第11話『それは少しの絶望から始まった。中編』

Another point of view:瀬海琴


「ぐぁああ!! ムカつくッ! 何なのよ、あの人は!!」

帰りの車で大声で叫んだ。運転手は顔色一つ変えない。

堪忍袋の緒が切れた。いや、そもそも我慢するほどの器量を持ち合わせていないし。言葉の使い方が合ってるのか微妙だけど。

それはともかく、よくも好き勝手言ってくれたものだ。


「あまり怒ると、ストレスで体を壊しますよ」

運転手の女性が私を諌める。

工藤実里くどうみのり

私の現役時代のマネージャーを担当していた人だ。

私が活動を休止した今でも身の周りの世話などを任せていて、本当に頭が上がらない。

「そ、それはそうかもですけど。でも、あの人はやっぱりムカつきます!」

後部座席で踏ん反り返る。視界には虹色が飛び込んで来た。

「わあっ、綺麗……」

信号や街頭で彩られた夜の街は幻想的で、すごく美しい。

なのに、彼にはそれが分からない。

いや、元々は分かっていたんだろう。

でも、たった一度の事故で、それを失ってしまった。

彼は、怖くなかったのだろうか。

辛くなかったのだろうか。


どうやって立ち直った? 

なぜそうやって笑顔で毎日を過ごせているんだろう?

それが分からない。私には理解ができない。


「……っ」

咄嗟に自分の体を丸めて抱く。震えが、来た。

暗い、暗い、深い黒い海の中に、今も私は囚われたままだ。

あの日から、結局私は一ミリも変わっちゃいない。


「……大丈夫ですか」

「……っ」


私を心配する穏やかな声で、我に返る。

「……あ、はい。大丈夫です。……でも、少しこのままにさせてください」

一人で座るには大きい後部座席に寝転ぶ。


体の震えも止まった。黒い海の幻も消え失せた。

「……はい。私は構いませんよ」

工藤さんはいつも通り車を走らせる。

走行音を子守唄にしながら、微睡みの中で考える。


……いったい私は、どうするべきなんだろう。


***


Another point of view:瀬海修一


さて、今日の仕事は終わり。

大きく伸びをしながら時計を見る。

「それにしても、琴の帰りが遅いな」

まぁ、みのりんがいるから安心と言えば安心かな。

執務室を出て、エレベーターで上へと上がる。

時刻は6時を回ろうとしていた。

「それにしても、ふむ。高島雄介くん、か」

目に見えるものが白黒に見えてしまう少年。

そんなバカな、あり得ないと思っていた。

「んーと、あったあった」

取り出したのは数枚組のDVDケース。

このDVDを観れば確かに辻褄は合う。

辻褄が合う、と言うよりは全部彼女の言う通りになっている。


……この世の全ては偶然と必然で構成されている。


それが彼女の口癖だった。

「……ホントにそうなのかな、綾音ちゃん・・・・・

キミの見立てなら奇跡を起こすのは……


***


The basic point of view.


「ただいまー」

「ん? あ、おかえりー」

家に帰ると珍しく母さんがポッキーを咥えながら僕の帰宅を待っていた。

「母さん、珍しく早帰りだね」

「まぁね。たまにはいいじゃない?」


出版会社に勤めている母さん、高島春美たかしまはるみ

まあ、先の通り出版会社に勤めているものだから帰りは遅く、出勤も早い。繁忙期には家に帰れないなどしょっちゅうだ。


「……父さんは、まだ帰ってないみたいだね」

僕の父さんも出版会社勤めでなかなか帰れなかったり。僕はほとんどの時間が一人だけど、もう慣れてしまった。

「今日のご飯はなに?」

「……ハンバーグだけど」

「手洗いうがいして来ます」

「なんだいそりゃ」

僕はすぐさま洗面所に向かい、母さんは呆れながら台所へ向かった。

自然と笑みが零れる。いや、決してハンバーグが大好物とかそういう理由じゃない。

久しぶりに、母さんと食卓を囲めるというのがたまらなく嬉しかったんだ。


***


Another point of view.


『あなたはもう知っているかもしれないけど、もう一度話しておきます』


『もし、琴がピアノを弾くのをやめてしまったら、彼に会わせてください』


『彼の名前は、高島雄介。視界がモノクロに見えるという男の子です』

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