いつか書くかもしれない誕生日の話

 夫が通り魔に襲われ、この世を去った。


 寡黙な人だった。夫婦の会話はほとんど無く、最低限の伝達事項を伝え合うのみ。

 営みも一切ない。それはそれで楽ではあったが、他所の話を聞くと、ふと寂しくなるときもあった。


 その日は私の誕生日だったのだが、例に漏れず、きっとそんなことは知らないだろうと思っていた。

 駆けつけた警察によると、遺体となった夫の手には破り取られた手帳のページが握られていたそうだ。

 これです、と言われて警察から渡されたしわくちゃな紙には、弱々しい文字で一言だけ書いてあった。


「たんじょうびおめでとう」


 手帳は、私が夫にあげた唯一のプレゼントであった。

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