第65話 VSアバイゾ 4


 瞬時に魔力を銃に通すや、弾丸を生成する。そしてすぐさまトリガーを引く。

 轟音と共に発射された弾丸は、寸分違わずコータに向かう。


 コータは樹海を駆け巡りながら弾丸を避けてた。


「あれ? 脚が痛くない」


 咄嗟に体を動かし、穿たれた左脚が痛くないことに気がつく。


「私が契約した時に回復魔法をかけておいたからよ」


 小さな体の背に付いた羽を上下させながら、コータの横を飛んでいるピクシャが答える。


「そ、そうか。ありがとう」

「いえいえ。どういたしまして」


 エッヘン、と言わんばかりの表情で答えるピクシャに、そんな余裕はないよ、と言いたくなったコータ。だが、それを口にする余裕もなく、月の宝刀で向かい来る魔物に刃を向ける。


「はッ!」


 体に捻りを加え、水平斬りの威力をあげる。刃は襲ってくるレッドウルフの首掠めたが、倒すまでには至らない。

 レッドウルフは痛みを訴えるかのように咆哮をあげるや、コータに向かって大きく口を開けた。そして、火炎を吐いた。


「任せて」


 その炎を見たピクシャは、短く言うと風の防壁を出現させる。炎は風の防壁に触れるや威力を失いその場で消え去る。


「喰らえ」


 突然、炎が消えたことに驚いた様子のレッドウルフが頭を左右に振る。その隙をつき、コータは今度こそ首を切り落とす。

 鮮血が迸り、レッドウルフの首がその場に落ちる。大量の血が流れ出し、刹那で血の水溜まりができる。

 そこへ爆音が鳴り響く。

 アバイゾによる銃撃だ。


「護るッ!」


 横たえていたミリがコータに向かって防御壁を飛ばした。コータが防壁壁の恩恵を受ける方が僅かに早かった。

 防壁壁に弾丸が突き刺さった。


「ミリ……」


 弾丸を受けた時より幾分か顔色が良くなったミリは、小さく微笑む。コータの呟きは聞こえていないはずなのに、ミリは頷く。

 それに応える隙も与えられず、コータにゴーレムの拳が飛んでくる。

 受ければ骨の数本が折れるのは目に見えている。後方へと飛び、拳を交わす。拳は大地を震撼させ、まるで地震が起こったかのような振動を覚えさせる。


「くっ……そ」


 魔力の塊は魔物を生み出して破裂したが、生み出した魔物の数は二十を越えていた。

 どこを見ても魔物がいる。その上、どこからかアバイゾが狙い撃って来る。

 これではいつまで経っても、勝利を挙げることできない。それどころか、ジリ貧になり負ける方が濃厚だろう。


 そんな思考を巡らせている間にも、サムライゴブリンの刀が頬を掠める。

 頬にかすり傷が出き、そこから血がゆっくりと垂れる。

 血を一気に拭いさり、剣を振るう。サムライゴブリンはそれを自身の刀で防いだ。


「うおぉぉぉッ」


 均衡するサムライゴブリンとコータの刃。それをどうにかしようと力を込めた。だが、コータが幾ら力を加えようとも刃の均衡はビクリともしない。

 そこへレッドウルフの火炎が飛んでくる。


「ちっ」


 短く舌打ちをし、コータは均衡を解いて後方へと飛び火炎を回避する。逃げた先にコボルドが回り込み、コータに拳を振るう。

 コータは体を逸らし、かろうじて拳を回避する。だが、それにより体勢を崩してしまう。地面に手を着いた瞬間、その場に火炎が飛んでくる。

 避けきることは出来ない。


「暴風の圧”ウィンディ・プロテクト”」


 言の葉に反応し、緑色を帯びた魔法陣が展開される。そこから渦巻く風が出現し、火炎を防ぐ盾となる。

 風の渦に巻き取られるように火炎は消え去った。その間に体勢を立て直したコータは、暴風の圧によってできた死角を利用してサムライゴブリンに接近する。


「斬鉄撃」


 歯を噛み締め、力一杯に剣を振る。斬撃すらも鉄の如く強度に伸し上げる一撃が、サムライゴブリンの胸部に襲った。


「グォォォ

 身にまとった鎧すらも斬り捨て、サムライゴブリンに大きな傷を残す。

 傷口からは鮮血が噴き出し、コータの顔面にもそれは付く。

 右腕で一気にそれを拭い去ると、コータは再度剣を構える。


「剣舞」


 そして舞い踊るかの如く動きで、サムライゴブリンを斬りつけていく。切り傷程度の小さな傷から体に深々と残る大きな傷まであらゆる箇所にダメージを与えたところで、コータの剣舞は止まる。それと同時にサムライゴブリンは、息を引き取りその場に崩れ落ちた。


「はぁ……はぁ……」


 連続して襲い来る魔物たちに、コータの息は上がっている。だが、それでも生きていられるのは防御魔法を展開して守ってくれているピクシャとミリがいるからだ。

 同時攻撃が来ないように、防いでくれている二人のおかげに違いない。


「小癪な」


 ゴーレムの拳がコータに襲いかかる寸前、ピクシャの風の防壁が展開され、攻撃を防いだ。それと同時に、アバイゾの銃口から弾丸が発射される。それをミリが防御壁を飛ばして防いだ。

 だが、そんな付け焼き刃の連携がいつまでも保つわけもなく。アバイゾは魔導銃を連続で打ち始めた。

 右、左、右、左。交互にトリガーを引き、ミリの防御壁を破ろうとしているのだ。

 とてつもない威力を誇る銃の連射に、流石にミリの防御壁も耐え続けることは出来ない。

 5回目の弾を受けると同時に防壁壁が弾け飛び、6弾目がコータの肩を掠めた。


「うゥ……」


 叫び出したい程の痛みが全身を襲う。だが、いまそれをしてしまうと眼前にいるコボルドに襲われるのは目に見えていた。痛みをぐっと堪え、月の宝刀を縦に構え、コボルドの目を穿つ。


「ギャァァアン」


 口を大きく開け、痛みを訴えるコボルド。その開けた口に向かい、コータは人差し指を向けた。


「火球」


 赤色を帯びた魔法陣が展開され、炎の球が出来上がる。火球はゆっくりと動き出し、コボルドの口の中に入る。コボルドは目を突かれた痛みと体の中で燃え上がる火球に耐えかね、その場に崩れ落ちる。

 悶絶するコボルドの目に刺さった剣を抜くや、眼球が零れ落ち、毒々しい鮮血が大地に流れ出る。

 そうしているうちに、コボルドの呼吸は段々と弱々しくなっていく。死はもう間近だろう。


 コータはコボルドから視線を外し、弾丸が掠った左肩を触る。ベチャッと濡れており、触れた手には真っ赤な液体が付着している。

 下唇を噛み締め、短く息を吐き捨ててからコータは前方で立っているゴーレムに向かう。


 全長はおよそ3メートル。レンガのようなもので形成された体躯。

 その巨体に似合わない速度で移動して拳を振るってくる。

 拳が当たれば無事では済まない。間髪で避けながら、ゴーレムに近寄るやコータは体を捻りながら右手を後ろに引く。


「体術 掌打」


 体が硬そうなため、剣での攻撃はあまり意味が無いように思えたコータは捻った体を螺旋状に回転させながら、引いていた右手を前方へ突き出した。

 右足の付けに当たる根部に衝撃が加わる。ゴーレムはよろめくように一歩、二歩と後ろへ下がる。だが、大したダメージを与えられたようには感じられない。


「くっそ!」


 そう吐き捨てながら、コータは竜巻が巻き起こるイメージを脳内でする。


竜巻ハリケーン


 体術が効かなければ魔法しかない。コータの声に反応し、緑色を帯びた魔法陣が宙に展開され、そこから荒れ狂う暴風が巻き上がる。

 巻き上がった暴風は、勢いを増して渦巻いていく。それらは大きな1つの渦となり、竜巻と成り果てた。竜巻は意志を持っているかの如く、ゴーレムへと迫った。

 竜巻は威力を落とすことなく、ゴーレムに直撃した。その瞬間、渦を巻いていた風が霧散していく。


「なッ!?」


 想像もしていなかった事態に、コータは思わずそう洩らした。


「残念だったな。ゴーレムを形成する瓦礫は魔力防御が付与されている。貴様ら人間ごときの魔法が通用するわけがあるまい」


 ゴーレムに触れるや否や、何も無かったかのように風が霧散し消えていく状況を高笑いするアバイゾが言い放つ。

 そしてトリガーを引く。

 弾丸が空気を裂き、コータに襲い掛かる。

 体を屈め弾丸をやり過ごそうとするも、そこへゴーレムの拳が飛んでくる。


「風の防壁」


 すぐ横で防御に徹してくれていたピクシャが魔法陣を展開し、ゴーレムの拳を防ぐ。


「一体どうすれば……」


 倒しても倒しても、次から次へと襲ってくる魔物たち。その間を縫うように放たれる弾丸。

 どれほど脳をフル回転させても、勝ち筋がまるで見えてこない。そんな時だった。


「あの時はまだ早かったですが、今は契約も済んでいるので大丈夫です。私に命令してください」

「な、何を言ってるいんだ?」


 ゴーレムの拳を受け止め、弾き返したピクシャが口早に言う。だが、その内容が全く分からずコータは聞き返すことしか出来ない。


「分からなくても大丈夫。さぁ、言ってください」


 瞬間、脳に焼き付くような痛みが訪れ、同時に眼前に赤色の文字が浮かび上がった。それはまるで、人が魔物化するあの学院での戦闘時のように――


 コータはゆっくりと口を開き、現れた文字を読み上げた。


「世界の理を牽引する者よ 我との契約の下

 魔力を糧とし 汝の力を解放し給え 精霊統合ユニアルスピリッツ

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