時計
時計を無くした。もう何年も前のことだ。
大学入学時に、初めて自分でちゃんと選んで買った時計。
ベルトやバックルなど本体は、大理石のように光を反射する深青の素材で作られていた。
金色の文字版の上に質素な針が回り、数字は書いていないもんだから、ちょこんと印字されているロゴマークで時計の正しい向きを判断しなければならなかった。
無くしたことに対して、悲しいとは思わなかった。
慌てて部屋中を引っ掻き回すことも、最近訪れた店に電話をかけることもしなかった。
携帯の時刻表示で案外なんとかなるものだと、数日経てば適応してしまった。
時計を無くしたことで、変わったことが一つだけある。ほんの少しの人間関係だ。
その時計を綺麗だと褒めてくれた同僚——僕は塾でアルバイトをしていた——が残念そうに言うのだ。
「前の方がよかった」
笑った時に目尻にできるシワが魅力的な女の子だった。
その日を境に、二人は疎遠になった。時計を無くしたことと関係があったのかは、今でもわからない。
やがて僕はアルバイトを辞め、その子と二度と会うことはなかった。
あの時、もし時計を無くさなければ今でも交流は続いていたのだろうか。
そう思っても、それでもやはり悲しくはならなかった。
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