第60話 決壊。ロイの怒り


「おい! 動かない方がいいんじゃないのか!?」


 天に舞い、ふらふらと飛んでいる仲間に声をかけるロイ。エルフの見張りをしており、攻撃を受け今は族長エルガルドとダークハイエルフのアバイゾの元で治療を受けているはずだ。


「ロ……イか?」


 朧気で。今にも命の灯火が消えてしまいそうな印象を受ける瞳を向ける。

 ロイはそんな仲間を心配してさらに声を上げようとする。しかし、仲間はそれを制止した。そしてロイの肩に手を回す。


「少し、いいか?」

「あ、あぁ」


 ロイはその手を掴み、空いてる手で仲間の横腹に手をやった。

 瞬間、ロイは妙な感覚を覚えた。ベチャッと音がしたような。ベタつくような液体が手に触れたのだ。

 同時に最悪の事態が想像された。

 そして願う。どうか、手についているものが水でありますように――と。


 そうしているうちにミリが追いついてくる。


「急にどうしたのよ?」

「こいつは、ハーザック俺の仲間なんだよ」

「仲間なのは見れば分かるわよ」

「なら、助けるだろ」

「それが分からないのだけど」


 そう言いながら、ミリはロイの反対側に回り、ふらふらと飛んでいるハーザックに肩を貸そうとする。


「って、血出てるんだけど」


 服に滲んだ鮮血を目にしたミリは、目を丸くして上擦った声を上げる。


「クソ!」


 ミリの言葉を聞き、自らが想像した最悪の事態が起こっていることに気づく。ロイはそう吐き捨てながら、飛行速度を上げ、コータたちのいる場所へと急いだ。



 地上に降りたロイは、コータなど視界に捉えることも無くハーザックに声をかけていた。


「大丈夫なのか!?」

「……」

「おい! 返事しろ!」


 激しい声で、目を伏せたハーザックに何度も何度も声をかける。

 だが、ハーザックから返事が来ることは無い。


「人間やエルフのこういう部分がよく分からないのよね」


 小首を傾げながら、ミリは両手をハーザックに向ける。


「何をする!?」


 ハーザックに危害を加えようならば許さん。そう言わんばかりの目でミリを睨みつけながら言うロイ。それに対し、ミリは短くため息をついた。


「別に。回復魔法をかけてあげるだけよ」

「そ、そうか。すまん。頼む」


 気が動転していたのだろう。ロイは自分と契約を結んでいるミリにまで強く当たったことに、罰が悪くなり、うなじを辺りを掻く。

 ミリは気にした様子もなく、手の前にピンクに近い色を帯びた魔法陣を展開する。魔法陣からは薄く色を帯びた光がこぼれ出し、それがハーザックを包む。


「何これ?」

「ど、どうした?」


 ハーザックを癒していたミリが不意に眉をひそめ、声を上げた。


「この人の体。凄い呪術がかけてあるの」

「じゅ、呪術?」


 あまり聞き馴染みの無い言葉に、怪訝な表情を浮かべるロイ。そんなロイに、ミリは説明をする。


「うん。呪術は字のごとく、呪いの魔法のことなの。種類は様々で、発動すれば死ぬものもあれば、全身麻痺になったりするものもある。

 解除は手練でも困難で、扱えるのはほんのひと握り」

「そのほんのひと握り、使えるのは誰なんだ?」


 語気を荒くしたロイが、ミリに詰め寄る。すると、ミリは自分をゆびさす。


「例えば、私やそちらにおられる精霊種。それから魔族の高位種ぐらいだと思う」

「じゃあ、そこにいる奴がハーザックを呪ったってことかッ!?」

「これはこれは、凄い飛び火だよ?」


 ミリの言葉を受けたロイが、先刻姿を見せたばかりのピクシャを睨みつける。それを受け、ピクシャはケラケラと笑っている。ロイのそれは凄みがある。しかし、ピクシャは何事も無いように小さな体を揺らして笑う。


「何がおかしい?」

「別に。でも、熱くなりすぎだよ」


 ロイを窘めるようにそう言うと、ピクシャはコータの肩に手を置く。


「コータからも言ってあげなよ?」

「な、何を?」


 いきなり話を振られ、どう答えるべきか悩んでいた時だ。

 ゲホッ、と血反吐を吐く音が耳朶を打った。

 コータたちは慌てて、血を吐いたハーザックに体を近づける。


「大丈夫?」

「大丈夫なのか!?」


 コータとロイの声が被る。それが聞こえたのだろう。ハーザックは小さく微笑み、か細い声でポツリと言った。


「族長が……ハイエルフの……族長……エルガルド様が……殺された」

「何ッ!?」


 ハーザックの言葉を聞いたロイが喚くように聞き返す。


「一体誰が殺した!? エルフか!?」


 早口で訊くロイにハーザックは、ゆっくりとかぶりを振る。


「じゃあ一体誰なんた!?」

「……アバイゾ」

「ダメっ!」


 コータには誰だか分からない。しかし、ロイには分かる名を口にした瞬間。ミリが声を上げた。だが、それも1歩間に合わず。

 ハーザックの全身に魔法陣が浮かび上がる。


「な、なんだ!?」


 見たことの無い現象に、驚きを隠せないコータが叫ぶように声を上げると、ピクシャが少し慌てた声を洩らす。


「下がって」


 コータの首根っこを掴み、大きく後退する。同様に、ハーザックに異変に近づこうとするロイを、ミリは強引に制止する。

 次の瞬間。

 魔法陣に亀裂がはいった。そしてそれらは一気に、込められた魔法を放出した。

 炎に、風に、雷。


「ハーザック!!」


 ロイはありったけの力を込めて叫んだ。だが、体に魔法陣を刻まれたハーザックから声が返ってくることは無い。代わりに、ピチャっと生暖かい何かがロイの頬に触れた。

 恐る恐るそれに触れ、触れた指を眼前に持ってくる。

 それを見た瞬間、全身から震えが止まらなくなった。

 指先に付いた真っ赤な液体。僅かな量だと言うのに、鼻をつんざく鉄臭さ。

 間違いようがない。これは血だ。


 涙で視界が歪んでいくのが分かった。そんな視界で僅かに捉える。

 焦げた薄っぺらい皮が宙を漂っているのを。

 震える手を伸ばし、ロイはそれを掴む。


 ゆっくりと手を開き、その皮が何かを確認した。


「うわぁぁぁぁぁぁぁァァァァ」


 喉が裂けるのでは無いか、と思うほどの叫びが上がった。

 手にしたそれを見たロイは感情が抑えきれなくなったのだ。


 ロイの手にある皮を覗き込んだミリは、両手で口元を覆った。

 そのあまりにも悲惨なものに、吐き気が襲ってきたのだ。


 ロイを怒り狂わせ、ミリに吐き気を催したそれは。

 ――ハーザックの肉片だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る