男爵令嬢の想い届かず。
金色の髪は、黄金の光を放ち、青い瞳は宝石のように輝く。しっとりと長い睫が瞬くと、それだけで魅了される。唇は少しだけ肉厚で、彼女が口を開くたびに人々に甘い印象を与えた。
元の姿のジャスティーナは、森の魔女メーガンとは正反対の清純の美少女の姿をしていた。当の本人は元の顔に戻ったことで、距離を完全に置くようになったイーサンのことや、腫れ物を扱うように接するようになったモリー達のことを思い、泣きそうな思いをしていた。
――私にとって、この姿こそ、呪いだわ!
涙が次々と溢れ出し、枕を濡らす。
洗濯に手間取らすのも迷惑だと考え、ジャスティーナはベッドから体を起こした。
――どうして、どうして元に戻ってしまったの?元になんて戻りたくなかった。こんなことになるくらいなら。
部屋の中を行ったり来たりして、彼女は自分の心を落ち着かせようとする。けれども、落ち着くはずがなく、涙があふれてとまらない。
――沼の魔女に会う前に元に戻るなんて。信じられないわ。原因は、きっとあの口付け。そして、「愛する」という言葉。私はまだイーサン様に気持ちを伝えてないわ。でも会ってもくれないなんて!
彼女は顔を両手で覆い、その場にうずくまる。
――どうしたらいいの?イーサン様は私に会いたくないの。でも、確かに「愛する」と言ってくれたはずなのに。それとも聞き違いだったの?
彼女は唇に指を這わせ、あの柔らかな感触を思い出す。
――どうせ、明日はこの屋敷を出て行かなければならない。屋敷に戻れば、私は、監禁はされないけど、自由な行動はできないわ。
森に来られたのは、顔が醜く変わったせいで、誰も追いかけてこなかったからだった。元の姿に戻ったら、自由が与えられるが、籠の中の自由だ。家を出るときは必ず供が一緒にいて、外出理由も予め父に報告し、許可を取る必要があった。
――それなら、今夜しかないわ。明日はきっと追い返される。それなら気持ちだけでも伝えたい。
彼女は立ち上がると、簡素であるが、自分一人で着られそうなドレスを選んだ。手間取ったが、寝巻き用のドレスからどうにか着替えることができ、彼女はそっと扉の取っ手に手をかけた。
静まり返った屋敷の中を、ジャスティーナは歩く。
そうして彼女はある事実に気がつき、足を止めた。
――イーサン様の寝室はどこなのかしら?
屋敷内で広間、客間、図書室の間しか移動してなかったことが悔やまれるが、彼女には今夜しかない。
ホッパー家の父の寝室の場所を浮かべ、大体の目星をつけて、方向を見定めた。そうして、中庭を通り過ぎようとしたとき、彼女はある影に気がついた。
――イーサン様。
中庭の明かりは消されていたが、屋敷を歩き回り闇に目が慣れたジャスティーナには、彼の姿がくっきりと見えた。
長椅子に腰掛けており、空を見上げている。
――今しかないわ。今は逃せば私は一生、イーサン様に気持ちを伝えられない。
彼女は意を決すると、足を踏み出す。
震える手を、もう片方の手でぎゅっと掴み、歩く。
「誰だ?!」
気配を消して歩いてつもりだったが、イーサンは先に気がつき、椅子から立ち上がる。
「……ジャス、ホッパー男爵令嬢」
信じられないとばかり、彼が呆けた声を出した。
「イーサン様!お願い。私の話を聞いて!」
彼女は彼が逃げてしまうかもしれないと、足早に彼に近づいた。
イーサンは顔をそらして、ジャスティーナを見ようとしない。
――それでも構わない。私は気持ちを伝えにきた。それだけ。
「イーサン様。あなたのことを考えると、私はとても暖かな気持ちになるの。あなたのおかげで、私は人に優しくすること、人に感謝すること、人の気持ちを考えることを知ったわ。こんなにも暖かい感情が、私に存在するなんて、知らなかったの。この気持ちが、きっと愛するってことだと思ってるの」
「愛する?それは、あなたの勘違いだ。きっと呪いのせいで顔を変わり、心細くなっていたからそう思うだけだ。ホッパー家に戻れば、あなたはきっとその気持ちが勘違いだと気がつく」
「違うわ!勘違いなんて!」
「違わない。勘違いだ。この俺のことを愛するなんて、ありえない」
「ありえるわ!私は、あなたのことを愛している。信じれないの?」
「信じられない。あなたは、そんなにも美しい。きっとそのうち俺のことを嫌悪し始める。だから、俺はあなたに会いたくなかった。今も、」
「そんな!勝手に思い込まないで。私のあなたへの気持ちは変わらないわ」
「変わる。あなたはまだ若いし、これからだ。シュリンプ・ルーベル公爵子息も今回のことで反省しただろう。だから、きっとあなたは幸せになれる」
「そんなの、勝手に決めないで!私はあなたを愛しているの。この屋敷であなたとずっと暮らしたい!」
「無理だ。あなたは帰るべきだ。俺は、あなたとは一緒にいられない。あなたの気持ちが変わっていくことに耐えられない!」
「だから、勝手に決めないで!」
ジャスティーナは必死に言い募るが、彼は聴く耳を持たなかった。
彼の強い拒絶に、涙がこみ上げてきて、彼女はとうとう泣き出してしまう。
――どうして、どうして信じてもらえないの?
「ジャス、ジャスティーナ……。すまない。俺は、あなたを信じられない。だから、」
イーサンは彼女に触れようとして、伸ばした手を引っ込めた。
「でもありがとう。俺にはそれだけで十分だから」
「イーサン様!」
彼女は顔を上げる。
しかし、イーサンは彼女に背を向け歩き出していた。
「ニコラス。そこにいるのだろう。ホッパー男爵令嬢を自室にお送りしろ」
「はい。ご指示通りに」
中庭を囲む廊下の一角が歪み、影が姿を作る。それはニコラスで、困ったような笑みを浮かべていた。
「イーサン様!」
「ジャスティーナ様」
ジャスティーナの前にニコラスが立ちはだかる。
そしてハンカチを差し出した。
「今はお部屋にお戻りください。お送りいたします」
ニコラスに諭されるように言われ、彼女はハンカチを握り締める。
イーサンは足早に中庭を抜け、廊下を歩いていた。
「これでお別れなの?」
彼の背を見ながら、ジャスティーナがぽつりと漏らす。
ニコラスは何も答えず、静寂が中庭に戻ってくる。
気持ちは伝えたが、受け取ってもらえなかった。
いや、正確に言うならば信じてもらえなかった。
そのことがジャスティーナの心に重くのしかかり、彼女は重い足取りのまま、ニコラス先導で客間に戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます