異世界冒険記 勇者になんてなりたくなった

第64話 VSアバイゾ 3

　振り抜いた剣に、かなりの重量がのしかかる。その重さをグッと感じながら、コータは柄を握る力を更に強くする。

　瞳を伏せたまま。コータは叫んだ。

「斬鉄撃ッ！！」

　刃の強度が上がり、切れ味が更に上がるように。

　強いイメージを持って、コータは剣を振り抜く。

　瞬間、手にかかる負担が一気に和らいだ。そして同時に、生暖かい液体が頬に付着した。

「うっ……」

　付着した液体があまりに鉄臭く、コータは呻き声を洩らす。

　伏せていた瞳を開くと、そこには右脚を切断されたアバイゾの姿があった。

「くッ……」

　表情を歪めたアバイゾは、恨めしそうにコータを睨めつける。あまりに強い視線に、コータは背筋が凍るような感覚に陥った。

　――このままでは、殺られる

　深層心理でそのように感じたコータは、後方へと飛びアバイゾと距離をとる。

　だが、ただ逃げるだけでは勝ち目はない。銃弾に体を撃ち抜かれ、息を引き取ったロイを横目で確認してから。

　コータは再度、月の宝刀を構えた。隙をつき、アバイゾを葬るために――

「危ない！」

　気を抜いた訳では無い。でも、少しの油断はあった。片脚を吹き飛ばした今、アバイゾが高速移動ができるはずがない。そう高を括っていたのだ。だが、そのアバイゾは瞬時に脚を生やしてコータとの距離を詰めた。

　ミリの声に反応し、コータは構えた月の宝刀で防御をとる。どうにか、拳をガードしたコータ。だが、続く第二撃に備えることはできず、拳が顔面を捉えた。

　口の中が切れ、口内いっぱいに血の味がする。

「再生能力を使わせやがって」

　血走り、怒りに満ちた目でコータを見たアバイゾは魔導銃を向けた。銃に魔力を通して弾を生成するや引き金に手を当てる。

「死ねッ」

　躊躇うことも無くトリガーを引くや、銃口から弾丸が発射される。弾は螺旋状に回転しながらコータへと向かう。

　コータは眼前に剣を構える。どうにかして弾丸を防ごう試みる。だが、そんなもので防げる訳もなく、弾丸はコータの左脚を穿った。

　鮮血が迸り、コータの悲鳴が轟く。

「はぁ……はぁ……」

　痛みを口にすることすら出来ず、ただただ荒い呼吸を繰り返すことしか出来ない。

　そんなコータに向かい、再度銃口を向けるアバイゾ。

「雑魚の劣等種が図に乗るんじゃねぇぞ」

　怒りに満ち溢れた強い言葉で言い放つや、アバイゾは魔力を通した銃の引き金を引いた。

　轟音が空気を切り裂き、震撼させる。

　コータの視界には称号、異世界の戦士が発動したという知らせが表示されている。だが、痛みが度を越しており、その場を動くことができない。

　高くなった洞察力で、螺旋状に回転して自らに迫ってくる弾丸を見る。心臓部に一直線に迫ってくるそれは、今からではもう避けきれない。

　そんな距離まで迫ってきていた。

「風の防壁”ウィンドブロッキング”」

　もうダメだ。この世界に何度も味わった死の瞬間が脳裏を過った。そんな時、コータの眼前に白い光を纏う小さな風が巻き上がった。風たちは刹那で1つの集合体に成り果て、迫っていた弾丸を撃ち落とす壁となった。

「邪魔をするなッ！」

　怒りを露わにするアバイゾには目もくれず、コータを護ったピクシャは静かに口を開いた。

「私と契約しない？」

「俺がピクシャと……？」

「そう。私は彼（アバイゾ）より強い。けど、契約者のいない状態だと勝つことはできない。それに、あなただけだと彼には勝てない。でも、私の力を授ければ――」

「勝てる、とでも言うのか？」

　左脚がズキズキと痛む。正常な判断が出来ているのかどうかすらも分からないほどの痛み。それをぐっと堪え、コータはピクシャと訊く。

「えぇ。必ず」

　ピクシャは強く首肯し、ハッキリと答えた。コータを庇い、この世を去ったロイのためにも。

　コータはアバイゾに勝たなければならない。

　すぐに答えは出た。契約に伴っての諸々は関係ない。この先のことなんて、この先考えればいいんだ。

「わかった。俺は、ピクシャと契約する」

　コータはピクシャを見て、キッパリと言った。

「我、ピクシャは汝コータを主とし、従事することを誓う」

　小さな体の、小さな胸に手を当てて、ピクシャは契約の宣言をした。瞬間、コータの体には感じたことのない力が漲るような気がした。異世界の戦士が発動している時よりも、まだ遥かに身体能力が上がっているように思える。

「我を無視するとはいい度胸だ」

　怒りは限界を突破した。アバイゾは虚空に手を伸ばすや、勢いよく指を鳴らした。

　途端、虚空には禍々しい魔力が溢れ出した。

「魔族七天将アバイゾの名に授けられし”弐ノ能力”を解禁する。

　魔力支配【復元魔力（メリアルマギ）】」

　どこからともなく溢れ出した魔力は、あらゆる場所からアバイゾの眼前に集結されていく。

「まさかッ！？」

　その異様なほどの魔力の流れに声を上げたのは、コータとの契約を済ませたばかりのピクシャだった。

「ど、どうした？」

「まだ仮説の段階だけど、この魔力はかつての魔力かもしれない」

「……どういうことだ？」

　ピクシャの言葉の意味がわからず、小首を傾げるコータ。だが、ミリにはそれが伝わったらしい。目を見開き、驚きがあらわになっている。

「流石は精霊種という所か」

　この段階で気づかれるとは思っていなかったのか。ピクシャ達とは違った驚きを見せるアバイゾ。そんなアバイゾと魔力の流れから目を離すことなく、ピクシャはコータに説明する。

「要するにかつてこの場で使われた魔力を、復元してそれを集めているの」

「なんだとそれ。ズルすぎるだろ！」

「狡いとは心外だ」

　人一人が扱うにはあまりに巨大すぎる魔力の塊を、操りながらアバイゾが嗤う。

　虚空に消えたはずの弾丸までもが、姿を表し魔力の塊に吸い込まれる。

「こんなの……魔力使えば負けじゃねぇーか」

　自らの魔力を使うことなく、使用された魔力を復元して利用するアバイゾ。まともに魔力を打ち合えば、先に魔力が枯渇するのは間違いなくこちらだ。

「クックック」

　卑しく嗤うアバイゾは、眼前に出来た魔力の塊に向かって人差し指を向けた。

「魔力支配【魔力創造（クライビル）】」

　瞬間、魔力の塊に亀裂が入った。そして、ただでさえ禍々しい魔力がさらに禍々しさを増した。

「どうなったんだ！？」

「わ、分からないわ」

　慌てるコータ、戸惑いを隠せないピクシャ。そんな二人を見て、ほそく笑むアバイゾ。

　魔力の塊に向けていた人差し指を畳んだ瞬間、魔力の塊の亀裂が一層に深くなり塊が弾け飛んだ。

　そして、次々と魔物生み出された。

　業火の如く赤色に染められた毛並みを持つレッドウルフ、腰には刀を差し鎧を身にまとったサムライゴブリン。

　キツネのような顔立ちで二足歩行をするきつね色の体毛を持つコボルド、それから全身がレンガのようなもので出来たゴーレムがコータたちの前に立ちはだかる。

「魔物の生成までできるって言うの！？」

　精霊種の中でも高位に座するピクシャに於いても驚きを隠せない事態に、アバイゾは笑いが止まらない。

「我々魔族を甘く見ないことだ」

　そう言い、アバイゾはロイの骸に近寄りロイが所持していた魔導銃を奪った。

「魔族に歯向かうということの、本当の意味を教えてやるよ」

　両手に銃を構えたアバイゾはそう吐き捨てた。