第77話 ローズライトの悲劇


 傷が無くなり、元気な状態になったコータは部屋を出た。


「もう動けるのですか?」


 先程まで包帯まみれだったコータが、元気に動いている様子に目を丸くしながら訊くネーロスタ。


「あぁ。ポーションのおかげでこの通りです」


 元気に、傷一つ無くなった体をアピールするようにして言うコータ。


「ポーションって凄い.......」

「エルフたちはポーションを使わないのですか?」


 サーニャやルーストの手持ちにポーションが無く、エルフ領にストックがあるのかと訊くと、小首を傾げていた。


「えぇ。我々エルフ種は基本的には好戦的では無く、大きな怪我をすることがないので」


 つい先日。アースレーン内で起きた紛争を思い返したのか。ネーロスタの顔は曖昧な表情を浮かべている。


「そういうことなんですか」


 怪我をすることがないから、エルフ種にポーションは必要ないということだ。

 だが、この即効性を見たネーロスタはその凄さに輸入を検討しているようにも見えた。


「ちょっと出てきますね」

「気をつけてね」


 寝込んでいた間、コータがずっと世話になっていたネーロスタに言葉を残してから家の外へと出た。

 コータが思っていた以上に、被害が出ていることに驚きながら周囲を見渡す。


「こういう時に鑑定使えばいいんじゃないの?」


 エルフ種に、復興の支援に来た人間種でごった返した周辺。どこに誰がいるのか全くわからない状況だ。

 そんな時。コータの背後を飛ぶ精霊種、ピクシャが声をかけてきた。あまりに急なタイミングであったため、コータは少し驚いた。

 それは精霊種が自らの姿を露わにするのに魔力が必要だからだ。そのため、普段は姿が見えない状態。そこから急に声をかけられたため、驚いているのだ。


「そ、それもそうだな」


 慌てたように返事をしたコータは、鑑定スキルを発動させた。覚えたての時のような、常に発動しているということはなくなった。発動したい、と思ったタイミングで出来るようになったのは、コータの成長だろう。


 鑑定スキルが発動し、それぞれの人物の頭上に文字が現れる。

 だが、ほとんどの人物の頭上には人やら、エルフ、ハイエルフとかしか表示されない。


「ほとんど面識がない人ってことか」


 そう呟きながら、周囲を確認していく。その中で、1人だけ頭上に名前が浮かんだ者がいた。


 ――セチア


 水色の髪をポニーテールにまとめているのが特徴的だ。胸には銀色のプレートアーマーを装備しており、コータが出会った、あの時とほとんど容姿が変わらない。


「セチアさん.......」

「知り合い?」

「あぁ。よく知ってる」


 懐かしい顔を見て、名前を呟いたコータに。姿の見えないピクシャが訊いた。

 コータは苦笑いを浮かべてから、セチアと表示された女性へと向かう。


 忘れられるはずがない。コータが、この世界に来てはじめて死ぬと、思った時。

 その時、一緒にいた人だから。

 確かまだあと2人いたはずだけど。その二人はどうしたのだろうか。

 そんなことを考えながら、コータは集められた倒木の前で魔法陣を組みたてているセチアに声を掛けた。


「久しぶり、俺の事覚えてるか?」

「うわぁ!?」


 背後からの声に驚いたのだろうか。セチアは容姿相応の可愛らしい声をあげた。


「わ、わるい」


 こんなに驚かれると思っていなかった。コータは間髪入れずに謝罪を口にする。

 セチアは展開していた魔法陣を消し、振り向いた。そこに立っていたコータに、セチアは少し涙ぐむ。


「.......コータさん。冒険者ギルドに行っても居ないし、どうしたのかって思ってたのよ?」


 冒険者は死と隣合わせの稼業だ。冒険者ギルドに登録したにも関わらず、長い間そこで顔を会わせないとなると。それは最早死んでいると思われても仕方がないだろう。


「色々と。ほんとに色々とあったんだよ」


 王の使命を受け、魔術学院に行ったり。第2王女の護衛としてエルフ領に入り、そこで魔族関係の争いに巻き込まれたり。

 ほんとに色々あったんだ。


「そっか。うん。でも、生きててよかった.......」


 泣いているのか。笑っているのか。どちらとも取れる表情を浮かべたセチアはコータの手を取った。


「あれ? なんか最初会った時と違う.......」

「そうか?」

「うん。とっても強くなっているような。そんな感覚

がした」

「あー、そう言えば。最近ステータス確認していないな」


 あれ程、死線を超える激戦を繰り広げて来たんだ。レベルアップ画面を見ていない気がするけど、きっとレベルは上がっているはずだ。いや、上がっていてくれないと。これから困るし.......。

 そんなことを考えながら、コータはポケットに手を入れた。そこにあるはずの、ステータスが確認できるギルドを探すために。


「.......あれ?」


 だがそこに、それらしいものが存在しない。


「どうしたの?」

「あ、いや。ギルドカードがなくて」

「うそっ!?」


 ギルドカードは、冒険者である証明になる重要なものだ。それを無くしたとなると、一大事。

 驚き、慌てるセチア。


「カバンの中に入れてたわよ」


 そんな時、耳元でそんな声がした。声はピクシャのものだ。だが、やはり見えないところから急にかけられる声には慣れない。肩がビクッ、としてしまった。


「カバン、か」


 落ち着きを取り戻したコータを見て、セチアはホッ、と安堵の息をこぼした。


「取ってくる」


 そう残し、ネーロスタの家へと戻り、カバンの中からギルドカードを取り出す。

 それを片手に、コータはセチアの元へと戻る。


「早かったね」

「そうか? 普通だろ」


 そこまで急いで走ったつもりもない。息すら切れていない。だが、セチアはそう告げた。

 お世辞だろう。

 そう思いながら、俺はギルドカードに目を落とし、ステータスを確認した。


【細井幸太 Lv15 魔法適正:風、水


 HP3950 筋力425 MP1500

 耐久3150 俊敏980 器用15

 知力200 運0


 鑑定【生物】Lv8、体術Lv5、剣術Lv6、炎魔法Lv2、風魔法Lv10、水魔法Lv6、精霊使役術Lv3、精霊統合Lv4】


「Lv15、か。強いのか弱いのか」

「え。もうLv15なの!?」


 セチアはもう、と使い目を丸くする。だが、数字は無限と存在している。そう考えると、前から数えて15番目の数字だから、弱いように思えてしまう。


「あぁ」

「ありえない.......。コータさん、まだ冒険者初めて1ヶ月半くらいなのに」

「ま、それくらいだな」


 この世界に来て色々あって、もう1年くらいいる気分だが。実際の時間流れはその程度。

 まだあまり時間が経っていない。

 短い期間で色々詰め込みすぎだろ、とは思う。


「私、いまLv19だよ。コータさんと会ったあの日から1しか上がってないのに」

「そう言われると、なかなか強くはなってるな.......」


 Bマイナス級の冒険者とレベルが4しか変わらない。そう考えると、コータはかなりの速度で強くなっているのかもしれない。


「そう言えば、他のふたりは?」


 最初から気になっていたことを。コータはギルドカードをポケットに入れながら訊いた。

 瞬間、セチアの表情が曇る。

 分かりやすく曇り、薄らと涙すら伴っている。


「どうか、したのか?」


 聞いちゃダメなことだったかもしれない。

 そう思いながら、気になっていた事だから。引くに引けない状況で。

 コータは短く息を吐いた。


「アーロとルアは.......。この間受けた、討伐クエストで.......」


 嗚咽を交えながら、セチアは涙をこぼす。その場に立っていることすら出来なくなったのか。崩れ落ちて、わんわんと泣く。


「.......悪い。言い難いことなら、もう大丈夫だ」


 何となく察しは着いた。だからこそ、最後まで言わせたくなくて。

 コータは静かにそう言った。しかし、セチアは涙を零しながら、かぶりを振った。


「簡単なクエストのはずだった。街道に現れるラージスライムの討伐.......のはずだったのに」


 涙ながらに。セチアはあの日を思い返しながら、言葉を紡ぐ。


「そのはずだったのに。ラージスライムを倒した直後。ヤツは現れたの」

「ヤツ?」


 言葉に怒りが滲んだのがわかった。


「うん。ヤツは人のような姿をしていた。髪は長く、目は燃える炎のように真っ赤。肌の色は人間とは思えない程に青白くて、奇妙だった」

「.......」

「ヤツは耳障りな無機質な声で私たちに言ったわ。『魔王の眷属。魔族七天将が1人の前に立つ者に命はない』ってね」

「魔族七天将だと!?」


 あまりに聞き覚えのありすぎた単語に、コータは思わず声を荒らげた。

 だってそれは、コータが倒した相手だから。エルフ領を内乱に追い込んだ、元凶だから。

 しかし、セチアが語った容姿はコータが倒したアバイゾとは似ても似つかない。


「知ってるの.......?」


 潤んだ瞳で、セチアは崩れ落ちたままコータを見上げた。


「セチアさんが言ってる奴とは違うかもだけど、魔族七天将の1人と戦ったのがこの有様ってわけだ」


 周囲に目をやると、多くの人が復旧作業に勤しんでいる。木々は倒れ、あらゆるところにクレーターが出来ている。それ程までの被害をもたらして、ようやく倒せた相手だ。


「うそ.......。あんなヤツと戦ったの?」

「あぁ。あの時の比にならないくらいの怪我を負ったけどな」


 苦笑を浮かべて答えると、セチアがコータの足にまとわりつくようにして声を上げた。


「アイツにアーロとルアが殺されたの。それも無惨に.......」

「そうか.......」


 大きく唇を噛み締め、大粒の涙を零しながら訴えた。コータはその姿に何も言葉を紡ぐことが出来なかった。


 もしその場にいれば。


 2人を救えたかもしれない。そう思うと、悔しくて。歯を食いしばった。


「ねぇ。あなたが魔族殺しのコータ?」


 そんな時だった。

 聞き覚えのない声が、聞き覚えのない単語が耳朶を打った。

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