第61話 ロイの覚悟


 しばらくの時間を経て。ようやくロイは正気を取り戻しつつあった。


「もういいのか?」

「あぁ。見苦しい姿を見せた」

「気にしてない」


 短いやり取りをした後、ロイはゆっくりとミリを見た。そして、僅かに口を開いてぽつりと言う。


「聞いたか?」

「族長のことでしょ?」

「あぁ。本当なのか?」

「本当でしょうね。彼の周りから嘘の風が吹いていなかったから」


 そんな2人の会話に、ピクシャは不思議な言葉と共に参加する。


「う、嘘の風?」

「そう。嘘をついた者の周りに必ず吹く風のことよ」


 怪訝な顔を浮かべるロイに、ピクシャはキッパリと言い切った。


「ピクシャ様は風を司る精霊。だから、風には世界中の誰よりも詳しく、敏感だと思うわ」


 それでもなお、信じられないといった表情を浮べるロイにミリは解説を入れる。


「そ、そんな凄い人なんだ」


 見た目からは想像できない、すごい力の持ち主だと再確認したコータはその横顔を見た。

 大きく真ん丸な目を守るように、長く伸びた金色の眉毛。

 潤んで見える瞳はキラキラとしている。後方へ伸びた耳は、エルフのそれと遜色ないように思える。


「どうしたの?」


 コータの視線に気がついたのか。ピクシャは微笑を浮かべながら、コータを見て訊いた。


「あ、いや」

「そう」


 慌てて答えたため、違和感が残った。しかし、それに何もつっこまずにピクシャはロイに視線を戻す。


「それで、どうするの?」

「どうするって?」

「その反応。分かってるんでしょ?」


 主導権は握ってはいるが、大事なことは言わせる。

 ピクシャはそのようにして会話を進めている。そうされていることに気づきながらも、何も手を打てないロイは、難しい顔を浮かべて答えていく。


「あぁ。でも、まずは自分の目で確認したい。本当に族長が殺られたのかどうか」

「本気で言ってるのか!?」


 決意を固めた、真剣な表情で。ロイは言い切った。

 それから視線を空に向けた。今は亡き、ハイエルフの仲間を想い。

 何者かによって呪術を埋め込まれ、それが発動して体が木っ端微塵に吹き飛んだ。

 仲間がそのような目に合わされた。ロイはそれを許すことが出来なかった。


「本気だ。ボクはボクの仲間が殺られることが一番嫌いなんだ」

「そ、それは……」


 死んではいない。しかし、周囲にはコータが反撃をして気を失っているハイエルフたちが転がっている。


「これは別にいい。ボクたちも仕掛けたんだから。それに貴様は殺していない」

「ど、どうも?」

「別に。そんなつもりで言った訳では無い」


 ロイは静かに瞳を伏せた。そして、短く息を吐き捨てる。

 腹を括ったかのような。そんな決意の吐息にすら感じられた。


「こんなこと。劣等種に頼むなんて片腹痛いが」


 下唇をぎゅっと噛み締めたまま話していたロイは、ふっと力を抜き目をゆっくりと開いていく。

 濃淡がハッキリとした碧眼が、コータを捉える。


「な、なんだよ」


 今までに見たことの無いロイの様子に、コータは少したじろぐ。

 初めて会った時から、コータとロイはずっと敵対していた。

 ソソケットでの戦闘も。先程までの戦闘も。

 だから、こんなにまじまじと話すのははじめてで。コータは妙な違和感のようなものすら感じていた。


「今からボクは樹海へと戻る。でも、そこには今回の黒幕と思われる魔族七天将とまで呼ばれている奴がいる」

「魔族七天将……」


 聞いただけでも強い、というのが分かる。コータはその名称を無意識のうちに呟いていた。ロイはそこに触れることなく、言葉を続ける。


「ミリを頼みたい」


「「え?」」


 真剣な表情で、覚悟の一言を放った。だが、それはコータが予想していたのよりも遥かに斜め上だった。それはミリも同じだったようで、コータのそれと綺麗に被った。

 しかし、ピクシャだけは想定済みだったらしく、フッと笑うだけだった。


「ボクの力ではミリを守れないと思う。だから、同じ精霊種が近くにいる――」

「ふざけんなよ!」


 覚悟を疑問で返され、視線を下にしたロイがボソボソと言う。それを遮るように、コータは声を放った。


 守るべき対象を人に押し付け、自分だけが犠牲になろうとするその姿に。

 最初から負けると分かっているような顔をしていることに。

 そして何より、最善の策が見えているにも関わらずそれを選ばない姿に。


 コータは苛立ち、叫んだ。


「何だよ、頼みたいって! 巫山戯んなよ!」


 コータの言葉が以外だったのだろうか。ロイは目を丸くして、二の句がつげないでいた。


「もっといい方法を、知ってるんだろ!?」

「方法はあるかもしれない。でも、それはボクらの生存率が上がるかもしれないけど全滅する恐れだって……」

「全滅するかもだから、てめぇだけが死ぬってか!」


 コータは今にも殴りかかりそうなほどの距離まで、ロイに詰め寄り叫ぶ。


「悪いかよ!」


 その態度に今度はロイが声を荒らげた。


「ボクだって、死にたいわけじゃない! でも、人を巻き込んでまで……」

「もう巻き込まれてるんだ。俺を頼れよ」


 かつては殺しあったほどの仲だ。でも今、眼前で大粒の涙を零しながら生を望むロイの姿は、儚いものに感じた。

 だから。コータは穏やかな口調でそっと呟いた。それがトドメになったのだろうか。

 ロイは堰を切ったように声を上げて、嗚咽を零しながら泣いた。





 しばらく泣いてから、ロイは涙を拭ってコータと見た。そして、ミリ、ピクシャの順に顔を見てから深呼吸をする。


「魔族を討伐する。精霊種、人間種の力を貸してください」


 コータたちを劣等種と呼ばず、キチンと人間種と呼び、ロイは頭を下げた。

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