やはり不思議な使用人達
「また遅いわ。お父さんったら、何を話してるのかしら」
モリーは広間で金切り声を上げる。
使用人としてどう考えても、マナー違反なのだが、ジャスティーナは徐々にこの家の使用人達の独特の雰囲気になれてきており、ただ、静かに出されたお茶を飲んでいた。
「ジャス様。呼んできますから。お待ちくださいませ」
鼻息荒くそう言い、彼女は屋敷の奥へ消えてしまった。
こうして、一人広間に取り残されるのは二度目。だが、昨日と違って不安は覚えなかった。
「あれ。ジャスティー、違った。ジャス様はお一人なんですか?」
親しげに声をかけてきたのは、先ほど外門で待っていたニコラスだ。彼は汚れてもよさそうな茶色の服から、こざっぱりと白い服に着替えており、これまた白い前掛けを腰に巻き、長細い白の帽子を被っていた。
こうしてニコラスに話しかけられたのは初めてで、緊張したジャスティーナは何も答えられず、ただ彼に視線だけを向けた。
「えっと、すみません。俺は、ニコラスと言います。ちゃんと挨拶していなくて、すみません!」
ニコラスは彼女の視線に微笑みを返し、元気よく頭を下げる。
「あの、私はジャスよ。馬小屋と料理を担当しているの?」
「ああ、そうですね。えっと、それから庭仕事もしますし、いろいろですね。何でもできますんで、モリーでも手におえないことがあったら、俺を呼んでください」
「あ、ありがとう」
なんとなくお礼を言ってから、ジャスティーナは気がついた。
「料理、そう料理。とてもおいしい料理をありがとう。初めてこんなにおいしい料理を食べた気がするわ。あなたは本当に腕がいいのね」
「え、そうですか?それは……、ありがとうございます!」
ニコラスは戸惑いながらも、頭を下げた。
「ニコラス!何してるのよ!」
そうこうしているうちにモリーが広間に戻ってきて、急ににぎやかになる。
「モリー。何怒っているんだよ。浮気なんかしないぜ。俺はモリー一筋なんだから」
「な、何言っているのよ!馬鹿!」
「馬鹿ってなんだよ。あ、すみませんね。ジャス様」
二人にとってはいつもの掛け合い。しかし今はジャスティーナの前である。ニコラスは呆気にとられたジャスティーナを視界に収め、すばやく謝った。それでモリーもやっと自分が仕出かした無作法振りを思い出し、深々と頭を下げた。
「気にしないで。モリー。あなた達本当に面白いわね。喜劇を見ているみたい」
「き、喜劇?」
「あの、舞台で見るような奴ですか?」
「ええ。歌はないけど、掛け合いとか、本当、劇を見ているみたいだわ」
「モリー聞いたか。俺たち役者みたいなんだって」
「ニコラス。そんな意味じゃないわよ」
二人はまた掛け合いを始めたが、すぐに雷が落とされ、広間は静まり返った。
「モリー、ニコラス!お前たち。ジャス様の目の前でなんてくだらない話をしているのだ。ニコラス、遊んでないで調理場に戻れ。モリーはさっさとお茶を運んできなさい。まったく」
声を荒げたのは執事であるハンクで、ニコラスは慌てて調理場に戻り、モリーは広間の奥の小さなテ-ブルで、お茶の準備をし始めた。
「ジャス様。本当に申し訳ありません。教育が行き届いておらず、このハンク、お詫び申しあげます」
「俺からも悪いな。使用人とは言え、どうも家族みたいなものでな。俺も甘くなってしまっていた」
「旦那様。旦那様のせいではございません!これは私の不甲斐なさが致すところ。つきましては、」
「だめだぞ。お前がいなくなっては大変だ。この屋敷が立ち行かない」
モリーとニコラスの後は、イーサンとハンクがジャスティーナそっちのけで話を始める。彼女は少しだけ疎外感を感じてしまい、反射的に手を膝の上におき、きゅっとドレスをつかんでしまった。
「ああ、まったく!私がいないと、本当にだめだねぇ。お客様ひとり、ちゃんともてなしできないんだから」
「マデリーン!」
ジャスティーナはマデリーンのあきれたような声に大きく反応し、思わず席を立ってしまう。広間に現れた彼女はモリー同様に白い大きな帽子、地味なワンピースに白いエプロン姿だ。
マデリーンの姿は朝食に一度見たが、その後見られず、モリーに聞いたら腰を痛くして、部屋に篭っていると聞いており心配していたのだ。
「マデリーン。お前は、また無理をして」
「無理をさせているのは誰なんだい。執事さん。モリー早くお茶を入れて、ニコラスには御菓子を持ってこさせなきゃ。執事さん。何を突っ立ているんだい。早く旦那様を椅子につかせるんだよ」
普段は命を出しているハンクが妻であるマデリーンに小言を言われている。彼達の死角になっているが、ジャスティーナからはモリーが声を押し殺して笑っている姿が見て取れた。
本当に飽きない使用人達で、ジャスティーナの口は緩みっぱなしだ。
「ジャス嬢。本当、使用人達が申し訳ない。煩いだろう」
彼女の斜め向かいの椅子に座ったイーサンが、「使用人の代わりに」そう謝り、それがおかしくて彼女はとうとうこらえきれなくなった。
湖で感じた彼の心の闇。けれどもこんな明るい使用人達に囲まれれば、それに囚われることもないのだろうと、ジャスティーナは困った顔をしているイーサンを少し羨ましく思った。
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