第2章 国立キャルメット学院の悲劇

第16話 王への謁見は学院の推薦



 サーニャたちと馬車に乗り、3日が過ぎた。途中、何度か休憩を挟みながらようやく王都ベルザークに辿り着いた。


 衛兵による入国審査の際に、亜人種奴隷たちについては衛兵に軽く事情を説明し、預けることで素早く終える。


 ベルザークにある一つ一つの道幅は、異様に広い。馬車が三台程は並んで通ることができる。その両側では露店があり、活気のいい声があちらこちらから飛び交っている。


「ここが王都」


「そうだ。興味があるなら時間がある時に散策するといい」


 客車の中からもの珍しいそうに眺めるコータに、サーニャは小さく微笑みながら告げる。


「あれか」


 客車の窓の外にある、一際目立つ建物。それを視界に収めたコータは小さく呟いた。

 ソソケットの領主イサベルの建物も、初めて見た時はかなり大きく驚きが隠せなかった。だが、王都にあるあの建物は次元が違う。


「あれが王城で御座います」


 ルーストはコータの呟きに静かに返した。



 城──それ以外に表現のしようがない。純白の外壁、建物が2つは入るであろう広大な庭。それらを閉じ込めるように、周囲を取り囲む背の高い塀。そこに取り付けられた門が王城を守る兵士によって開かれる。


「お帰りなさいませ、サーニャ様」


 兵士はその言葉とともに頭を下げた。


「すげぇな」


 その様子を見たコータは、まるでハリウッド映画のワンシーンを見ているような気になり、思わず声を洩らしてしまった。


「そうか? これが普通だと思うが」


「あはは」


 絶対に普通ではない。そう感じながらも、言ったところで無駄だと判断したコータは薄く笑った。


 そしてそのまま、馬車は敷地内に入り、王城の中へと案内された。どこからともなく照らし出される淡いオレンジ色の光がより一層の高級感を醸し出す。大理石調の床に、日本にはない特殊な造りになっている。あちらこちらに造形的な模様が描かれ、地震が来れば崩れてしまいそうな、そんな印象を受ける。


「こちらです」


 入口でサーニャとルーストとは別れ、コータは燕尾服に身を包んだ、渋い顔立ちの細身の男性に王城内を案内される。1階部分はどうやら大広間となっているらしい。パーティーなどをする際に使えそうだな。そんなことを考えていると、男性は1階の奥まった所まで行き、そこにある階段を登り始める。コータは城の造りに興味を抱きながらその男性の後を着いていく。


 階段を登りきると、そこには幾つ物扉が並んでいた。男性はその中の一室へとコータを案内する。


 室内は高級ホテルのスイートルームを連想させる。つい先日、休憩のために入ったホール宿舎のそれよりも遥かに高級感を覚える。


「しばらくお休みになってください」


 綺麗な所作で礼をすると、男性はそのまま部屋を出た。

 室内には大理石の床に真っ赤なソファー、天蓋付きのベッドがある。

 コータはとりあえずソファーに腰をかける。


「まじか」


 客車のソファーもかなりのものだった。だが、それでも話にならない程の座り心地を誇るソファーに、目を見開く。


「とりあえず、レベル確認からするか」


 ロイとの戦闘を終えたところでレベルが上がったのは分かっていた。だが、それを確認する余裕もなくコータは流していた。それを確認するため、冒険者バッグの中から冒険者カードを取り出し、裏面を見る。


 【細井幸太 Lv4 D級

 魔法適正:風

 スキル:鑑定【生物】Lv4、体術Lv3、剣術Lv2

 ステータス:体力600 筋力45 MP30 耐久120 俊敏55 器用7 知力30 運0】


「あれ? スキルが変化してる」


 レベル4に上がったことにより、鑑定スキルが植物から生物に変化していることに気づく。僅かな違いだが、その違いに妙な違和感を覚えたところで、扉がノックされる。


「はい」


「コータ殿。ルーストで御座います」


「ルーストさんですか」


 冒険者カードをバッグの中にいれ、コータは扉を開ける。


「どうかされましたか?」


「少しお話をしておこうかと思いまして」


 小さく頭を下げたルーストは、そのまま部屋へと入ってくる。


「あ、えっと」


「いきなりでごめんなさい」


 全く以て悪気を感じていない口調で謝罪を口にしたルーストは、ソファーに腰をかける。その状況を理解出来ないまま、コータは扉を閉めて部屋へと戻る。


「およそ30分後、王への謁見が決定しました」


「え?」


 突然の言葉に、コータは寝ぼけたような、間の抜けた返事が口をつく。


「そこではエルフ種のイサベル、今回の騒動について聞かれることでしょう。嘘偽りなく答えてください」


「そ、それは分かっています」


「それでここからは私の独り言です」


 視線を合わせようとしないルースト。まるでコータが居ないような扱いだ。


「どうやら1ヶ月後、エルフ種との会談がエルフ領で行われるそうです」


「会談……?」


「前々から王はエルフ領との国交に力を入れていたので、事件前から決まっていたのかもしれません」


 コータの言葉に聞く耳を持っていないのか、ルーストはまるで聞こえていない風に自分の言葉を紡いでいく。


「ですが、場所が場所です。王は信頼がおけ、腕が立ち、ある程度魔法に精通した人物を護衛に付けるつもりでしょう」


「だからそれが……」


「国立キャルメット学院。そこではかなり力を付けることが出来ると思います」


 何を言いたいのか、要領を得ないままでルーストは言葉を切り、立ち上がった。

 そして視界にコータを入れることなく、ルーストは扉へと向かっていく。


「聞こえてしまったかどうかわかりませんが、これは私の独り言です。どうかお気にすることなく、謁見に臨んでください」


 コータには背を向けたまま、ルーストはそう呟き、部屋を出て行った。


 ルーストが出て行った部屋は、妙な静けさで満ちている。


「俺に何をさせたいんだ?」


 ルーストの言葉を、コータはほとんど理解できていなかった。単語の意味は分かっている。だが、その本質が分からない。


「確かエルフとの会談とか言ってたよな」


 ソファーに腰を下ろし、何かを考えるように顎に手を当てる。

 先日、エルフ種とは対立をしたばかり。それがエルフ種の本意とは違ったとしても、コータやサーニャ、それからあの現場に居たものは、少なからずシコリが残っている。


 ──王は、エルフとどんな会談をするつもりなんだ?


 今回の騒動は公にはされてない。そのため和平交渉などではないことは肌に感じる。

 分からない状況に、頭を掻きながら俯く。


 それに──


「なんとか学院って一体何なんだ?」


 静かな部屋に、自分の声だけが広がる。考えても考えても、この先に何が待っているのか分からない。コータは立ち上がり、ベッドに体を預ける。


「すっげぇ」


 ホール宿舎のそれとは桁が違うふかふかさに、コータは僅かな笑みが零れた。預けた体をしっかりと反発させる力は、一度転がった身体を離そうとしない。


「コータ」


 そんな時だ。部屋の外から重苦しい声がかけられた。


 ──誰だ?


 ベッドの心地良さに動きたくないコータは眉をひそめ、ゆっくりと体を起こす。そうすると、視界に文字が現れた。


  ファニストン=アラクシス=サーニャ Lv22


「なんだよ、この文字」


 部屋の向こう。扉の向こうを指すようにして現れた文字の疑問を口にしながら、コータは渋々ベッドから体を離す。


「サーニャか?」


「あ、あぁ」


 コータの言葉に少し驚いたような声を上げるサーニャ。それを聞きながら、コータは静かに扉を開ける。


「どうかしましたか?」


「謁見の準備をしてもらう」


「準備?」


「あぁ。流石にその服装では王に失礼だ」


 そう言われたコータは、自分の服装を見返す。ゴブリンとの戦闘後に、ライオから譲って貰った紺色の麻製の服に同じく麻製のベージュ色のズボンに身を包んでいる。だが、そのどちらもにロイから受けた傷から溢れた血が滲み、長く着ていたこともあり色も褪せてきている。


「それもそうだですね。でも俺、服を持っていないですよ」


「だろうな」


「分かってるなら、汚い服しか持ってない俺に対する皮肉ですか?」


 ロイとミリとの戦闘において、多少は汚れたであろう服とは違う。サーニャを包むのは、薄いピンク色の豪華なドレスだ。


「王女に対してそんなこと言うのはコータくらいだぞ」


 サーニャは薄く笑いながら、ついてこい、と告げ、コータの部屋の前から移動を始める。

 コータは一度部屋に戻り、冒険者バッグと月の宝刀を携え、部屋を出る。


「で、どこに行くんですか?」


「さぁ」


 サーニャは短く答えると、近くにいた執事を呼び止めた。それはちょうどコータを部屋へと案内した男性だった。


「サーニャ様、どうかなされましたか?」


「コータに何か服を見繕ってやれ」


「承知致しました」


 二つ返事で承諾した男性は、こちらへ、と言いコータを1階へと連れていく。1階の大広間の左側にある小さな部屋。そこには多くの服が収納してある。


「衣装部屋ってところか」


「それではこちらとかどうでしょうか?」


 そう告げ、渡されたのは見た目こそあまり変わらない麻製の服だった。色褪せがなく、破れて血も付いていない。コータはそれを受け取り、着替える。すると、男性は更に漆黒のマントを取り出した。


「これは?」


「あと、こちらも」


 そう言って、男性は銀色の胸部を覆うプレートアーマーを手渡した。


「こちらはミスリル製で、魔法に対しての防御力を高める効果もありますので」


「そんなものまで……いいのですか?」


 コータの言葉に男性は微笑み、「いいのですよ。サーニャ様の恩人なのですから」と答えた。


 それから直ぐに王への謁見となった。

 入口から真正面にある大きな階段を登り、その奥にある王の間。入るまでには幾重の警備兵が居り、容易に侵入できるものでは無い、ということが窺えた。


 部屋の最奥にある紅色のクッションに、縁取る金色が目立つ玉座に腰を掛けるのは、黒の髪を短く切り揃え、しっかりとした髭を生やした厳つい男性だった。体躯はしっかりしており、武闘派、という言葉がコータの脳裏に過ぎる。


 鋭い視線でコータを睨めつける。入口から部屋の中心にはレッドカーペットが敷いてあり、王までの道が出来ている。その両側には全身を鎧で包んだ騎士が立ち並んでいる。

 コータはそのレッドカーペットの真ん中を歩き進んでいく。

 そして玉座の少し手前で立ち取り、膝をつく。

 先程、この部屋に入る前にルーストに教えてもらったのだ。


「そなたがホソイ・コータか?」


「はい」


 渋く重圧のある声に、コータは生唾を飲み込み緊張に圧倒されながら答える。


「ワシはファニストン=アラクシス=ゴード。人の国の王だ」


 ゴードはそこで言葉を切り、大きく息を吸ってから再度、言葉を紡ぎ出す。


「そなたの話は娘のサーニャからよく聴いておる。まずはサーニャを助けてくれたこと、礼を言う」


「勿体なきお言葉。ですが、私は人として当然のことをしたままです」


 膝をついたまま、顔だけをゴードに向ける。


「人として当然、か。それができる人間がこの場に何人いるか……」


 人の国の未来を憂うような音を込め、ゴードは並ぶ騎士や、自分の近くにいる側近たちの顔を見る。


「それで今回、ワシがそなたを呼んだのは他でもない。エルフの件についてだ」


「お父様!」


 ゴードがソソケットでの話を聞こうとしたその時。背後から聞き覚えのある声が飛ぶ。


「サーニャ」


 ゴードがその人物の名を呼ぶ。


「私もその場に居合わせた者の一人です。コータと一緒に説明させていただきたいと思います」


「どうしますか?」


 サーニャの進言に、ゴードの隣に立っていた鎧は纏っていないが、重厚感のある業物らしき剣を腰にさげた男性がゴードに訊く。


「よかろう」


 ゴードはサーニャの顔を見て大きく頷く。


「ありがとうございます」


 サーニャは頭を下げ、その場に膝をつく。


「では、話してくれ」


 ゴードの言葉に、サーニャは視線をコータに向ける。どうやら最初はコータが説明をしなければならないようだ。それを実感したコータは、バレないように小さく息をはき、ソソケット森林でエルフを見かけたこと、そのエルフが領主イサベルと繋がりがあり、イサベルは亜人種奴隷を所持していたこと、それから最後はエルフによってイサベルが殺害されたこと。自分の知っている限りで全て話した。

 その後、サーニャは自分の見解も交えながらコータの話した内容を軸に補うように話した。


「そうか……」


 ゴードは顎に生えた髭を撫でるように触り、唸るような声を洩らす。そしてそのまま考え込む。


 ルーストは言っていた。ゴードはエルフ種との国交を望んでいると。だが、それはロイとミリという二人のエルフによって打ち消されそうになっている。

 その上、このままの状態で王自らがエルフ領へと入り、暗殺でもされれば人とエルフとの戦争は免れない。


「今回は見逃すべきなのか……」


 低く重圧のこもった言葉に、少しの不安が滲んでいるのが分かった。サーニャはそんな王であり父でもあるゴードに、立ち上がり詰め寄った。


「今回だからこそ、会談をするべきです!」


 鬼気迫ると言った様子で、サーニャは声を上げる。だが、ゴードはそれを一瞥するだけで、何も応えようとしない。


「お父様ッ!!」


「サーニャ様……」


 叫ぶサーニャに、ゴードの側近はそれを諭すような声音を零した。


「ワシは恐れておる。エルフと人が戦争になることを」


 伏せた目で、ゴードは静寂に包まれかけていた王の間の空気を切り裂く。


「戦争になってしまえば恐らく人は勝てん。一人一人の戦力も違いすぎる。その上、人口の差も」


「王様。一つ聞きたいことがあります」


 言い終えたのを確認し、コータはゴードに質問する権利を問う。


「なんだ?」


「先程、人口の差とおっしゃいましたが、実際にはどれくらい差があるのでしょう?」


「人の国の人口はおよそ2億。それに対してエルフは3億8000万じゃ」


 2倍近く差があるらしい。あれほどの力を持った連中が、人間の倍近く存在する。ゴードが戦争になれば勝ち目がない、という理由も分からなくはない。


「お父様、私は今だからこそ会談すべきだと思います。危険が伴うのはわかっています。ですが、ここで逃げれば、我々はいつまでも劣等種として蔑まれます」


 どうやらサーニャは無理矢理にでもエルフとの会談を実施したいようだ。


「だが──」


「それなら、会談には私が行きます!」


 煮え切らない態度のゴードに、サーニャはキッパリと言い放つ。


「護衛として、エルフと対等に渡り合ったのをこの目で見たコータをつけます」


「なにっ!?」


 突然上がる自分の名。コータは驚きから声を上げてしまった。だが、一瞬で王の御前にいるということを思い出し、謝罪を口にする。


「何故そこまで会談にこだわる?」


 父親らしい優しくもあり、厳しさも孕んだ声でゴードは訊く。


「それは……」


 言い淀むサーニャ。それを援護するように、背後から声が轟いた。

 声の主は全身を鎧に包んだ騎士……ではなく、入国審査をしていた衛兵だった。


「衛兵か。何用だ!」


 ゴードは威厳を見せ、大きな声で言い放つ。すると、衛兵はしっかりと王を見据えて、ゴードやコータの位置からでは死角で見えない場所に向かって手招きをした。


「これは……」


 現れたのイサベルの元で飼われていた亜人種奴隷たち。


「私はこれを見てどうにかしたいと強く思いました」


 首に付けられた鎖は外れ、今では人に怯えてる亜人種としか見えない。だが、亜人種奴隷として飼われていた所を見ているサーニャは、そのとき胸を締め付けられるような思いをしたいたのだろう。


 罪もない亜人種が、エルフの嫌いだからという理由で、イサベルの玩具にされていたのだと考えると、無性に腹が立ったのだ。


 どうにか。どうにかしたい。


 そう思うサーニャ。


 恐らく秘密裏に亜人種奴隷を飼っているのはイサベルだけではない。それを全て無くすためには、根本を潰す必要がある。恐らく亜人種奴隷を横流しにしているエルフ。そこを止めなければならない。


「元々強気だったが……、ここまでハッキリとワシに対して物を言うようになるとは」


 感心したような、寂しいような、様々な感情を錯綜させながらゴードは呟き、コータへと向く。


「コータ」


「はい」


 ゴードの呼びかけに返事をする。


「ワシは王である前に、父親だ。娘の命を危険な所へはやりたくない。だが、娘にここまで強い意志を見せられては断るのも違うと思う」


 子の強い意志を尊重しようとするのは、どこの世界でも同じらしい。だが、今回に限っては心配が全面に出ている。

 何せ命がかかっているのだ。


「だからそなたに頼みたい。サーニャの護衛について欲しい」


「どうして私が?」


「サーニャがそなたが適任だと言うからだ」


 ゴードの目にはまだ心配が滲んでいる。だが、それでも意を決した、というのは分かった。


「ですが、私は魔法が使えません」


 サーニャの護衛などと言うものは、正直言って自分には重すぎる。サーニャの信頼は嬉しい。だが、それに応えるだけの実力がない。


「その点は大丈夫です」


 声を発したのは、騎士の列のその後ろから姿を現した人物──ルーストだ。


「サーニャの側付きだな。どういうことだ?」


 ルーストの言葉に、ゴードは鋭い視線を更に凄める。その目にも怯えることなく、ルーストは更に前へと出てくる。


「これはゴード王にお頼みすることになってしまうのですが、国立キャルメット学院に入学させるのはどうでしょうか?」


「ほう?」


「コータ殿は戦闘センスはあります。だが、魔法適正があるにも関わらず魔法の行使が出来ず、その上、一般常識的な部分に大きな欠如が見られます」


「ならその状態でエルフ領に行かせるのはかなり危険だな。失言から争いが起こらないとは限らない」


「ですから、学院に行かせて学ばせ、サーニャ様にお仕えするのに相応しい人にすることが大事だと思います」


 そう言い、ルーストは一度視線をコータに向ける。ニタリと不敵な笑みを浮かべた。


 ──そう言うことか。王が会談を渋るのは分かっていて、代わりにサーニャが行くようにする。そしてその護衛を俺にさせる。ここまでがサーニャとルーストが描いたシナリオだったのか!


 気づいてしまえばなんてことも無い。ルーストが部屋に来たのは、軽くそれを伝えるため、ということになる。

 コータがシナリオに気づいたことに気づいたのか、ルーストは視線をゴードに戻す。


「それはワシが手配しよう。コータもそれで良いな?」


 有無を言わせないゴードの態度に、コータは静かに頷くしかなかった。

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