解けない魔法2

 ジャスティーナとイーサンは、お互いに想いあっている。

 だが、まだ結婚どころか、婚約すらしていない関係だった。

 デイビス家からホッパー家にジャスティーナを守るために、モリーは住み込みで働きに来ており、ニコラスはデイビス家で料理人、その他雑用をしながらも、健気にホッパー家の妻の所に通っていた。

 この生活が始まって1ヶ月が過ぎ、婚約すら言い出さないへたれ主人に、ニコラスは苛立ちを隠せないでいた。

 それは妻のモリーも一緒で、ホッパー家で使用人達を監視しながら、いつイーサンがジャスティーナに結婚を申し出るか、じりじりと待っていた。


「お母様。どうしてうまくいかないのかしら?」


 この1ヶ月でかなり母娘の関係は向上し、二人で刺繍をするくらい仲が良くなっていた。

 もっとも、ジャスティーナの刺繍の腕は相変わらずであったが……。


「そうねぇ」


 不器用な娘の困った様子に、母アビゲイルは優しい笑みを浮かべている。

ジャスティーナの刺繍枠に張られた布地には、確か薔薇の刺繍だったはずなのだが、何やら毛虫が這っているような状態で、何と助言をするのか迷う状態だ。

 ジャスティーナは、そんな母を可笑しく思いながら、以前とは違い、愛情を覚え胸が温かくなる。すると自然と微笑がこぼれていた。


「お母様。無理はしないで。どうも私は才能がないみたいなの」

「そんなことはないわよ」


 アビゲイルは慰めようとしているのか、大仰に手を振る。

 母は、自分をちゃんと娘として見てくれている。それが嬉しくて、ジャスティーナは喜びに胸を躍らせた。


「ジャスティーナ!」


 そんな和やかな母娘(おやこ)の時間に割って入ったのは、父だった。

 母に対しては愛情を覚えていたが、父に対しては完全に冷え切っていたため、彼女は顔を険しくさせる。

 ジャスティーナには理解できないのだが、アビゲイルはこんな父を心から愛しているらしく、心配そうに眉をよせて父を見ていた。


「お父様、どうしたの?そんなに慌てらして?」

「デ、デイビス男爵がいらしたのだ!」

「イーサン様が?めずらしいわね」


 イーサンが己の屋敷から出ることはほとんどない。

 それはその容姿が原因であるのだが、外に出ることは喜ばしいと思っているので、ジャスティーナはあまり深く考えず、彼を迎えようと腰を上げる。


「ジャスティーナ!驚くではないぞ。デイビス男爵は呪いを解かれたようなのだ」

「呪い?解く?」


 父は激しく興奮しており、只事ではないと、ジャスティーナは令嬢らしからず、部屋を慌てて飛び出す。


「ジャスティーナ様」

「モリー。どういうことなの?」


 部屋の外に出ると、駆け足気味のモリーを見つけた。


「それが、沼の魔女が旦那様、いえ、イーサン様へお薬をお渡したようなのです。怪しげて、お父さんも、ニコラスも止めたようなのですけど……」

「沼の魔女ですって?!」


 薬の出所が沼の魔女だとわかり、ジャスティーナはモリーの言葉をさえぎり、再び走り出した。


 ――なんてこと、どうして沼の魔女の薬なんか。屋敷に訪れるってことは、元気であるのは確かだと思うけれども。


「ジャスティーナ」


 玄関へあと少しというところで、客間から声が掛けられた。


「イーサン様!」

 

 求めていた声であり、ジャスティーナは足を止め、客間に目を向ける。

 若い男性が彼女へ早足で近づいていた。

 見たことがない顔だった。

 黒髪に、夜空のような黒い瞳。緊張した面持ちであったが、鼻筋はしっかり整っており、ハンサムの部類に入る顔の男性だった。


「ジャスティーナ」


 その見覚えのない男は、彼女の名を呼び、その声はイーサンと同じであり、彼女は息を呑んで彼を見つめる。


「俺だ。イーサン・デイビスだ。俺は沼の魔女の薬を使って、姿を変えたんだ。これで、あなたに堂々と結婚を申し込める」


 彼はそう名乗り、興奮気味に語った。

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