昆虫男爵の苦渋の決断


 イーサン・デイビスの仕事は、屋敷内で行えるものだ。

 デイビス家は領地といっても、この森しか持っていない。領民もいないので、仕事をしなければ生活が成り立たない。かといって、昆虫のような顔を晒して王宮で仕事をするわけにもいかず、デイビス家はある仕事を内密で行い、それによって収入を得ていた。


 おそらく、デイビス家の男児が昆虫顔であることにも関係があること。

 魔女にすら、その関係性は「おそらく」という予測内でしか図れないが。


 デイビス家の男子は魔女にも勝る魔力を持っている。けれども、宝の持ち腐れで、魔女のように魔法や呪いとして使えない。魔力を形にできないのだ。

 しかし、その魔力を特定の魔法具に蓄えることができる。

 それが、デイビス家の仕事だ。

 魔法は魔女にしか使えないが、魔力を込めた魔法具は誰にでも使える。

 魔女によって魔法具は作られ、それは王家に献上される。

 デイビス家が誕生してから、百年。デイビス家の当主は魔女によって作られた魔法具に、その魔力を注ぐことをしてきた。

 このことは、王家、デイビス家、魔女の間でしか知られていていない。


 今日も彼は書斎に篭り、魔法具に魔力を注ぐ仕事をしている。

 一日、二つまでが限界でそれ以上すると、頭痛がしたり、健康を害する。

 二週間に一度、魔女はデイビス家を訪れ、魔力が入った魔法具を回収し、空っぽの道具を置いていく。

 明日が、その日で彼はまずその魔女にジャスティーナのことを相談しようと思っていた。


「旦那様」

「なんだ?」


 ひとつの魔法具に魔力を詰め終わった後、控えていたハンクが近づいてきた。

 どうせまたジャスティーナのことだろうと、彼は思わず嫌な顔をしてしまう。

 嫌な顔といってもその違いがわかるのは使用人達とジャスティーナだけだったが。


「旦那様。ジャスティーナ様は療養中となっております」

「それが何か?」

「いい知らせの意味がわかりませんか?ホッパー男爵はジャスティーナ様のことを探していない。だからこそ、お嬢様をずっとこのお屋敷に留めることが可能です」

「ジャスティーナに失礼だぞ。それのどこかいい知らせだ。ホッパー男爵も実の親として、あまりにも惨い」

「あのまま戻られても碌な事にはなりません」

「だからこそ、呪いを解くのだ。おそらく自然に解けていくだろうが、魔女に聞けば、すぐに解ける方法が見つかるかもしれない」

「旦那様は呪いを解きたいのですか?」

「当然だろう。元はとても美しい顔だったと聞く。彼女も元に戻りたいだろう」

「そうでしょうか?」

「そうに決まっている。ハンク。俺は少し疲れた。一人にしてくれ」


 イーサンは額を押さえる仕草をして、ハンクに退室するように促す。彼は小さく息を吐くが、主の命に従い、頭を下げると部屋を出て行った。


「……何がよい知らせだ。それで喜ぶなど、最低ではないか」

 

 彼が出て行き、イーサンは唸る様に声を出す。

 責めているのは自分自身だ。

 彼女がより長くこの屋敷に滞在できると知り、彼は喜んだ。しかし、その後、冷静な自分に諭された。

 呪いが解け始めている要因はわからないが、屋敷に滞在しているうちに呪いは完全に溶けるだろう。

 そうして、美しい姿に戻った彼女は、イーサンの顔をどう思うか。

 醜い、人間の顔ですらない、己の顔。

 最初は気にしてくれるかもしれない。けれども、一緒にいるうちに気味が悪いと思われるに違いない。

 先祖達の最初の妻のように、気が狂ってしまうかもしれない。


 だから、イーサンは決めたのだ。

 魔女に相談し、彼女の呪いを一刻も早く解き、この屋敷から開放しようと。

 彼女の境遇はわかっている。

 けれども、呪いが解けた後、己のような化け物じみた男が側にいるよりはましだろうと。

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