使用人達の閑話

「ニコラス。今日もジャス様はおいしそうに、あんたのご飯食べたわよ」

「そうか。よかったあ」


 モリーは、ジャスティーナがベッドに入るのを確認して、部屋を出た。そして屋敷内の明かりを消していく。

 魔女の魔法具を使い、この屋敷に許可なく立ち入ることをできないようにしているため、外部からの侵入は困難。したがって、他の屋敷のように夜の見張りなどは必要なかった。

 なので、調理場に来て、夫であるニコラスが明日の食事の下ごしらえを終わらせるを待っているのだ。

 

「よし。これでよし。戻ろうか」

「うん」


 モリー達使用人は、屋敷の一番奥の部屋に寝泊りしている。用事の際はイーサンやジャスティーナが紐を引く。部屋のベルが鳴るから、夜でも何か用があれば、すぐに駆けつけられるようにしていた。

 ハンクとマデリーンの隣の部屋が、モリーとニコラスの部屋。

 ハンクは祖父の時代からこのデイビス家に勤めている。マデリーンは以前にこの屋敷に働いた者の孫で、祖父の遺言として、やってきた。

 ハンクの父は、マデリーンの祖父を知っていたが、あまりいい印象もなかったため、追い返そうとした。けれどもマデリーンが雇ってくれるまで、帰らないとごねり、根気負けしたハンクの父が屋敷に入れた。

 それから居座り、いつの間にかハンクと夫婦になった。時がたち、モリーが生まれ、ハンクの家族以外の者が去り、両親も亡くなり、新しい使用人が必要になった。

 そんな時、森に迷い込んできたのがニコラスだ。

 ハンクは出自不明で妙に明るい彼を追い出すように進言したが、イーサンが雇用を決めてしまった。結果的にその器用さは色々な面で助かり、ハンクの負担も減っている。

 しかし、まさか、自身の娘婿になるとは、今でも彼は複雑な心境だ。モリーはそんな父親の心境を知らず、いや敢えて無視しているのか、ニコラスと楽しい結婚生活を送っている。


「ジャス様、様子がおかしかったんだよね。ニコラス、何か知っている?」

「うん?俺は何も聞いてないけど」


 ニコラスはモリーの問いにそう答え、服を着替え始める。


「ちょっと、何で私の前で服を脱ぐのよ!」

「夫婦だからいいだろう。どう、ドキドキする?」

「もう、馬鹿!」


 ニコラスは、顔を真っ赤にするモリーにおどけて見せる。

 彼はジャスティーナが図書室に行ったことを聞き、何があったのか、あらかじめ予想ができていた。モリーに聞かせると落ち込んでしまうかもしれないと、敢えて話さなかった。

 自身がジャスティーナについて掴んだ情報もハンク以外に伝えていない。


「さあ、夫婦の時間を楽しもうか」

「何、言っているの!馬鹿!」


 ニコラスは妻に秘密を持っている。

 けれども人は知らないほうが幸せなこともあると、妻をからかうことに専念した。


 


「本当、騒がしいな。隣は」

「若いんだからしかたないだろう」


 ハンクは笑い声と怒鳴り声が聞こえる若夫婦の部屋に苦情をもらす。

 マデリーンはさらりと流して、早々にベッドに入った。ハンクの邪魔にならないように、左端に寄り背を向ける。


「何かあったのか?」

「うん。まあね」


 妻の曖昧な反応にハンクは嫌な予感を覚える。


「話したのか?」

「な、何を?」

「話したんだな」


 マデリーンの動揺を見てとり、ハンクは悟った。


「まったく。早すぎる。ジャスティーナ様が屋敷にきてまだ二日だぞ。それなのに」

「しょうがないだろう。ジャス様は、あの本を見つけてしまわれたのだから」


 彼女は自身を詰る夫に対して、腹を立てながら体を起こす。


「私だって、こんなに早く話したくなかった。けれど隠すほうがもっとよくないだろう。それより、あんたも私に何か話さないといけないことがあるんじゃないかい?」

「何もない。疲れたから。寝るぞ」


 逆に責められ、ハンクはベッドに潜り込む。


「あーあ、本当嫌になるねぇ。これだから」


 マデリーンはハンクを信用しており、彼が話さないということはその時期ではないのだろうと考える。

 愚痴のようにぼやきながらも、それ以上たずねることもなく、その隣に横になった。



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