11.昨日の約束を②
どうやら私にもそこそこの人気があったようで、次から次へとカウンターの方へと客が集まってくる。
……もちろんその理由の1つには、黒髪黒目が珍しいこともあるだろうが。まじまじと見つめてくる視線を受けて、私は苦笑にも取れる笑みを浮かべた。
「いつ見ても綺麗な黒髪だねぇ……ちょっとだけ触ってもいいかい?」
「んー、ちょっとだけだよ?」
「あ、リィンちゃん。俺、握手してもいい?」
「もちろんっ」
はい、と両手を差し出すと、「俺も俺も」と四方八方から手を伸ばされる。いつの間にか一種の握手会のようなものになっていた。
「いやぁ大人の魅力溢れるビアンカさんも良いけど、リィンちゃんも見てて癒されるんだよなぁ……」
「あーわかるわー……小さい子がちょこまかと働いてるのを見ると何か微笑ましいよな」
「そーそー、小動物的な可愛さというか……くぅー!! たまんねぇな!! 未発達の身体がまた……」
「──おい、そこの変態共」
こちらを眺めながら話していた客の動きが止まる。恐る恐る見上げた先には……般若がいた。
「……お前ら、うちの大事な、だ!! い!! じ!! な!! ……看板娘と息子を前にして何を話そうとしてるんだ?」
大事な、という部分をより強調してビアンカが言う。しかし、2人のうちの一人、眼鏡を掛けた男性客が反論した。
「いやでも俺は別に身体云々の話はしてないっすよ、マジで!! 未発達の身体が何とかって言ったのはコイツですって!! こんなむっつりスケベと一緒にしないで欲しいっすね」
「はあ!? お前もどうせそーゆー目線で見てんだろこのエロメガ──」
不意にぐいっ、と片方の男を引っ張ると、その耳元に唇を近づけるビアンカ。色気のある熱い吐息と共に吐き出されたのは、よく研がれた刃物のように鋭い言葉。
「──その口からレイピア突っ込んで性器ごと身体貫通させてやろうか、あ゛?」
女性とは思えない程ドスの効いた声に、「ヒッ」と情けない声をあげて男が縮こまる。隣の男も青ざめた顔で、恐怖一色に染まる友人を見守っている。
ばっ、と乱暴に離すと改めてビアンカが聞いた。
「……で、何か言いたいことはあるか? まずそこのエロメガネ」
「ないですぅ……」
「じゃ次。隣のむっつりスケベ」
「僕もないですぅ……」
後ろにどす黒いオーラを放っているビアンカに、誰が物申すことが出来ようか。すっかり亀のように首を縮めてしまった男性2人に、ビアンカだけが良い笑顔で頷く。
「ならよし。──今度、この子らの前で変なことを言ったら、その口を綺麗に縫い合わせてあげよう」
これでも刺繍は得意な方だ。そう言って笑う彼女はとても愉しそうで。
私もにこにこしつつ、何となく遠くの方に目を向ける。
酒と料理を楽しむ集団。それらを眺めていると、突然、その内の1つで女性が立ち上がった。
イラついて麻袋をテーブルに叩きつける彼女を、目の前の男性は必死に宥めているようだ。背を向けている為何を言っているかまでは分からないものの、身振りでだいたい分かった。
何でなの!? やってられないわ──喧騒の中、声自体はあまり聞こえない。が、唇の動きからして女性の方はそう言っているようだ。
「せっかく
「なぁに? 保存方法が悪いって言うの? でもだって、これが正しい方法って本に……」
「じゃあ正しい保存方法は何よ!! 貴方だってわからないじゃない!!」
まくし立てるだけまくし立てると、女性の方は伏せて泣いてしまった。何も出来ずにオロオロと困惑する男性。
事情を知った私は心の中で合掌をする。
(お気の毒に……)
女性の台詞の中に引っかかる言葉があった。
そして、決まってそれは生きたまま売られているのだ。主な用途は観賞用として。買い手は
そう、生きたまま売られる理由が、今女性が憤慨している内容そのものである。
──
普通に剥ぎ取り袋か何かに入れっぱなしだと、鱗の艶は失われ厚みは無くなり、すぐにボロボロと崩れてしまう。
あの女性のように泣く羽目になるのだ。
彼女が指す本に書いてあった方法というのは確実に嘘。女性には気の毒だが、鵜呑みにしたのもよくないと思う。
私は脳内にある引き出しの中を漁り、目的の情報を見つけ出した。
──それは、かつての記憶。
(……鱗の輝きが失われるのは、死んだ事によって細胞組織が破壊されるせい。または、剥がされる事で身体から離れたせい。それらを防ぐ為には、瞬間冷凍をしそれを永続させてからの剥ぎ取りが最も効果的……かな)
まさかこんな事に役立つとは思わなかった。……自分が
些かピンポイント過ぎるかもしれないが、途切れ途切れに思い出すのは確かに自分の身体の仕組みだ。本人だったからこそわかる情報である。
(1000の内の殆どが動物とか魔物だったからね……他にも何か前世になっていたのかも)
ほとんど忘れていたも同然だった。
瞬間冷凍の後、氷属性の永続魔法を使った後の剥ぎ取りで鱗のみの保存が可能──非常に価値のある情報で、それが本当だと証明したならば高額となるのは間違いないだろう。一躍有名人である。
だが、それは無理だ。……なぜなら、氷属性魔法自体存在していないから。
それに永続魔法なんて、この世界の魔法技術では無理な話だろう。ずっと一定量の魔力を供給しなければならない為、使い手が限られるという問題もある。
発表してみたらしてみたで、魔法学界に様々な衝撃を与えること間違いなしだ。
……まあ、これらの問題はあくまでもこの世界に限った話で、使い手が限られる永続魔法という点以外──瞬間冷凍ならば容易に出来ると思われる。
(……でも誰にも教えないし、やらないけどね)
自分の中のルールとして、前世で学んだ技術等は公に広めたり見せたりしないようにはしている。──魔法関係は特に。
やむを得なく使う場合は、短時間に収め記憶を消去する……が、記憶操作系の魔法を使う分負担も大きい為、魔法自体極力使わないのが1番だ。……こっそり使うという手もあるが。
前世を利用して俺TUEEEE……そこから幸せな人生を送れると思ったら大間違いである。そう簡単に行くものか。
「ん、美味しい」
遂には男を置いて出ていった女性客を横目に、私は最後の一切れを頬張ったのだった。
単なる下働きの私ですが、1000の前世持ちです 御手洗はな子 @no_n_np
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