること」

修一さんの目が僕を力強く見つめる。

僕も、修一さんから視線を逸らすようなことはしなかった。

そうしてまた一呼吸置いて、修一さんは驚くべきことを口にした。





「──────それら全ては偶然であり、必然であり、運命であり、全てはキミから始まった」

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