第76話 復活のコータと懐かしの顔


 包帯ぐるぐる状態のコータを見下ろすようにして立つのは、艶のある銀色の髪を腰のあたりまで伸ばした美女。

 白く胸元が大きく開けた服を着ている。その胸元から覗くのはたわわに育った胸。

 呼吸に合わせてその大きな胸が上下に揺れる。


「ホール宿舎の受付嬢、だよな?」

「えぇ。それで、私の名前は覚えていらっしゃいますか? 自己紹介はさせてもらいましたよ?」

「え、えっと……」


 自己紹介してもらった場面は覚えている。まだコータがこちらの世界に来てまもなくの頃だ。ソソケットの領主が亜人種の奴隷を連れているシーンを目撃し、攻撃を受けた後だ。

 ホール宿舎に運び込まれ、治療された時。その時に名前を聞いた覚えがあった。だが、コータは覚えてはいなかった。

 どうにか思い出そうとしている時、わざとらしく胸をたゆん、と揺らして口を開く。


「フェリネーヌ。フェリとお呼びくださいと言ったはずです」


 笑顔を崩すことなく、フェリはコータを見つめた。そして、そのままコータに歩み寄る。


「コータさんも悪い人ですよ。第2王女様とお知り合いなら、そう仰って下さればいいのに」


 軽く首を振りながら、短く息を吐くフェリ。


「言う必要とかないでしょ」

「知っていれば、もっとすごいサービスもさせて頂いたのに」


 言葉と同時に体をかがめて、その身に宿した大きな胸をアピールする。その状態のまま、フェリは谷間に手を入れて1本の小瓶を取り出す。


「金もない俺にサービスなんてしないだろ」

「そんなことないですよ。王女様と知り合い、それだけでサービスするに足りますよ」


 中指と小指の間に小瓶を持ったまま、スカートを捲り上げるフェリ。そうなれば、自然とスカートの中に隠された純白のパンツがコータの視界に収まってしまう。

 その格好のまま、動けないコータの股にまたがる。


「コータさんも気持ちよくなりたいでしょ?」


 フェリは目をトロンとさせ、口端からよだれをこぼし、淫乱そのものの様子でコータとの顔の距離を詰める。


「そ、そんなのいらねぇ」


 ――俺には心に決めた人がいるんだ。だから、幾らボディが魅力的とは言えど流れに流されるわけにはいかないんだ。


 そう思うコータを余所に、フェリは綺麗な細い指でコータのコータを撫でる。


「そうは言っても体は素直よ?」


 今にもこぼれ出しそうなフェリのたわわの実。それから薄い布越しに感じるフェリの生暖かい感覚。

 その体勢でコータのコータが反応しなければ、それはもう男では無いだろう。


「ちがっ!」

「違わないわよ」


 焦るコータに、悦ぶフェリ。互いの息遣いが分かるほどまでに距離が近づき、フェリの唇がコータの唇に触れそうになった。その時だ。


「何してるんですか!!」


 甲高い声が部屋に響いた。


「あらっ、ナナさん。いい所だったのに」

「いい所、とかじゃないですよ! 私たちはコータさんの怪我を治すためにこちらに来たんですから!」


 声を荒らげるのは紫紺の艶のある綺麗な髪を持つ女性。


「な、ナナさん.......?」


 名前とその髪色。コータは見覚えがあり、思わずその名前を呼ぶ。


「お久しぶりですね、コータさん。お元気でしたか?」

「体はこの状態だけど」

「あ、そうですね」


 苦笑を浮かべながら、俺の股に跨るフェリの首根っこを掴み、後方へと投げる。


「もぅ」

「もぅ、じゃないですよ」


 髪と同色の美しく妖艶な瞳で、床に転げたフェリを睨みつける。それに対しても反省の色を見せないフェリにため息をつく。


「お金が無いと仕事すらしないくせに」

「お金と特殊なコネ。これが私の好きなものよ」


 床から起き上がりながら、フェリはそう言いながらコータを見る。


「ほんと、現金な受付嬢だわ」



 筋の通った鼻に大量の空気を取り込み、口から吐き出すと、起き上がったばかりのフェリから小瓶を取り上げる。


「コータさん、魔族と戦ったと聞いたのですけど、本当ですか?」

「まぁ、戦いましたね」


 アバイゾとの激戦を思い返しながら、答えると目を見開きナナは驚きを表すにする。


「魔族と戦って生きてるなんて.......。凄すぎます」

「まぁ、ここで戦ったのは実際二回目ですし」

「二回目!?」


 先程よりも大きな声を上げるナナは驚きすぎから短く息を吐いた。


「ほんの数ヶ月前までギルドの新人で、薬草集めのクエストを受けようとしてた人だなんて。もう到底思えないわ」


 過去を懐かしむように、遠くを見ながら呟くナナ。

 餅のようなハリのある頬に、顔の凹凸もしっかりしており、いつ何処で見ても美人と言えるだろう。

 小瓶の栓をポンっと開け、コータへと差し出す。


「はい、高級ポーションよ。これで体を治して」


 ふくっらとした唇を動かし、凛とし声で紡ぐ。コータはそれを聞き届けてから、高級ポーションの入った小瓶を受け取り、一気に飲み干した。


 瞬間、体内から漲る何かが溢れ出すようなそんな感覚に陥る。同時に全身は仄かな光に包まれ、少しの浮遊感を覚えた。


「どう? コータ」


 ここまでの一連のやり取りを終始黙って見ていたピクシャがようやく口を開く。

 その声には心配や、不安といったものが色濃くにじんでいる。


「今までの痛みが嘘のようだ」

「ほんとに!?」

「あぁ。まじでポーションってすごいよ」


 空になった小瓶を見つめ、改めてその凄さを実感していると佇まいを正したフェリが声を発した。


「高級ポーションは安くても金額2枚はするもの」

「フェリさんはいつでも変わらないな」

「愛する物はいつでも同じですから」


 金とコネを愛するって、どんな環境で育ってきたんだよ。

 コータは胸中でそう吐きながら、体の包帯に巻きついた包帯を外していく。


「ナナさん」

「何ですか?」


 フェリとまともな話をすれば、疲れるようなそんな気がして。コータはナナに声をかける。


「アースレーンに来た人の中で、俺が知ってるのはフェリさんとナナさんくらいですか?」

「んー、そうだねー。確実に知ってるのは、冒険者のセチアさんにアーロさん、それからルアさんね。あとは鍛治職人や商人たちが来てるけど、知ってそうな人はいる?」


 ナナの口から飛び出した3人の冒険者の名前に、コータは思わず声を上げた。


「あの3人が来てるんですか!?」


 自分でも驚く程の大きな声に、ナナも少し気押された様子だ。


「えぇ。来てるわよ」

「そうですか。懐かしいな。あの3人がいなければ俺、冒険者ギルドに入ってすらなかったと思う」

「そうね。彼女たちのおかげで、私もコータさんと知り合えたわ」


 冒険者ギルドの登録した日を懐かしみ、ナナと話し込んでいるとフェリが大きな咳払いをする。


「冒険者の話もいいですけど、もっと感謝しないといけない人がいるんじゃないのかしら?」


 フェリのどこか冷たい言葉を浴びて、コータは思考を戻す。

 ナナの告げたアースレーンに来ている人。バッチリと名前が出たセチアとアーロとルアの印象が強く、その後に言われたことがすっかりと飛んでいる。


「3人の他にはどんな人がいるんでしたっけ?」


 眉間に皺を寄せ、ナナの台詞を思い返しながら再度ナナに質問する。ナナは嫌な顔1つせずに、小さく首を縦に振ってから口を開く。


「鍛治職人や商人たちですよ」

「商人……?」

「えぇ」


 商人、というワードが引っかかりオウム返しをするコータ。それに対し、ナナは不思議そうに小首を傾げて返事をする。


 ――商人……と言えば商会だよな。まさか!?


 ソソケットでの生活を思い返した瞬間、不意に脳裏を過ぎった1人の顔。

 黄土色のゆるふわウェーブのかかった髪に、それと同色の優しみのある眼。どのパーツを取っても整っており、コータを窮地から救ってくれたたった1人の彼。


「来てるのか? ライオット商会のライオさんが」


 コータがこちらの世界に来て犬死しなかったのも。セチアさんたちと知り合えたのも。ソソケット森林に行くことになったのも。鑑定スキルが身についたのも。サーニャと知り合うことになったのも。

 全部、全部、ライオのおかげなんだ。

 まともにお礼をすることもなく、コータはソソケットを離れていた。そんな彼とこんな所で再会出来ると思っておらず、期待を胸に寄せる。

 そんなコータに、フェリは静かに言った。


「来ているわよ」

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