男爵令嬢の家庭事情
「旦那様。悪い知らせと良いお知らせがあります。どちらを先に聞かれますか?」
昨日同様いや、今回はハンクに引っ張られるように書斎に連れ込まれ、浴びせられた質問がこれだった。
てっきりジャスティーナ関連だと思っていたので、肩透かしを食らったよう気分になる。だが、ハンクが真剣な顔でイーサンの答えを待っていたので、咳払いすると口を開く。
「悪い知らせから頼む」
「それでは」
一息置いてハンクが話し始め、その内容にイーサンが待ったをかける。
「婚約はまだ破棄されていない。それのどこが悪い知らせだ。ジャス嬢にとっては良い話ではないか」
「良い。良いと思われますか?顔が変化したくらいで婚約破棄しようとする男です。公爵といえども、結婚してよいことはないでしょう」
「それでも、ジャス嬢は、彼を好きであったのだろう?」
「さあ、そればかりは。お二人の姿を見たものは仲睦ましいと思ったらしいですが。ホッパー男爵は公爵との結婚で、もたらされる利益のみを考え、結婚を進めていたらしいです。ジャスティーナ様の事を駒のように、」
ハンクはよどみなく話していたが、ふいに言葉を止める。
「どうしたのだ?」
「旦那様。ニコラスが調べてきたこと、証言のみで、確かな証拠はない。けれども、私たちは事実だと思っています」
「何を突然。ニコラスが何を調べたのだ?」
「ジャスティーナ様のご様子がおかしかったので、少しホッパー家をニコラスが調べました」
「何を勝手に!」
使用人達の勝手な行動に、イーサンは怒りをあらわにするしかなかった。人の家庭の事情を調べるなど、ジャスティーナが知れば気持ちのよいことじゃないだろう。
「申し訳ありません。ですが、旦那様もおかしいとは思いませんでしたか?ホッパー家は男爵家でも恵まれたほうにある家柄。食事など私たちが作るものより立派なものを食べているはずです。ベッドもおそらく羽毛か何かを使い品質がよいものを使用しているはず。ですが、ジャスティーナ様は私たちが急いで用意したものに対して驚き、とても喜んでるご様子」
「それがなんだ?他人の屋敷に招待されれば、褒めるのは当然のことではないか」
「確かにそうです。けれども、ジャスティーナ様のそれはお世辞ではなく、心の底から喜んでいるように見えました。その上、マデリーンとモリーの二人をうらやましそうに見ていたそうです」
ハンク達が勝手にホッパー家を調べたことについては賛成できないが、彼もジャスティーナの様子を近くで見て、疑問に思わなかったことはなかった。
「旦那様。これはニコラスの意志ではなく、私が命じたこと。もし何か罰を与える際は全て私の責任ということで、」
「ハンク。お前はすでに私の父のような存在だ。罰など与えるわけがないだろう。すでに調べてある。それであれば、腹をくくって聞くだけだ」
使用人、家族のようなハンク達の心配は痛いほど理解できる。自分のことを思っていることも。
だからこそ、イーサンは彼らが調べたことを聞くことに決めた。
言いにくそうなハンク、それがとても良い話ではないことを物語っていたが、彼は聞くことにした。
「ジャスティーナ様は正妻アビゲイル様の娘ではありません。その姉、アヴィリン様とホッパー男爵の間に生まれたお子様です」
「どういう意味だ?ホッパー男爵は妻の姉と関係をもったのか?」
「そうです。もっともまだ婚約中の期間でアヴィリン様が誘ったというほうが正しいかもしれません」
「それならば、ホッパー男爵は婚約解消して姉と婚姻を結べばよかろう。なぜ、アビゲイル婦人はそんな状態で結婚したのだ?」
「アヴィリン様は出産の際に命を落としてしまい、アビゲイル様がジャスティーナ様をご自身の子として育てることをお決めになったらしいです」
「そんな話が」
貴族社会ではこのようなことは耳に新しい話ではない。しかし、無邪気な彼女には酷な話に思えた。
イーサンの脳裏に、ジャスティーナのはにかんだ笑顔が浮かぶ。
ハンクは黙ってしまった主の側で、彼がどう動くか待っていた。
「アビゲイル婦人、ホッパー男爵夫人は、ジャスティーナを己の子として本当に育てられたのか?」
主の独り言のようなつぶやきに、ハンクは静かに答える。
「子供の頃はそれはとても仲の良い母娘だったようです。けれどもジャスティーナ様が姉のアヴィリン様に似てくるようになってからは」
「そうか」
だから、ジャスティーナは寂しそうにモリーとマデリーンの姿を見ていたのか。
事情がわかり、イーサンは彼女のことを想う。
同情なのか、なんなのか、彼はますますジャスティーナを庇護すべき対象として考えるようになってしまっていた。
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