クリスマスの薬莢

 ※軍の用語や規律、言葉遣い等、情報を詳しく調べていません。



「昔はクリスマスっていう慣習があったらしいよ。旧暦の十二月二十五日に大切な人にプレゼントを贈って、一緒の時間を過ごすらしい」

「その話今じゃなきゃダメ?」


 戦争真っ只中であった。銃弾や砲弾が飛び交う。火薬の匂いや肉の焼ける匂い、汚物の匂いが鼻腔を刺激し、気を引き締めていないと胃の中のものを戻しそうになる。そんな中で、トウゴは突然過去の慣習の話なぞを始めた。


「別に今じゃなきゃダメってこともないけど、ふと思い出したからさ。もうすぐその十二月二十五日だしな」

「ふーん」

「サユは誰かにプレゼントもらうとしたら何がほしい?」

「薬莢とかでいいんじゃない」

「腐る程そこらへんに転がってるじゃねえか、適当過ぎんだろ」


 士官学校の同期である私たちは、戦場であることをいいことに砕けた会話を続けた。


「サユ!」


 トウゴが突然、私の名前を叫んだ。何事かと思った次の瞬間には全ての感覚が消え、そのまま私は意識を失った。


   ・


 目覚めた私は軍の病院船の上にいた。


藤峰紗雪ふじみねさゆき一等兵ですね?」


 衛生兵が私にそう訊ねる。


「はい」

「あなたは爆撃による負傷によって国へ送還となりました」


 見れば、左手がなくなっていた。炎症を防ぐために切断したのだろう。


「あの、若原藤五わかはらとうご一等兵はこの船にいますか?」

「若原?」


 衛生兵は手に持っていたリストを確認した。


「いや、いませんね」

「そうですか」


 私はそのまま国の病院へ送られ入院することとなった。


   ・


 トウゴに会えないまま、私は退院の日を迎えた。家に戻り、日付が十二月二十五日であることに気づいた私は、トウゴのことを思った。


 戦争は未だ続いている。トウゴはまだあの硝煙の世界で戦っているのだろうか。


 私の思考を遮るように家の呼び鈴がなった。出てみると、そこには軍の関係者らしき人がいた。


「藤峰紗雪元一等兵ですね?」

「はい、そうです。何か?」

「あなた宛の荷物があります」


 渡されたのは小包だった。


「誰からですか?」

「……若原藤五一等兵からです」


 トウゴ?


「彼は今どこに?」

「彼は、戦地にて殉職しました」


   ・


 小包の中に入っていたのは薬莢のネックレスだった。本物の薬莢のようだが、雷管は外され弾頭部分は適当な金属で蓋をされていた。


「薬莢のプレゼントってまじかあいつ……」


 ネックレスをポケットに入れて私は特に行き先を決めず電車に乗った。適当な駅で降りて、適当に乗り換える、お金が尽きた頃に着いた街で高層ビルの屋上に登った。


「大切な人、か」


 自殺しようなどとは考えなかったが、ここから飛び降りれば彼の真意が分かるのだろうか。彼は、私を大切に思っていたのだろうか。


 風が一際強く吹き上げ上着をさらう。その弾みでネックレスが飛び出て屋上のヘリに飛んでいった。慌ててそれを掴むと、その拍子に薬莢の蓋が外れた。中には紙が入っていた。



   メリークリスマス。

   意味はわからないが、十二月二十五日には大切な人にそう言うらしい。

   こんなもんで本当にいいのか分からんけど、俺からのプレゼントだ。



 薬莢の裏には、曲面に負けてほとんど判別できないほどに下手くそになったトウゴの字が刻まれていた。


『愛している』


 こんなことならもっとマシなものを欲しがるんだったな、と私は呟いた。

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