解けない魔法11


 数日後、森の魔女が飴玉を回収するために、デイビス家を訪れた。

 沼の魔女はしばらく森の魔女預かりとなり、彼女の手足として働かされることになるそうだ。


「イーサン。忙しそうじゃのう」

「誰のせいだ」


 夜会から、イーサンの元へ、メーガンとの面談を取りついでくれと申し出が多くなり、彼は急に忙しくなった。

 森の魔女はその責任を取り、イーサンから連絡を受け、よしと思う人物だけには会うことにしていた。

 会う条件の第一に、イーサンに話を通すことを入れているので、彼の昆虫顔と対面できない者は、その時点で失格となるのだ。

 昆虫男爵を恐れる者がまだ多いが、それでも一日少なくとも一名と会い、その用件を聞く。

 そうなると数ヶ月もたつと、イーサンの人物なりを気にいる人も出てきて、お茶などに誘われることになった。

 こうして、彼は顔を隠すことなく、変えることなく、外に出る機会が増えていった。


 ジャスティーナはそれを嬉しく思っていたが、自分以外にも彼の魅力を知る人が多くなり、ちょっと心配するようになっていた。


「大丈夫ですよ。ジャスティーナ様。というか、まだ結婚の申し込みをいただいてないのですか?もう!あの方は!」

「モリー。そんな風に言わないで。婚約者なのは確かなのだから」

「それもお約束はまだされていないんですよね?」


 モリーは、正直言ってそろそろデイビス家で夫と仲良く暮したかった。そのためには二人に早く結婚してもらう必要がある。

 

「ジャスティーナ様。一日だけお休みをくださいませ。デイビス家に参ります」

「いいけど。イーサン様には何も言わないで」

「いいえ。言わせてもらいます。あのへたれ!」

「モリー……」


 ジャスティーナもそう思うこともあったが、この状態を楽しんでいた。

 夫婦一緒に暮せないモリーには悪い気はしているので、再三デイビス家に戻るように伝えている。しかし、彼女はがんとして譲らなかった。

 現在、ジャスティーナはホッパー家の使用人たちとも、母とも仲良く話せるようになっており、のんびりとした生活を送っている。



「へ、くしょん!」

「イーサン。風邪か?」


 今日はウィリアム・ハンズベル伯爵がイーサンの屋敷を訪れていた。

 彼は森の魔女には興味はなく、単に面白いという理由で、イーサンに会いにきていた。

 

「時に、君はまだホッパー男爵令嬢に結婚を申し込んでないのかね」

「は、はい」

「そんなに待たせたら、ホッパー男爵令嬢が誰かに攫われてしまうぞ。あれほどの美人だ。二度の婚約破棄でも、妻にしたい男性がたくさんいる」

「二度とは?」

「一度は、ルーベル公爵子息。二度目は君だ」

「二度目はありません!」

「だったら急ぐのだな」


 ウィリアムは、イーサンをからかうのが面白く、毎回こんな感じで彼との会話を楽しんでいるようだった。

 彼以外にも同様な理由で訪れる人も少なからずいて、イーサンは毎日にぎやかな生活を送っている。

 数ヶ月前、森でジャスティーナに出会う前には考えられなかった生活だ。


 森で彼女に会えたことを、イーサンは心の底から感謝していた。


 昆虫男爵は美しい令嬢と会い、姿こそ醜いままであったが、心にかかった魔法は完全に解かれていた。

 イーサンが悪夢にうなされることは二度とない。

 彼は昆虫男爵として、愛する妻と生涯幸せに暮らしたという。


 

(おしまい)

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