救出劇
王宮に戻る途中に襲撃、拉致されたアレンは、薬を嗅がされ随分長い間気を失っていた。目を覚ますと視界に入ったのは、落ち着かなく小屋の中を歩くイーサン・デイビス。そして覆面をした男達。
アレン自身は椅子に座らされ、手を後ろに、足は椅子に固定されていた。
「君が僕を誘拐したのか?」
アレンは目の前の男が、イーサンではないことに最初から気がついていた。
顔かたち、服も彼が着ていそうなものだが、その表情が違うのだ。
彼は一見物怖じしない昆虫顔なのだが、その目を見れば一目瞭然で、彼の機敏な心の変化が伝わってくる。
アレンは絵師と名乗るくらい、王宮絵師が認める実力を持っている。観察力も鋭く、彼は人をよく見れる。これは王としての力量であるともいえるのだが。
だが、彼は騙された振りをして言葉を続けた。
「何が目的?ケイダンの邪魔をするため?」
彼らの描く台本は大方予想ができていた。
イーサンは、婚約破棄、ジャスティーナと第二王子ケイダンの縁談をちらつかされ、怒りに駆られて王を浚った。そして脅して、婚約破棄を阻止しようとしている。
おそらくそんな単純な筋書きでイーサンを悪人に仕立て、王救出のため近衛兵が来るのを待っていることだろう。
偽者のイーサンは、アレンの言葉にただ視線を返すだけだ。
「仕方ないな。それじゃあ、僕は婚約破棄させないし、君とジャスティーナの結婚も祝福しよう。さあ、王宮に戻してくれ。君の身分も保証する」
取引材料としては「イーサン」には最高の話。
だが、偽イーサンとしては具合が悪い。ここで、王は妥協せず、それにイーサンが怒るという流れではないといけないのだ。
それをアレンはわかっていて、少し笑いながら一同を眺める。
「馬鹿だねぇ。本当に。何もしなければよかったものを」
彼はイーサンではなく、偽イーサン――その人に語りかける。
だけど、その意味をわかっていない偽物は、アレンが騙されていると信じて口元を歪めた。
醜悪な表情、イーサン本人が決してしないだろう表情にアレンは目を逸らす。
☆
地下室から応接間へ戻り、ジャスティーナとモリーは状況を聞かせられた。
「私にできることは」
「何もありません」
森に飛び出してイーサンを探したいと願うも、それは余計に面倒をかけることになることを理解していた。
夜の森は昼間と異なり見通しが悪い上、獣が出る。
「本来ならば、ホッパー家に戻っていただくのが一番なのですが、今の状況では危険を伴う可能性があります」
「それでなくても私は戻らないわ。ここでイーサン様の無事を待つもの」
ジャスティーナはハンクにそう返し、椅子から立ち上がる。
「三人とも何か食べたの?私は先ほどイーサン様と夕飯を食べたのだけど」
答えない三人に彼女は痺れを切らした。
「イーサン様が戻るまで、私たちは元気で帰りを待つのが仕事でしょ?ニコラスも戻ってくるでしょうし」
「ジャスティーナ様」
「モリー。私、実はお料理を勉強したのよ。今日は三人のために何か作ろうかしら」
イーサンの危機にただ黙って待っていることなど彼女にはできなかった。探しにいけないのであれば何かしようと、動き出す。
「さあ、台所へ行くわ。モリー、案内してもらえるかしら。ハンクとマデリーンはここで待っていてね」
ジャスティーナの気丈な思いにモリーは答え、ランプ型の魔法具を手に取ると、彼女を連れて台所へ向かった。
☆
馬の嘶きが聞こえ、乱暴に扉がぶち壊される。
小屋にいた男達が一気に慌て出した。
「早くあいつを連れて来い」
こんなにも早く場所が見つかるとは思っていなかった。または内部の手引きのものが最初に合図をすると思っていたので、小屋内は混乱をきたしていた。
地下室に男の一人が下りる。戻ってきた男は顔を袋で覆われた男を抱えていて、乱暴に床に投げた。
アレンは怒声が飛び交う中、その顔が隠された男が誰なのかを予想し、偽イーサン側の書いた台本を完全に理解した。
「本当、最低な男だな。サイファ!光の魔法具を使え!」
怒声の中でアレンの声は響き渡る。
騎士の一人が小さな丸い玉を投げる。それは床で砕けると強烈な光を放つ。アレンは咄嗟に顔をそらしたが、視界の端で連れてこられた男が身じろぎをしているのを見て、安堵する。
――よかった。生きている。
光が収まると一気に騎士達は現場を制圧した。
光の魔法を放つ魔法具に対する対策もしていた騎士達は、光が放たれた瞬間それぞれがマントで視界を隠したり、顔を逸らしたり、対策をとった。遅れたのは偽イーサン側で、目を眩まされ、騎士達にほぼ無抵抗なまま捕縛される。それは偽イーサンもしかりだった。
「陛下。遅くなりました」
「いや。まあまあだったよ」
サイファはアレンの手足の拘束をはずした後、片膝をつき頭を下げる。
「イーサンには悪いことしちゃったね。計画がここまでとは読めなかった」
袋を外され、顔を腫らしたイーサンの顔が露わになる。ニコラスに抱き起こされ、意識を取り戻したようだった。
そんな彼の様子にアレンは少しだけ申し訳なさそうに目を伏せた。
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