解けない魔法8
翌日ジャスティーナの元へハンズベル伯爵から夜会の招待状が届いた。婚約破棄してから彼女は夜会に参加をしていない。
いつも通り断りの手紙を書こうとしていると、ニコラスがイーサンの手紙を持ってやってきた。
このタイミング、昨日の彼の様子を思い浮かべると手紙の内容は予想できる。
手紙を読み、予想は的中しジャスティーナは迷ってしまった。
通常であれば、過去の夜会で一度失敗をしているイーサンがもう一度夜会に参加しようなど、思うはずがない。
――きっと薬を使って、姿を変えて参加するつもりなのね。イーサン様、どうしてそこまで。
ジャスティーナは彼のことを思うが、昨日の彼の「普通の男として」の言葉が脳裏をかすめ、首を振る。
――このままずっと薬を使っていいわけじゃない。でもやめてと伝えた時のイーサン様はとても不快そうだったわ。なので使い続けるつもりなのでしょうけど。本当にあの薬は大丈夫なのかしら。
不安がこみ上げてきて、イーサンへの返事をできずにいた。
ニコラスは返事を待たずにデイビス家に戻っている。
そうして午後になり、昼食を終えると仕立て屋がやってきた。
イーサンの依頼で夜会用のドレスを作るために来ており、断るということはイーサンの意向を無視することだ。
彼も傷つくだろうと、ジャスティーナは寸法を測ってもらうことした。
ドレスのデザインはイーサンにまかせて欲しいと伝えられ、彼女はそれに従う。
――彼が選ぶ?あの彼が?
無骨といってもいいほどの彼。
けれども、彼の羽織っていたジュストコールは顔を変えた彼には似合っていた。
服装の趣味は悪くない。
――マデリーンとか、ニコラスが選んだかもしれないけど。ドレスも彼ではなく、マデリーンが選びたいと言ったのかしら。
モリーの母のマデリーンの逞しい笑顔を思い出し、それならいいかとジャスティーナは深く考えないことにした。
☆
「ハンク。どうしたのだ?」
朝から何か言いたげの執事に、とうとうイーサンは問いかけた。
――薬のことか、夜会のことか、どちらにしても苦言に違いない。
「旦那様。沼の魔女の薬の効果が弱まっているのではないでしょうか?」
「どういう意味だ?」
「旦那様が薬――飴玉を食されたのは確か、昨日の夕方でした。本来ならば、今日の夕方まで、旦那様の顔は変わったままのはず。けれども、今朝方旦那様は元に戻っておりました」
ハンクに指摘されるまで、彼は気にしていなかった。
だが彼の指摘は正しいと、自身の顔に触れる。
つるりとした卵型の本来の彼の顔形であり、変化した男らしさの影はどこにもなかった。
「旦那様。夜会にご出席されるのはやめたほうがよろしいでのは?まだハンズベル伯爵には返事をされておりませんし、大丈夫かと」
「それは無理だ。すでにジャスティーナのドレスの準備は始めている」
「今度の夜会ではなく、別の機会で」
「別の機会?いつだ?俺は、顔を変えないと彼女と出かけられないのに」
「旦那様」
ハンクが彼を見る表情が痛々しく、イーサンは顔を背けた。
「夜会からはすぐ戻る。数時間であれば、効力が続くだろう」
「旦那様」
「ハンク。それ以上何も言うな」
「……畏まりました」
このところ、彼はハンクの助言を聞かないことが多い。
イーサンが主人であるのだから彼の意志は通されるべきものであり、おかしいことはない。
――どうしても、どうしてもジャスティーナと夜会に行きたい。そして彼女に結婚を申し出たい。顔を変えた俺なら、彼女と釣り合いが取れるから。
イーサンは自身の考えにとらわれすぎで、周りが見えてなかった。
それも薬のせいかもしれないが……。
沼の魔女から紫色の飴玉がもたらされ、それはイーサンを蝕んでいるように思える。
本人には自覚はない。だがハンクはひそかに森の魔女へ連絡を入れていた。
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