拉致
――ここは?
目を覚まし、イーサンは自分が物置のような狭い場所に押し込まれていることに気がつく。
手足は縛られていて、身動きが取れなかった。
ニコラスと共に門へ向かうと、見覚えのある男が二人いた。それは先ほど王の警護のために屋敷を訪れた者達。
「助けてくれ。陛下が何者かに浚われた。交換条件にデイビス男爵と言われてしまい、困っている」
陛下と代わりになるほどの価値が己にないことは知っており、ニコラスも訝しげな顔をしていた。けれども、嘘とつっぱねるにしては、条件が悪い。この男たちは実際に王の警護をしており、拉致された可能性は高い。
「わかった。案内してくれ」
「旦那様」
「お前はここにいろ。俺が戻ってこなかった場合、すぐに王宮へ向かってくれ」
「しかし、」
「ジャスティーナを頼む」
イーサンがそう言うと、ニコラスは渋々と残ることを承諾してくれ、彼は警護の者達と共に森に入ったのだ。
そうして見事に罠にかかり、今に当たる。
あの二人も仲間だったに違いない。
――だが、陛下は無事なのか?それが事実じゃなければいいのだが。
貴族の一員であるイーサンには王を敬う気持ちがある。
王がいなくなれば、国に混乱がもたらされる。
――情報を入手しなければ。
闇になれると、周りのものがよく見えてきた。
閉じ込められている場所はやはり物置のようだった。箒や布切れ、桶などが置かれている。
彼は芋虫のように体を動かし、壁か扉かわからないが平らな壁にぶち当たる。迷うことなく壁を蹴りつけた。壁ではなく、扉のようで手応えを感じる。二度目を蹴り付けようとしたとき、急に明かりが差した。
「うおっつ」
しかし、足はしっかり伸びていたらしく、何かを踏みつけたような感触がした。
「この野郎!」
腹を押さえて怒りを表している男が、イーサンの胸倉を掴み、殴りかかってきた。
括り付けられている手を動かし防御はできたが、男は代わりに腹に蹴る。
それと同時に胸倉を掴んだ手を離され、イーサンの体は床に叩きつけられた。
「まったく、気色悪い顔しやがって」
猿轡で声が出せなかった。
ひどい痛みを堪えながら、イーサンは体を起こす。
そこにいたのは二人の男、見覚えがなく、この状況の中で考えをまとめようとした。
――何の目的で拉致されたのか。陛下は無事なのか?
「今は殺すなよ。襲撃される時間に死んだようにみせかけないといけなんだから」
「くそっ」
「今度は動けないようにしっかりと柱に括り付けとけ」
「そうするさ」
――襲撃される時間に死んだように見せかける?どういう意味だ?今は殺さないという意味か。どっちにしても殺すつもりだが。何の目的だ?
イーサンは男たちを睨み付ける。
「時間が来るまで眠らせておけ」
「そうするさ」
先ほど腹を蹴りつけた男がにやけた笑みを浮かべて、イーサンに近づく。
「ゆっくり寝な。化け物!」
――化け物。
久しく聞かされていないその言葉。少しだけ心が痛みを覚えた後、本格的な暴力が振るわれた。だが、気絶させるという目的であり、イーサンが痛みを覚えるよりもすぐに意識を手放した。
☆
「畜生。この俺としたことが!」
馬上で舌を噛み切りそうになるが、ニコラスは己に対して怒りを覚えており、叫ばずにいられなかった。
イーサンと男達が森に消えてから、ハンクに状況だけは伝えた。
しかし、やはり痺れを切らしてイーサンを探すために森へ入った。けれども、イーサンは煙のように消えており、報告のため屋敷へ戻った後、直ぐにニコラスは馬を駆った。
王宮へ向かうためだ。
それは、王の誘拐というものが事実であるか確かめることと、イーサンの命令を実行するためだった。
森を抜けたところで、ニコラスは十数もの騎馬兵に出会う。
「お前は何者だ?」
先頭の男がランプ型の魔法具で、彼を照らした。
ニコラスの目に、男たちの制服がはっきりと確認できる。王の直属の近衞隊で、王の行方を捜しに来たに違いなかった。
王の誘拐は嘘ではなかった。
そのことに安堵しながら、ニコラスは名を名乗った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます