第6話
Another point of view:瀬海琴
ピアノの旋律が部屋中に響き渡る。
その音色は悲しく、哀愁を感じさせる。
「珍しく弾いていると思ったら、随分と悲しい音だね?」
突然、男性の声が部屋の扉の近くから聞こえた。
楽しそうに弾んでいる声だった。
「……入ってくるならノックをしてからにしてと、何度も言ってるのに」
呆れながら、私は言った。
その間も演奏は止めない。
「……キミの悪い癖だよ、琴。何か嫌なことがあると同じ曲ばかり弾いてるじゃないか」
声はだんだんと近づいてくる。
私はふぅっと息を吐いて、演奏を止めた。
「あれ、もう終わり?」
「後ろに立たれると、演奏出来ませんから」
少し語気を強め、キッパリと言う。
傍目から見ると言い過ぎのように見えるかもしれない。
でもこの人は、私の父は、それくらいでは動じないことを知っている。
「う、ううっ。酷いよ琴!! お父さんはお前が心配で心配で、夜しか眠れないんだぞぅ!!」
呆れた。というか、早速読みが外れた。
全く、この人は……。
久しぶりに娘に会えたからだろうか、いつもよりセンチメンタルな気分のようだ。
「ハイハイ、それは正常ですから安心してくださいね」
「そう言うならお父さんは夜も起きるぞ!」
「それは松田さんを不安にさせるだけなのでやめてください」
松田さんは、父の秘書だ。
私の父、
前までは自社のレーベルでCDを出していたのだが、現在は凍結中。
これはあくまでもサブの一つらしい。
メインは……まぁ、なんかやってるらしい。
レーベル復活のためにCDを出さないかと再三言われ続けているが、何度も断っている。
そろそろいい加減にして欲しい。
「……体は、大丈夫なのかい?」
「まぁ、はい……」
「ふぅん? 私以外の誰かが琴の治療を?」
「そ、そうなりますね……」
話が予期せぬ方向に逸れ始めている。いや、予想はついてるんだけど、その話はしたくない……!
「誰かな、その人は」
「え、あ、いや……」
思わず狼狽える。だが、もう遅い。
私はその晩、あの出来事を徹底的に追求されたのであった。
***
Basic point of view.
「おはよ、孝昌」
「おーう、雄介じゃん」
僕の中学からの親友、瀬川孝昌がニヤニヤ笑いながら手を振ってくる。
「気持ち悪いぞ、孝昌。いったいどうしたって言うんだよ」
「あれあれ」
「ん?」
廊下を指差す。
ニタニタ笑ってるのが本当に気持ち悪いけどそれは放っておいて、そこには一条と瀬海さんがいた。
昨日の今日だ。何か起こる前に止めないと。
「ちょい待ち。まぁ、見てろって」
面白くなるんだから、と僕を制してきた。
一体なにが、と思ったがその訳はすぐに判明した。
「……昨日はどもっす」
「あらあら、そんな痛々しい姿で。休んだ方が良かったのではなくて?」
瀬海さんの腕や足には湿布が、顔にはガーゼが貼られている。まぁ、痛々しいと言えば痛々しい。
「誰のせいだと思ってんだ、誰の」
「私が犯人だとでも? 証拠はありますの?」
不快感ダダ漏れな瀬海さんに対して、愉快そうに笑みを崩さない一条。
証拠ならここに、と言おうと思ったが、瀬海さんの方が一瞬早かった。
「……そんなことはどうでも良いんすよ。私はそんなセコイ方法でしか自分の欲求を満たせない、あなたのことが嫌いです」
教室がざわつく。カーストの頂点にあそこまで言うとは。転校生ならではという感じ。
歯向かうことはしない。どんな目に合うかはみんな周知しているし、それが暗黙のルールとして存在しているから。
「……で? それを言ったところであなたには味方一人いませんけど?」
「そうですね。普通なら挑むべきではないんでしょうけど、それはそれで癪なので、何らかの形で雪辱を晴らしてやりたいとは思ってます」
いや、瀬海さん。そこまで言う必要ないって。
心の声がダダ漏れなだけだったのかもしれない。
ある意味で正直者なのかもしれないけど。隠しごとが苦手そうだな。
「そこまで言うのでしたら、文化祭で決着をつけましょうか」
一条が口を開いた。余裕な態度を崩すことがない。勝算があるという証拠だと思うけど。
「文化祭で、ですか……?」
クエスチョンマークを頭に浮かべているかの様に、実に分かりやすい顔をしていた。
ここなら、僕も助け船を出せる。
「こ、コンテストみたいなのがあるんだよ。有志が集まって色々な見世物をするんだけど、それで優秀賞とか貰えるんだ」
「へぇ、そんなものが……。それで勝ったら、どうしましょうか?」
「どうするとは?」
「いや、だから、私が勝ったら謝罪の土下座、要求してもいいんすよね?」
「……くっ」
一条の顔が怒りに歪む。
「ま、冗談っすよ、じょーだん」
手をヒラヒラと振りながら僕の隣へと戻ってくる。
「覚悟、しといてくださいね。相応の報いは受けさせるつもりなので」
その言葉に周囲の空気が凍りつく。
ひょっとしなくても、大波乱の予感?
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