第78話 ライオの商売


「だ、誰?」


 警戒心を強めたコータは、腰に手を当てた。そこにあるはず。今までずっとそこにあった、愛剣を求めて。

 だが、いくらそこにあるはずの月の宝刀を探しても、手は空を切るばかり。

 先の戦いで、月の宝刀は大きく刃こぼれをし、刀身にもヒビが入り、剣としては使い物にならなくなってしまっているのだ。

 それゆえ、帯刀することなくここまで来たのだ。


「落ち着いてください」


 コータを魔族殺しと呼んだ、小柄の少女は体躯に似合わない、落ち着きのある大人のような声音でそう告げた。


「アンタは一体.......?」


 いつ襲い掛かられても対応できるように、身構えながらそう聞き、瞳を見開く。


 ――鑑定スキル、発動


 【エリアス・リリム Lv10】


「もう鑑定されてるとお思いですが、改めて自己紹介を」


 リリムと表示された少女は、ロングスカートの裾を優雅に持ち上げ、恭しく頭を下げた。


「わたくし、エリアス・リリムと申します。人間国の王都で、エルフ種との和平条約、復興支援を耳にして参上した次第です」


 静かで落ち着いた声色の中に。リリムの感情が見えて来ない。その言葉がホントなのか、嘘なのか。

 どんな思いで言葉が紡がれているのか。その全てが見えてこない。

 だが、その行動で。言葉遣いで。リリムが少し高貴な身分にあるのはわかった。


「どうして俺が鑑定スキルを持っていると分かった?」


 鋭いを目を向けるコータ。もしかすると、彼女も鑑定スキルを持っているのか?

 そんなことを思っていると、リリムは俺に近寄ってくる。

 ゆっくりと近寄ってきたリリムは、俺の真横まで来ると。耳元に顔を寄せた。


 真珠のような、真っ白で大きな瞳が。コータの奥底を覗き込むようで、刹那の恐怖を覚えた。


「聞きたいことは沢山あるでしょうが、あなたは私を知ることが出来ないから。無駄な努力をしないでください」

「どういうことだ?」


 押し殺した声で、鋭い視線を向ける。しかし、リリムは全く気にした様子もなく。妖しく口角をあげ、小さく首を傾げてから。


「気にしても詮無いことですわ」


 そしてそう言ってから、コータの横を通り過ぎたリリムは、コータの斜め上を見た。


「あなたもね」


 一見して誰も、何も無い虚空に向けて。リリムは言葉を放った。その様子にセチアは目をぱちくりさせている。しかし、それを気に留める様子もなく。コータ達を通り過ぎたところで振り返るリリム。


「それでは御機嫌よう」


 再度、スカートの裾を持ち上げ、優雅にそう言い放つと。リリムはコータたちに背を向けて、被害の大きなハイエルフが住処にしていた、鬱蒼とした木々が生え並ぶ樹海の方へと向かって行った。


「いま、私を見てなかった?」


 彼女を背を眺めていると、コータの耳元でピクシャが言葉を放った。驚きから、一瞬背をビクンと震わせたが。セチアにはバレてなかったようだ。

 平静を装いながら、コータは小さく「かもな」と答えてからセチアに向く。


「知り合い、じゃないよな?」

「うん。コータさんは?」


 歩くスピードが早いのか。それともアースレーンの森が、鬱蒼と生えている木々が姿を眩ませる助力をしているのか。それは分からないが、リリムの姿はもう見えない。

 誰もいなくなった、リリムが姿を消した方を見ながら、コータは分かりやすくかぶりを振る。


「だよね」


 会話の流れから察してはいたが、一応訊いた。そんな所だろう。


「こんなこと言うのも恥ずかしいんだけど.......」


 コータはそう前置きをし、頬を掻きながら。伺うように言葉を放つ。


「俺ってさ、そんなに有名?」

「いや。少なくとも私はコータさんが魔族を倒したとか知らなかったです」


 かぁーっと顔を赤くしたコータ。それを見た、姿を見せないピクシャがコータの頭上で大爆笑をしている。

 こいつ、最低だ。そんなことを思いながら、コータは小さく言う。


「だ、だよな。うん。分かってたよ?」

「ごめんない。そう言う意味じゃないくて.......え、えっと.......」

「大丈夫」


 コータの態度に戸惑い出したセチア。あたふたとその場で右往左往している。そんなセチアにコータは俯きながら、掌を彼女に向けて小さく言った。


「で、でもさ。本当に、ソソケットでも王都でも。ほとんど噂になってないんだよ?」


 ――うん、さっき自分で有名とか言っただけに心に刺さる言葉だ。

 セチアはあたふたしながら更に言葉を紡ぐ。


「だからさ――どうしてさっきの人は知ってんだろ?」


 少し声色を真面目のそれにして。セチアは告げた。だが、その通りだ。この事件は恐らく、事件直後に国に戻ったサーニャによってゴード王に告げられ、箝口令が敷かれているはずだ。

 魔族が活性化しているなんて、国民に知られればパニックが起こる。そういうことを踏まえて考えると、リリムがコータが魔族の、しかも七天将の一人を撃破したことを知っているのは不自然だ。


「わからない。それに動きとか、そんなものが冒険者とか一般人には見えなかった」

「だよね。なんか、どこかの貴族のお嬢様みたいな。そんな感じがあったよね」


 そんなことを話している時だ。


「あ、コータさん!」


 聞き覚えのある声がコータを呼んだ。そしてその声は、コータが探していた張本人であると、直ぐに気がついた。

 こちらの世界に来てすぐ。コータがお金もなく、あの金の亡者に宿を放り出されてた時だ。

 無一文にも近しい状態のコータに手を差し伸べ、食住を提供してくれた。あまつさえ仕事まで与えてくれたライオだ。


「ライオ.......」

「お元気でしたか?」

「俺はなんとかって感じ。ライオは?」

「僕もなんとかって感じです」


 柔和な笑顔を浮かべたライオ。そんな彼に駆け寄る一人の男性。その男性の話を険しい表情で聞き届けると、ライオは真剣な眼差しで言葉を発した。

 あの時はヒラ、なんて言っていたけど。立派に会社を引っ張っていくだけの力はあるように思える。


「コータさんもこちらで復興作業のお手伝いですか?」

「あ、いや。えっと、その.......」


 箝口令を敷かれているだろう、というのはあくまでコータの推測だ。だから事実を話してもいいのだろうが。何だか辞めておいた方がいいような気もして。言葉を詰まらせていると、ライオは小さく微笑んだ。


「違う、ということだけ察しておきますね」

「助かるよ」


 こめかみを掻きながら答えた。


「セチアさん。この度は.......」


 それからライオはコータからセチアに視線を移し、頭を下げた。ライオはローズライトに起きた悲劇を知っていたようだ。


「冒険者には付き物でしょ」


 パーティーメンバーを刹那で失ったセチアは、きっと悲しい。誰よりも悲しくて、辛くて、何かをすることすら力すらわかなかっただろう。

 力ない笑顔を浮かべたセチアに、ライオは更に深く頭を下げた。


「あ、そうだ。ライオ」

「なんですか?」


 しばらく話してから、ライオがその場を立ち去ろうとした時だ。コータはあることを思いつき、彼を呼び止めた。


「俺さ、剣が使えなくなってさ。何かあれば買いたいんだけど」

「剣、ですか?」

「あぁ」


 俺の言葉を反芻するように聞き返したライオ。目玉を左右に動かしながら、顎に手をやる。在庫の確認、このアースレーンに持ってきている物を思い出しているのだろう。


「んー、そうですね。まともな剣は無いように思われます」

「そっか.......」


 この間、魔族七天将が襲撃したばかりの地に新たに襲撃、なんてことはないとは思うが。

 それでも、何かあった時のために帯刀はしておきたかったな。

 そんなことを思っていたコータに、ライオは少し得意げな表情をうかべた。


「これはまだここだけの話なんですけど」


 ニマニマとした顔で、コータへ擦り寄るライオ。どうやら耳寄りの情報を教えてくれるらしい。

 体を傾け、ライオの放つ言葉に耳を澄ます。


「来月以降、王が聖剣エクスカリバーが眠ると言われている迷宮ダンジョンが公開されるらしいんです」

「聖剣エクスカリバー.......?」

「はい。過去の勇者様が帯刀していた剣で、勇者様がそう呼んでいらしたそうです」


 多分、かなり強い剣だろう。てか、エクスカリバーって、円卓の騎士のあれだよな?

 眉間に皺を寄せながらそんなことを思っていると。ライオは更に口角を上げて言う。


「だからそれまで待って、というのは不安もあるでしょうし。僕の持つ剣を提供致します」

「え、いいのか?」

「はい。ですが、情報量を少し上乗せさせてもらっても.......?」


 聖剣エクスカリバーの話はここに繋がるらしい。さすがは商人だ。


「いいよ。元々、ライオにはお世話になった時の謝礼もしたかったし」

「ありがとうございます」


 商談がまとまり嬉しいのか。満面の笑みを浮かべなから、頭を下げたライオ。


「お金はカバンに入れてるから」

「分かりました。それでは後で伺います。今はどちらに?」

「え、えっと。ネーロスタの家に」

「おぉ! まさかエルフ種の族長の家にいるとは。コータさんがここまで大きくなるとは思ってもいなかったです」


 目を丸くして、口だけではなく本当に驚いた様子を見せたライオはそう言うと。

 コータの肩を軽く叩いた。


「素晴らしいです。では、後ほど」


 そう言ってライオは俺たちの元を後にしたのだった。


「私も。コータさんがここまで強く、大きな存在になるとは思ってなかったわ」


 驚き。それからちょっと引いたような様子を見せるセチア。

 俺が強くなるのっておかしいことなのか?

 二人の態度を見て、そう思わざるを得ないコータだった。

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異世界冒険記 勇者になんてなりたくなった リョウ @0721ryo

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