第59話 現れた精霊種
真っ赤に染まった魔法陣が瞬時に展開され、そこから紅蓮の業火が吹き出す。
地面に触れた炎は、地面を刹那の間も要さずに溶かしている。
あんなものに触れたものならば、人間など一瞬で消し炭だ。
避けなければ――
そう思い、コータはミリの攻撃を避けようとする。だが、体が思うように動かない。
先程の左肩の攻撃に加え、大量の魔力消費で運動能力がガクッと落ちているようだ。
「くそっ!!」
もうダメだ……。
直感的にそう思った時だった。
眼前に魔法陣が浮かび上がった。
緑色が強い魔法陣は、一瞬で暴風を召喚した。暴風は圧倒的な威力を誇って迫ってきていた地獄の業火を、いとも容易くかき消した。それどころか、暴風は威力を落とすことなくミリに向かっていく。
「う、ウソッ!?」
破られるわけが無いと思っていた魔法を消され、反撃を受けようとしている状況が飲み込めていないのだろうか。
甲高い、見た目相応の悲鳴に近い声を上げ、ミリは慌てて防御魔法を展開した。
真っ赤に染まった魔法陣から、炎の壁を出現させる。炎の壁にぶつかった暴風は、ガクッと威力を落とす。だが、それでもまだ消えることなく炎の壁を押し込んでいく。
壁を消されまいと、ミリはぐっと奥歯を噛み締めながら魔力を送り続ける。
その間に、コータは魔法同士がぶつかり合う横を走り去り、ロイの元へ行き斬り掛かった。
「小癪なマネを!」
コータの攻撃を寸前のところで受け止めるロイは、悪態をつきながら受け止めたコータの剣を払う。
コータは体勢を崩しながらも、右袈裟斬りを繰り出す。ロイはそれを黄金の剣の腹で受け流し、コータとの距離を詰める。
マズい。
そう判断し、コータは後方へと飛ぶ。
ロイはそこを一気に詰めてくる。
「チッ」
高速で詰め寄ってくるロイに舌打ちをし、コータは月の宝刀を地面に突き刺す。ロイはコータのいる場所に向かって剣を繰り出す。
剣を突き刺したことにより、後方へと向かっていた力が減速した。鼻先寸前の所まで来た刃に、コータは体を屈めて対処する。
両手を地面につき勢いをつけ、コータはロイのあいた腹部に蹴りを入れる。
「ごほっ」
蹴りがクリーンヒットし、ロイは思わず噎せ返る。
噎せながら、それでもロイは剣を振るう。
左方向からの水平切りだ。
足先に刃が触れ、血が滲むのが分かった。コータは苦悶の表情を浮かべるも、痛みを堪えて立ち上がり剣をかまえる。
コータが剣を構え終わるや否や、今度は上段から振り下ろされる。
剣を横に構え直し、それを防ぐ。
「そろそろ死んでくれや」
剣と剣が触れ合い、互いの距離が縮まった中で。ロイはコータに言い放つ。
「それは無理な話だ」
語気を強め、剣を振り上げる。それにより膠着状態が解けて、互いに距離が生まれる。
そのときだ。
隣でやり合っていた魔法が音を立てて弾け飛んだ。
その場に悲惨な爪痕だけを残し、炎の壁も、荒れ狂う暴風も、きれいさっぱり消え去っている。
「ど、どういう……」
魔法が弾け飛んだことに、ミリは驚きが隠せなかった。
「分からないかしら?」
瞬間、その場に新たな声が生まれた。コータも、ロイも聞いたことの無い、幼い声だ。
だが、その声に反応した者もいる。――ミリだ。
「あッ……あッ……」
ガタガタと震えた様子で、ミリは声がした方を見ている。
そこには仄かな緑を纏う光が揺蕩っている。
「な、なんだ?」
「まさかッ!?」
状況を理解出来ていないコータに対し、ロイは驚愕の声を洩らした。
ありえない、そう言わんばかりだ。
光は徐々に消え去っていく。そして、中からはミリよりも小さな人影が姿を見せる。
エルフのような見た目だ。大まかには金色の髪だが、ところどころ緑に染った髪の房が見られる。
碧色の目と言うよりかは、翡翠色の目というのが正確であろうと思われる瞳。
身長は30センチほど。エルフ、と言うよりかは妖精と言った方が近いのかもしれない。
「あらっ。そこのハイエルフさんは気づいちゃったかな?」
小さな体に似合わない、妖艶な物言いをする。
「貴女様は、私達精霊種が生き残り。暴風の姫、ピクシャ様ではありませんか!?」
「そうだよ。そんな私に、ミリは攻撃したんだよ?」
試すような口ぶりでミリに言葉を放つピクシャ。
楽しそうに笑い、ピクシャはコータの肩に乗った。
―――私たちって言ったよな。じゃあ、やっぱりミリも精霊種ってことになるのか?
「久しぶりって言っても覚えてないよね?」
「え、あ……」
必死に頭を回すも、様々な事象が脳を巡り、思考はショート寸前だ。
「だよねー。まぁ、こんな早くに再開するとは思ってなかったわ」
「ど、どういう?」
「実はね、太古のエルフから進化した存在が私たち精霊種なの。だから、エルフの郷では契約してない精霊種でも顕現できるのよ」
微妙に話が噛み合っていないような気がしながらも、コータは曖昧な相槌を打つ。
「ミリちゃんが危ないことに巻き込まれたんじゃって思ってつけてると、変な力を持つ異世界人を見つけて、面白そうだからそっちに着いてたの」
中々に意味が分からないが、ソソケットの街でロイとミリと会った時からコータはピクシャにつかれていたらしい。
「全く気づかなかった」
「そりゃあ見えないもん。契約してないし」
「さっきから言ってる契約って?」
「精霊種が他種族との間にする約束ごとだよ。私たちから望むのは、姿を保つための魔力供給。で、契約者からは私たちができる範囲での約束をする」
ピクシャは人差し指を立てながら、自慢げに説明する。ウィンウィンの関係性、ということだろう。
「そ、それで。どうしてピクシャ様がこちらに?」
「だって、この人面白いんだもん。運命に気づかず、でも、世界は運命を全うさせてる」
「どういうことだ?」
運命だの、なんだの。
コータには理解が出来ない話をするピクシャに、怪訝な表情を浮べる。だが、ピクシャはそれを説明するつもりはないらしい。
悪戯っぽく舌を出し、横目でコータを見るだけで口は開かない。
「だ、誰か!?」
そんな時だ。
不意に上空から、切羽詰まった声が轟いた。
コータたちは、声に釣られて顔を上げる。
そこには安定しない飛行で、フラフラとしながら人を探している様子のエルフがいた。
「あ、あれは……」
「ハイエルフだね」
ピクシャの声を聞くか聞かないかで、ロイは背の羽を展開して、文字通り飛び出した。
「ちょ、ちょっと!」
いきなり飛び出したロイに、ミリは慌てた声を上げる。しかし、ロイは気にした様子もなくハイエルフの仲間の元へと急ぐ。
「よくあの状態で動けるよね」
慌てるロイとミリを姿を横に見ながら、ピクシャは静かに言い放つ。
コータはその言葉に反応を見せた。
「この距離で分かるのか?」
「当たり前だよ。私、精霊種の中でもかなり上位なんだから」
そう言って、ピクシャは分かりやすい笑顔を浮かべたのだった。
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