二部

解けない魔法1

 イーサンのお気に入りの絵本に、「蜥蜴の王子様」というものがあった。

 魔女に呪いをかけられ、蜥蜴に姿を変えられた王子様が、お姫様にキスをされ、元の人間の姿に戻るという童話だ。


 彼は、母親に何度も尋ねた。

 お父さんの顔はどうして、変わらないの?と。

 僕の顔はどうなるの?

 どうして、お母様やハンク達と顔の形が違うのか。


 その度に母親のシャーロットは優しく微笑むだけで、大きくなってからと、事実を伝えず、ある日病死してしまう。そうして父も後を追うように亡くなってしまい、少年が「真実」を知るのが遅くなってしまった。


 それが呪いでもなく、魔法でもないと知った少年は、大切な絵本を無残に破り捨てる。

 彼の夢は絵本のように破れ、消えてしまったはずだった。


 けれども、彼はまだ夢を捨て切れなかった。

 いつの日か、お姫様にキスをされ、呪いが解けるーーそんな一抹の夢、希望を抱いていた。




「これと、これ。そしてこれ」


 ルーベル家での騒動、正式な婚約破棄から一ヶ月後、沼の魔女イザベラがイーサンの屋敷を訪れていた。

 沼の魔女の呪いからジャスティーナを守り、気分を害した魔女に対価として、イーサンは、自身の魔力が詰まった魔法具を提示したのだ。

 魔法具にも色々種類があり、その形も様々で、ランプのような形、指輪のような形、杖のような形、時にはマントなどもあり、一見では魔法具に見えない。

 形もさながら用途も色々で、単に魔力を貯めるだけのものから、火を生み出すもの、ランプのように照明代わりのもの、相手を攻撃から守るためのものなど、幅広い。

 イザベラは、指輪の形の魔力を貯めるだけ魔法具を三つ選ぶ。魔法具は森の魔女メーガンが作ったものであり、中の魔力を使い切ったら、メーガンに返すことになっていた。

 森の魔女メーガンは王の依頼を受けて、魔法具を作り、それをイーサンに渡している。本来ならばこうした魔法具をイザベラに渡すことはないのだが、今回は特別に王、メーガンに話を通して、彼女に引き渡していた。


「こんなにキラキラしてる指輪なんて見たことがない。中の魔力を使ったら、輝きを失うなんて、なあんてもったいないんだろう」


 三つの指輪をそれぞれ左右の指に嵌め、沼の魔女イザベラはまるで少女のように、部屋の中ではしゃぐ。


 イーサンはそんな彼女を横目で眺めながら、内心自分の込めた魔力が悪用されないか、少しばかり心配していた。

 だが、今更約束を反故にはできない。

 魔女との約束は特にそうだ。

 破ると呪いをかけられる。

 イーサン自身は呪いも魔法を関係ないが、ジャスティーナのことを思うと、約束は守らなければと、心に決め、そろそろ良いかと立ち上がった。


「沼の魔女殿。満足したか。そろそろ戻った方がいいのではないか?」

「つれないね。昆虫男爵。乙女がこんなに喜んでいるのに」


 沼の魔女はジャスティーナが呪いをかけられた時と同じ顔をしている。

 いわゆる醜い顔であるが、イーサンは自身が昆虫のような顔をしているため、醜いとは思わない。

 ただ、ジャスティーナの思いを受け入れず、辛い思いをさせてしまった過去を思い出し、苦い気持ちに陥る。

 あの時、彼女に嫌われるのが怖くて、美しい姿に戻った彼女から臆病にも逃げ出してしまった。


「あれ?昆虫男爵。どうしたの?ジャスティーナのことを思っているの?それにしてはなんか妙な顔してるね。ははは。妙な顔って元からか」


 イザベラは自身が言ったことが相当面白かったようで、ケラケラと笑いだす。

 控えていた執事のハンクは彼女の態度に眉を顰めるが、当本人のイーサンは、自身の容姿とは二十年の付き合い、沼の魔女の性格もわかっているので、右から左聞き流した。

 ただ早く屋敷から出て行ってほしい、そんな思いで彼女の笑いが収まるのを待つ。

 彼のそんな冷めた反応が面白くなかったのか、イザベラの笑い声はすぐにやみ、真顔になった。


「昆虫男爵。あんたの夢をかなえてあげようか?」


 沼の魔女は持っていた袋から、ガラスの瓶を取り出した。中には毒々しい紫色の玉がいくつか入っており、ガラスの瓶が揺れる度に小気味いい音を立てる。


「あんたには魔法も呪いも効かない。だけど、薬は別だ。私は、姿を変える薬を持っている」


 先祖代々、呪いとしか思えない昆虫顔に悩まされてきた。

 それが、いとも簡単に解決できる薬、そんなものが存在するわけがない。


 イーサンは何も答えず、魔女と、その紫色の玉に目を向けた。


「信じるも信じないも。あんた次第。これはこんな綺麗な指輪をくれたあんたへのお礼だよ。飴玉一個で効果は一日持つよ。すごい甘いからね。食べすぎは禁物だよ」


 沼の魔女は、返事をしないイーサンにそのガラスの瓶を押し付ける。そして用事は済んだとばかり、すぐに屋敷からいなくなった。

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