エルフ領の改革

第75話 待ち人、到着


 サーニャとルーストがエルフ領を出て、10日間が経った。

 コータの傷はまだほとんど回復をしておらず、この10日間をずっとベッドの上で過ごした。


「そう言えば今日じゃなかった?」

「何がだ?」


 思い出したかのように言うピクシャに、コータは壊れかけのロボットのようにゆっくりと顔を向けて言う。


「あの王女様が言ってた、復興支援が来る日よ」

「あぁ。そう言えばそろそろだな」


 エルフ領"アースレーン"を発つ日、サーニャたちは1週間後には人手を含めた復興支援が届くようにすると言った。

 だが、ここは交通網がしっかりと整備された世界ではない。不測の事態が起こるだけでなく、運ぶ荷物やその量また移動する人数によって、到着予定が大きくズレたりする。


「でもまぁ、気長に待つしかないだろ」


 早く来て欲しいという思いはある。エルフ種の長ネーロスタ、新たにハイエルフ種の長になったフロイを中心として復興は始まっている。

 その中、毎日ベッドの上で寝転がっているだけということに少し気が引けている。

 しかし、焦っても仕方ないということもコータはわかっている。


「そうね。それに、ミリは復興の支援をしてくれてるしね」


 窓の奥に見える数多のエルフたち。彼らは揃って魔法攻撃で倒れた木々の撤去など、復興作業に勤しんでいる。

 普段、多くのものを魔導具でまかなっているエルフたちにとってこの肉体労働はかなり堪えているのだろう。

 皆一様に、疲れた表情を浮かべている。

 その中でミリは、変化魔法イリュージョンを使い、自身の体を大きくして倒木を拾い上げていた。


「早く俺も動けるようにならないと」

「ポーション届くまでは大人しくしてて」

「わかってるよ」


 窓の外を見ていて視線を天井に向けてる。少しシミのついた天井をぼーっと眺めながら、コータは静かに答えた。

 

「コータはさ、見ている分には面白いけど。契約すると心労が凄いわ」

「どういう事だよ」


 ピクシャの呆れにも近い物言いに、コータは口先を尖らせて答える。


「そのままの意味よ。だってコータは知らないんでしょ? どうして自分がこの世界にいるのかってことを」

「知らないよ。てか、ピクシャは知ってるのか?」

「コータが知らないことを知ってるわけないじゃない」

「なんだよ。知ってる風な言い方したくせに」


 いじけるように、コータはピクシャに返した。

 何の前触れもなく、コータはこの世界にやってきた。そして、何の説明もなくあらゆる事象に巻き込まれてきた。

 第2王女を救ったところから始まり、遂には魔族が関したエルフの内乱にまで。

 あらゆることが起きすぎて、正直コータの中で理解が追いついていない部分もあるくらいだ。


「それに、サーニャ様と東雲さんの顔が酷似してる理由も分かんねぇ」


 コータの想い人である日本にいるはずの東雲瑞希。その人と瓜二つと言っても過言ではない容姿をした第2王女サーニャ。

 何故似ているのか。そこに何らかの理由があるのか。

 どれほど頭を捻ったところで答えは出ない。


「私にわかる事は、コータが運命の中心にいることくらいよ」

「運命の中心.......?」


 はじめて出会った時から、ピクシャは運命だのなんだのと口にはしていた。

 あの時は状況も状況であったため、深くは聞かなかった。いや、聞けなかった。それを今、改めて訊く。


「俺が運命の中心ってどういう事だ?」

「コータは運命は世界の流れに強く引かれているの。精霊という種族だからこそ見える運命の流れ、その中心にコータはいるの。でも、それがどうしてかと言われると私にもわからないわ」

「世界の流れだの、運命の中心だの。俺にはさっぱりわからねぇ」


 ピクシャの言葉の意味は何となく理解出来た。だが、はっきりとはわからない。

 見えないものに引っ張られるというのも意味がわからず、コータは天井に向かってため息をついた。


「なぁ、ピクシャ」


 そして、ずっと自分の傍らに居てくれる精霊種の彼女に呼びかける。


「何かしら?」


 ピクシャは小首を傾げ、コータの言葉を待つ。


「これからも俺は運命とやらに流されるかもしれない。でも、それでも俺の事頼むわ」


 契約をして、一心同体という状況の今。コータの運命はピクシャの、ミリの運命とも言える。

 ピクシャの話を聞く限りでは、コータはこれからもっと危険なことに巻き込まれることになるかもしれない。

 それでも、運命を共にすると決めたからには隣にいてもらいたい。

 コータの盾となり、矛となってもらいたい。

 そんな願いを込め、コータはそう呟いた。


「何言ってるのよ。当たり前よ。私はそれを覚悟して、コータと契約したんだから」


 そんなコータの言葉に、ピクシャはどこか照れくさそうな雰囲気を醸し出しながら、いつもより少し早口でそう言った。


 そんな時だ。

 不意に外側から先程まで聞こえていなかった、ケラケラとした笑い声や、荷馬車の音が耳朶を打った。

 どうやら王都から復興支援が到着したようだ。


「到着予定日にきちんと到着とか。流石だな」


 その様子を見て、コータは思わず呟いた。

 コータたちはたった3人での旅路だった。そのため、荷物量も少なく全員の足取りを揃えるのは容易ではあった。そのため、予定通りに到着することが出来たと言える。しかし、復興支援部隊はコータの部屋から見えるだけで荷馬車が5台あり、護衛の数も10人をゆうで超えている。

 これだけの人数が足取りを揃えたのだ。流石としか言いようがないだろう。


「まぁ、人とエルフが公に交流するのははじめての事だし、力が入ったってのはあるでしょうけどね」


 コータの感想にピクシャが重ねた。その時だ。コータが転がるベッドがある部屋に、コータとピクシャ以外の声がした。


「お兄さんっていつも怪我してるわね」


 聞き覚えるの声が、コータとピクシャしか居ないはずの部屋に響き、慌てて声がした入口付近に視線をやる。


「あ、あんた.......あの時の?」


 そこに立っていた人物に、あまりに見覚えがあったコータは目を丸くして、つっかえるようにしてそう言ったのだった。

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