Data Spiral -2-
――「このっ」
刀の軌跡は完璧に奴の肩を捉えた。そのはずなのに!
パン
拍子木のなるような音の後には接近され、また拳を叩き込まれる。
「ぐほっ……」
鎧を着こむのが間に合わず、あたしはそれをもろに喰らって嗚咽を漏らす。かれこれ5分――くらいになるだろうか。戦いはとっくに敵の長身男に傾いている。
「……諦めろ、お前では勝てん」
「んなこたぁ分かってンだよ」
あたしは刀を杖にして無理やり起き上がった。さっきからこっちが起き上がる間はスカした顔で見守りやがって。余裕ぶっこいてやがる。
『だが事実。差は大きい。
「はいはい了解……ならあたしは戦場以外で戦いたいもんだね」
『……奴の魔導書、能力はどうやら行動省略だな』
「あ?」
それっきり、キャンサーは喋らなくなった。またこいつは肝心な時に何も言わない。
普段ここが弱い、ここが軟弱だとひたすらあげつらってくるコイツ。キャンサーの相手の技量と能力を見破る術は明らかにあたしより上回っている。だから早く頭の悪いあたしに説明をお願いしたいものだが――
「他に気をまわしている余裕があるのか?」
「――チッ」
男の拳を刀で受け止め――切れない。勢いはそのままに刀ごと振られた拳にあたしは吹き飛ばされる。
どうする。もう一度鎧主体の戦闘にするか? いや、また守りに入ってしまえば相手の思うつぼだ。あいつの真の目的は情報屋を守ること、つまり留雨十の排除。反撃がし辛い鎧形態では殴り飛ばされて瓦礫か何かに埋められ、その間に情報屋に追いつかれてしまう。
「……そろそろ急がなくてはな」
ポキポキと腕を鳴らす男を前にして、私はもう一度刀を構えなおした。
「――《
拍子音。次の瞬間には身体が浮いていた。殴られたと気が付いたのは地面を転がった少し後だった。
間髪入れずに次の行動が始まる。連続したパパパパンという拍子が鳴るたびに蹴りが入り拳が入る。このままでは不味いと刀を鎧へ変える。だが、攻撃は止まらない。ダメージはなくとも反撃を許さない一撃一撃によって私は格闘ゲームさながらに空中を運ばれそして――
「これで終わりだ」
地面にたたきつけられると同時に、路地裏に放置されていたであろう大量の木箱やその中身の鉄製品が私の上に雪崩れ込んだ。そして最後におまけとばかりの鉄骨が乗せられる。
「お前はこれで鎧を解除できない。解除すれば鉄骨につぶされ下半身と上半身がぐちゃぐちゃになる」
そして刀を使わねばこの重さの物体をどけることは叶わない。詰みだってことか。
「悪戦苦闘する様子を見たくもあるが、依頼主が死んでしまっては意味がない。これで失礼する」
立ち上がって背を向けた男に、私はやけくそ気味に叫んだ。
「待てよ!」
「……ふん」
再び歩きだした男へ再度声を投げかける。
「いいのか? そのままじゃあんた――死ぬぜ?」
「――!」
男の身体が動いた。拍子音と共にその身体が横へズレると、室外機がさっきまで立っていた位置に落下する。
「……小癪な。鼬の最後っ屁にすらなっていな――」
その顔が驚愕に染まる。男の目線は自信の左手に移る。
「な、に――」
左手の平は金属の棒で貫かれていた。さっき落ちた室外機を支えていたパーツの一つ。あたしがさっき切断したものだ。
「これは――」
「――うちの相棒の推察は当たってたみたいだな」
「貴様!」
男は右手で金属の棒を無理やり引き抜く。
「アンタの魔導書の能力は"行動の省略"。まったくデタラメだぜ。移動を省略すりゃ瞬間移動、攻撃を省略すりゃ不可避の一撃だ」
だが、そんな能力にも発動条件がある。それは――
「手拍子」
男の身体がビクリと震えた。
「アンタの魔導書の能力条件は手拍子だ。あのパンっつう音はそれだったわけだな」
『そしてその手拍子をも省略することで本来ある隙を無くす……その頭にしては良く考えたものだ』
あたしの言葉の続きはキャンサーが代弁してくれた。
「行動は省略できてもその先にあらかじめ置いてあるものを回避できるわけじゃない。現にお前は移動先の位置にあった金属棒に左手が貫かれた。お前の能力は穴だらけだ」
あたしは一息ついてから、
「そしてネタが割れた今、お前はあたしが倒す」
『そして手口さえわかってしまえば、貴様は我が殺す』
2人で確かな宣言を口にする。あたしはまだしも留雨十の顔を見られたからにはこのまま返すわけにはいかない。
「だが! お前は鉄骨で動けない! 行動を省略せずとも殺せる
!」
こちらに狙いを変えた男は左手を抑えつつ、こちらに歩いてくる。
「――ああ、知ってるよ。だから――こうしたんだ」
少し力を入れれば、あたしの寄りかかっていた壁が抵抗なく崩れる。瓦礫やら金属片、そして鉄骨も一緒となって壁の内側へと流れ込んだ。
「貴様あらかじめ壁を――」
「そそ、あらかじめ切断しておいたってわけだ。おかげで力を入れればすぐガラリ」
壁の向こうは民家――というよりはちょっとした物置のような場所だった。
「さてと……」
これで身体は鉄骨から解放された。あたしはゆっくりと立ち上がる。
「誇りを捨てろ、敵に翻弄されろ、だっけ?」
『誇りを持て、敵を翻弄しろ、だ。だが――今回はそっちが最適だったようだな』
「ならばもう一度鉄骨の下敷きにするまで!」
男は手のひらを合わせ――
「させるかよ!」
手拍子を叩く前にあたしは、男へ突進する。男は一瞬動揺するが、再び手拍子を打とうとする。
「くっ……」
慌てたためか、それとも血で手のひらが滑ったか。ともかく手拍子がなることはなかった。
「このっ――」
迎撃の構えも許さず、あたしの持つ刀が男の肩を切り裂く。深い傷から鮮血が翼めいた軌道を描いて噴き出す。
「ぐ――だが――!」
傷をものともせずに放たれた拳は空気を切り裂く音と共にあたしの左腕に命中した。ゴキリという嫌な音。
「へへっ! こっからは泥沼と行こうじゃねぇか!」
「小娘風情がっ!」
拳を切り抜けて懐へもぐりこみ、そこで刀を横に振り切る。長いが浅い――仕留め損ねた。
『右へ跳べ』
「あいよ!」
足を無理やり曲げて右へ方向を転換する。関節が悲鳴を上げ、ブレーキの壊れた汽車じみた音が骨から鳴る。
男は手と手を合わせ、
パン
拍子音と共に男の身体が移動するが、そこにもうあたしの姿はない。
「冷静さを失ったアンタの行動なんざ、クレープ片手でも予想できるっての!」
拳を下に突き出した男。その無防備な背中に刀を突き立てる。
「おらぁぁぁぁ!」
「――uuuuuuuuあぁぁ!」
お互いに悲鳴ともにつかない声を上げそして――
「このやろぉぉぉぉ!」
あたしが刀をもう一度強く突き立てると、男の巨体はゆっくりと重力に従って傾き、地面に倒れこんだ。
「――あーあ、クソッ。こりゃ腕がイカれたか」
あたしは動かなくなった男の背中に腰を下ろす。これで何人目になるだろうか。最初は抵抗を覚えていた人殺しという行為は3回目くらいからその恐怖の色を無くした――気がする。そうしなければ殺される。そうしなければ――
「――」
『一つ問うぞ』
少女へと姿を変えたキャンサーが隣に腰を下ろした。
「お前はもう、願いをあきらめたのか? あの留雨十とかいう小娘のために戦うのか?」
願いを叶える。星座の名を冠する魔導書を集める者が望む終着点。
「……いいや、だが今はあいつのために戦う」
「それが巻き込んでしまった者の責任……などと言うつもりか?」
「ああそうだよ――さてそろそろ留雨十と合流しねぇとな。行くぞ」
無理やり話を終わらせると、あたしは立ち上がった。
「……その考え、いつか身を滅ぼすぞ』
キャンサーが小さく呟いた言葉は聞かなかったふりをして、あたしは魔導書を構えた。いつか留雨十と敵対するとして、あたしは刀を振るえるだろうか。そんな考えは頭の隅に押しやるのが一番だ
「……《
❖
「私に関する情報売るの、やめてくれませんか?」
「わ、わかった。わかったから……」
ひざまずいて懇願する男をなんとかなだめて今に至る。全身の金属製のじゃらじゃらとしたアクセサリーが日の光を反射して、とても目にまぶしい。
『念のため彼の魔導書ももらっていきましょう』
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺の商売道具を取られちゃ生活できねぇ!」
『自業自得じゃない。これからはまっとうに生きなさいよ』
「さすがにかわいそうな気も……」
『そう? ならまあ……留雨十に感謝しなさいよ?』
男は誇りを捨てたようにしきりに地面に頭をこすりつけ、繰り返し感謝の言葉を口にする。なんだかとても嫌なむず痒さを私は感じた。
「ちょちょちょ……やめてくださいってば!」
私は慌てて男の手を取って立たせる。いくら人通りの少ない時間とは言ってもまばらに人はいる。女子高生に土下座を繰り返す大人という絵面はその、若干の犯罪臭がする。
「次は私の情報を誰に売ったか……だよね。スコーピオン」
『ええ、こちらを把握している奴が何人いるか確かめたいもの』
「教えたい、お、教えたいが多すぎて!!」
『アンタねぇ!』
「許してくれ! 許して……あ」
「『あ?』」
男はふと、落ち着きを取り戻すと言った。
「そういえばアンタと同じ格好のやつがアンタの情報を欲しがってたな」
「同じ……」
『……恰好って――』
私は自分の身体に目を移した。制服、つまりは――
「うちの高校に……いる」
確実にこちらを狙っている奴が。
『似顔絵みたいなものは描ける?』
「ああ、これでも元美大生なんだ」
まあ辞めちまったんだがな。と、男はこちらが差し出した紙とシャープペンシルを受け取る。
「ちょっと待ってくれるか、数分で――」
――なにが起こったのかわかったらなかった。わかったのは視界が塞がれたこと、そして騒音。
『――なにが起こって――』
眼前に立つ男の身体から何かが突き出している。視界を塞ぐ真っ赤なものを拭えば、男の身体を内部から引っ掻き回すチェーンソーが――
――背後から、男を貫通していた。
「なん、だ」
駆動音、ぐちゃぐちゃに掻き出されたピンク色の肉が路上に飛び散る。
駆動音、男の顔が振動し、目が左右別々の方向を向く。開けられた口から吐瀉物があふれ出す。
駆動音、放物線を描いてまき散らされてる鮮血が私の視界を再び塞ぐ。
駆動音――
「うっ……ぷ」
強烈な吐き気に、思わず口を塞いだ。
ぐるぐると視界が回る気がした。
男の背後から現れた人物はチェーンソーを引き抜くと、血を飛ばし落とす。
鳥を模したマスクをかぶった人物は、紫に発光するそのチェーンソーを引きずりながらこちらを見る。
「はぁ……はぁ……」
吐き気を押さえ、そいつと目を合わせる。仮面の向こうの顔の表情はまったくうかがい知ることはできない。
『あれは……』
スコーピオンが呟いた。驚愕と畏怖をその言葉に込めて。
「あの光――」
チェーンソーから放たれている光は、見たことがないのになぜか既視感のあるもので、少し考えて気が付く。あれは私や紫暮が持つ片刃剣と刀が放つしそれと同等の者だと。
――私たちの目の前に唐突に姿を現したのは星の本、その3冊目だった。
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