第2話 魔改造には魔法の力が必要だ
まだ十二上旬だというのに雪が降っている。このあたりには積雪はない。しかし、山沿いではもう数センチは積もっているだろう。
こんな寒空に、しかも夜の八時に呼びつけるなど教師のすることではない。そんな小言をブツブツと言いながら歩いている男子生徒が一人いた。彼の名はトッシー・トリニティ。三谷朱人とはお互いの秘密を共有し監視し合っている仲になる。
自分の秘密を握られていなければ逃げれば良いし、知らん顔を続けれていればよい。しかし、三谷には秘密を握られているのだ。その秘密とは、自分が魔術師であり、様々な奇跡現象を起こすことができる事である。その一つが異世界転移術だ。それは例えば、交通事故に見せかけ異世界へと強制的に転移させることができる。先月末、トリニティは口うるさい校長を異世界へと送ったのだが、何故か三谷に救われて生還した。偶然なのか狙ってやったのかは不明だが、それは同時に三谷のやっているダーティーな実験そのものでもあった。三谷は怪しいトンデモ理論の科学技術を用い、異世界転移実験を繰り返している。方法論は違えど同じ穴のムジナなのだ。お互い口外しないことを条件に不干渉を貫く約束をしてたわけだが、その三谷から呼び出されたことに、トリニティは不信感を抱いていた。
三谷の自宅は廃業した工務店を買い取ったものだ。一階は倉庫と実験場を兼ねている。その実験場には灯りが灯っていた。トリニティはドアをノックし中へ入る。
「こんばんは」
中をのぞくと、そこには同じクラスの黒田星子と綾川知子がいた。この二人が何故こんなところにいるのか疑問に思うのだが、敢えて聞かないことにする。というのも星子はエンジンの部品を頭の上に乗せて瞑想しているし、知子は錆びたオートバイのタンクに一生懸命頬ずりをしているのだ。
これは何かの新興宗教なのだろうか。怪しすぎるこの会合に加わるのは危険だと、トリニティの直感はつぶやいていた。しかし、奥にいた三谷が手招きをした。
「よく来たな。トリニティ」
「はい」
「今日、君を呼んだのはこのオートバイを何とか復活させたいと思ったからだ」
そう言って三谷は赤錆びたオートバイを指さす。
「これは?」
「これはな。約50年前のオートバイだ。KAWASAKI750SSマッハⅣだな。栄光のマッハシリーズ四番手の荒武者だ。加速性能だけなら同時代のどのオートバイよりも優秀だったのだぞ」
「はあ、私もいい加減長生きしてますけど、そういうのには疎くて」
「ははは。これはマニアックな車種だからな。まあいい。今回はこれを魔改造して光速を超える計画を立てているのだよ」
「三谷先生。いくら何でもオートバイで光速を超えるなんて無理っしょ」
「まあそうだ。当たり前に走らせても時速200キロメートル程度しか出せないだろう」
「これで200キロ出るんですか?」
「あほか。こいつは同世代のあの化け物、ホンダドリームCB750FOUR以上の動力性能を誇っているんだぞ」
「それもよく知らないのですが」
「一々説明しとられん。まあ聞け」
「はい」
「こいつは2ストローク3気筒だ。それはつまりエンジンが三拍子で等間隔に爆発しているのだよ。この三拍子がミソなのだ」
「意味不明ですが」
「時間に逆行するには、三拍子が必須なのだよ」
「時間に逆行する?」
「そう、四拍子では不可能なのだ。三拍子でないと実現できない。だからホンダではダメなのだ」
「ますます意味が分かりません」
「あーすまんな。一から説明しよう」
「はい」
「この先に約3000メートルの直線道路がある。そこの中間辺りに1000メートルの区間を設置し、この区間タイムを計測するのだ。まずはこのマッハを時速200キロメートルで走らせる。200キロだと1000メートル走るのに何秒かかる?」
スマホの電卓をいじりながらトリニティが返事をする。
「はい、えっと18秒ですかね」
「そうだ。光速とは時速何キロかな?」
「30万キロ、いやこれは秒速だから、10億8千万キロメートルですかね」
「その通り。しかし、時速に換算する意味はなかったがな」
「何が言いたいんですか?」
「では1000メートルを何秒で走れば光速を超えられるかな?」
「ああ、桁が多すぎて訳が分かりませんが、つまり時速10億キロで1000メートルを何秒で走るかですね。あれ、秒速の方が計算しやすいのでは……。つまり1キロメートル割る事の30万キロメートルですから0・000003333秒ですか」
「その通り。私の計算では君の魔術回路と私の次元干渉理論を組み合わせることで時間の流れを操作する事が可能だ。時速200キロで走るマッハが1000メートルを走るのにかかる時間を18秒から0・0000029秒へと短縮するのだ」
「確かに。外から見れば光より速く走っていることになりますね」
「そうだろうそうだろう。異次元をショートカットして、その結果光よりも早く到着しました……では面白くないではないか。時間操作はするが、実際に光を追い越してこそ男のロマンがあるのだ。違うか」
「はい、その通りですミミック先生!」
「この時、マッハは時間軸に逆らって移動しているのだ。ここで三拍子が重要なのだよ」
「なるほど、その為の三拍子、つまり三気筒なわけですね」
「ふははははは。あ、トリニティ君。私は三谷だミミックではないぞ」
「失礼しました。ミミ先生」
敵対していたかと思われた二人は、いつの間にか意気投合し、熱く時間理論を交わしていたのだった。
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