解けない魔法3
とりあえず立ち話をするようなことではないと、イーサンとジャスティーナは客間に戻った。
遅れてモリーがその後に続く。今日のニコラスは御者を務めており、部屋の壁のすぐ近くで待機していた。
イーサンはいつもと違って落ち着きがなく、ジャスティーナは、どうしても彼はイーサンだと思えなかった。助けを求めるようにニコラス、モリーを見ると二人は頷くだけ。
――イーサン様なのは確かなのよね。声も一緒だし。でもちょっと変。
「それでイーサン様。沼の魔女の薬を飲んでその姿になったの?」
「ああ」
「体の調子はどう?吐き気とかしない?」
「大丈夫だ。むしろ体調がいいくらいだ」
イーサンは、その整った顔でにこやかに笑う。
他に令嬢がいれば、顔を赤らめるくらいとても魅力的な笑顔だ。
ジャスティーナは、彼を美青年だとは思うが、何か違和感を覚え、首をかしげる。
「この顔は、おかしいか?普通の顔だと思うが」
そんな彼女の反応に、イーサンは心配そうに尋ねた。
「おかしくないわ。とても格好いいと思うわ。でも、私は」
「そうか、格好いいんだな」
格好いいという言葉が嬉しかったのか、彼はジャスティーナの言葉を最後まで聞かず、満足そうに頷く。
「そうだ。ジャスティーナ。折角だ。どこかに出かけないか。俺はあなたと街を歩きたいんだ」
ぐいっと近づかれ、嘆願するように言われれば断れることもできない。
正直、このイーサンには戸惑ってしまうが、彼であることは確かだ。
二人で街に出かけたこともなく、彼女は誘いに乗ることにした。
ホッパー家から街に出るには少し歩く必要がある。
ニコラスが馬車を出そうとしたが、イーサンはそれを断り、二人は歩いて街へ向かうことにした。
ジャスティーナの日傘をイーサンが持ち、二人はゆっくりと歩みを進める。
「ジャスティーナ。こうしてあなたと二人で街を歩くのが夢だった。喫茶店とやらにも入って見たいんだ。付き合ってもらえるか?」
「ええ。もちろん」
ジャスティーナも正直街をあまり出歩いたことがほとんどない。街に来るとしたら、御者と使用人を連れ馬車で買い物に来るくらいだ。
なので彼女自身も街に出て新鮮な気持ちになっていた。二人してきょろきょろと周りをみる。
それはどう見ても、スリなどの小者からしたら、いいカモなのだが、二人の背後を歩くニコラスが目を凝らし、近づけないようにしていた。
「今日は楽しかったわ」
日が傾きかけた頃、二人はホッパー家に戻った。
足は疲労を訴えていたが、それよりも楽しさが上回り、ジャスティーナは笑顔でイーサンを見送る。
イーサンから薬の効力は一日と聞いていたので、次会う時は元の昆虫男爵の姿だと安堵する。
正直、ジャスティーナは、すっかり美青年になってしまったイーサンよりも見慣れた彼の姿のほうが好ましかった。
☆
その夜、街歩きの警備までして疲労困憊のはずなのに、ニコラスは愛する妻の元へ訪れる。
二人の話題は、イーサンのことだったが、ジャスティーナだけではなく、モリーもニコラスも薬を使い姿を変えた彼に違和感を覚えていた。
元のイーサンは思慮深く、物静か。
だが今日のイーサンは、落ち着きがなく、いつも遠慮気味にジャスティーナに触れるのに、今日は手をつないだり、肩を抱いたりと積極的だった。
ジャスティーナ自身が嫌がっていなかったのだから深く考えなくてもいいこと。だが、ニコラスはすんなり受け入れることができなかった。
その点、困惑しながらもモリーはこれで結婚の話が早く進むかもしれないと、喜んでいた。
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