解けない魔法9


 一週間後、夜会の日がやってきた。半信半疑のジャスティーナであったが、前日ドレスが届けられた事、早朝薔薇の花束と共に今夜楽しみにしているとカードが届き、やはり今夜は夜会に同伴するのだと実感する。

 しかし花を贈ってくるなど、やはりイーサンらしからぬ行動で、ジャスティーナは思い悩みながら夜会の準備を進めた。


 夕方になりイーサンが選んだドレスを身につける。

 前日すでに一度袖を通していた。最近流行りの背中が大きく開いたもので、色は赤ワインのような真紅。

 美しいジャスティーナに似合わないドレスはないが、戸惑いは隠せない。

 モリーも同様で仕立て屋に、本当にイーサンの選択かと、尋問官のように強く尋ねたくらいだ。

 仕立て屋は少し怯えながらも頷き、ドレスを受け取ったのが昨日だ。

 今日もその仕立て屋は調整をするためホッパー家を訪れていた。モリーから微妙に距離をとりつつ、ジャスティーナの真紅のドレスの最終仕上げを行い、終わるとそそくさと帰ってしまった。


「あら。随分……豪華なドレス」


 ドレスを着込み、髪を結っているとアビゲイルが部屋にやってきて、目を瞬かせた。

豪華といえば聞こえはいいが、正直母も派手だと思っているに違いないと、ジャスティーナは苦笑いする。


「こういったドレスは人を選ぶと言うけれど流石にジャスティーナね。似合ってるわ」


 引きつった笑いを浮かべる彼女にアビゲイルは慰めとも言える言葉をかける。


「ありがとう。お母様」


 その優しさを有り難く思いながら、ジャスティーナはイーサンのことを思っていた。


 ――以前の彼であればこんな流行を追っただけの派手なドレスを贈るなんて考えられないわ。どうしてしまったの?


 沼の魔女の薬の副作用としか思えず、彼女はイーサンが今宵その薬を服用していない事を願った。それは願わぬことだと思いながらも。


 準備が整い、イーサンが迎えに現れた。

 今日のジェストコールも漆黒であったが、襟の部分が小さく、中のジレは前回より地味な灰色であった。

 それでも彼の魅力は抑えられることはなく、貴公子ぶりを発揮していた。


 ――随分、イーサン様の元の顔を見ていないわ。仮面のような顔ではなく、自然な笑顔。懐かしい。


 ジャスティーナはそう思ったがそんな気持ちを隠して、微笑む。イーサンはその笑顔に安堵したように、目を細める。

 他の令嬢なら喜ぶはずの魅力的な表情は、ジャスティーナには全然嬉しくない。けれども彼の気分を壊すのも悪いと、気分を変えて彼女はドレスのお礼を述べた。


「流行のドレスを仕立て屋に頼んだんだ。とても似合っているよ。俺のためだけの真紅の薔薇だ。とても綺麗だ」


 その浮いた台詞にジャスティーナが驚くが、同時に何かが落ちた音がした。

 その方向を見ると、抱えたお盆を落としたモリーがいた。唖然としている。


 ――わかるわ。こんな台詞を彼が言うなんて信じられない。やはり薬のせいなの?


「さあ、夜会に行こう。遅れてしまう」


 しかし当の本人は彼女たちの動揺がわからないようで、ジャスティーナに手を差し出しエスコート役を務めた。



 夜会の主役はイーサン・デイビスであった。

 実際は主催であるハンズベル伯爵なのだが、昆虫男爵として知られているイーサンが現れ、その容貌を晒したことで話題を浚う。

 昆虫男爵は、噂の醜い容貌ではなく、美青年だったのだと、女性は恋愛対象として、男性は興味本意で彼に群がったのだ。

 それは一週間前の歌劇場の社交の場の再現で、ジャスティーナは溜息を漏らす。


 ――面白くないわ


 イーサンにひっきりなしに声がかかる。

 それも女性からだ。

 観劇の帰りに確か、彼は誘いに乗らないと言っていたのに、今日は女性に誘われるまま、踊りに出かけていた。

 本当に、イーサンなのかと疑うしかない。

 残されたジャスティーナは、一度婚約破棄されたとはいえ美人であるのは変わりない。

 一人の彼女を狙ってダンスの誘いはあるのだが、その誘いに乗るのはイーサンに対抗するようで、がんとして誘いを断り、壁際の彫像と化していた。

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