2頁目 Data Spiral
「お弁当一緒に食べよう、留雨十?」
「あーごめん紗夜、今日はちょっと――」
誘いを断り、私は足早に教室を後にする。階段を降り、段々と人気がなくなっていく廊下の突き当り、私は扉を勢いよく開けた。
「――よぉ、留雨十!」
「……夕雨さん」
そこには何ともまあお気楽そうな笑顔を浮かべた女が、回転いすをくるくると回していた。
夕雨 紫暮との戦闘を終えた後、連絡先の交換を早々に終えて帰り着き、死んだように眠った。今朝起きたときは昨日のことがまるで夢のように錯覚したが、それは結局錯覚なのだ。
そして何事もないかのように学校へ行き、勉学という名の睡眠にいそしみながら授業を乗り切ったわけだが、そこに突然来たメッセージは“理科室にいる”
「まさか本当にいるとは……」
「すまんな、直接話したい案件だったもんで」
「……よく見つからなかったね」
若干不良より――というか完全にガラ悪人間なこの人が学校の敷地内に入れたことだけでも驚きだ。
「ま、あたしも年齢的には高校生だからな」
『だからってあなたねぇ……留雨十には留雨十の生活が、高校生としての生活があるのよ。それを考えてちょうだい!」
懐から飛び出した本がすぐさま少女へ姿を変えるなり、そう怒鳴った。
「悪ぃ悪い、でも早いほうがいいと思ったんでな」
「それで、」
「おう、まずは本題に入る前に魔導書についてだ。なぜこいつが狙われるか知ってっか?」
紫暮はスコーピオンの頭を叩く。スコーピオンは嫌そうにそれを払いのけた。
「なんでって……」
そういえばなんでだろう。
「能力を持ってるから……?」
「半分正解だな。魔導書自体は実は結構な数ある。その中でもお前さんのスコーピオン、そしてあたしの相棒のキャンサーが狙われるのには別の理由があるんだよ」
白髪の少女はキャンサーと言うらしい。おそらくは十二星座統一だろう。
「他の魔導書は私みたいに意思を持たないし、人間の姿になることもできないわ」
会話に入ってきたスコーピオンは自身の髪の毛をいじりながらそう言う。
「もう気が付いてるかもしんねぇけど、キャンサーにスコーピオン、星座モチーフだ。」
切断と鎧の魔導書、《
必殺の魔導書、《
確かにどちらにも蟹座を表す“巨蟹宮”と蠍座を表す“天蠍宮”の文字を名前に含んでいる。私はてっきりこれが魔導書のデフォルトなのかと思っていたが――
「星座の名前を冠した魔導書は、特別なのよ。いろいろとね」
「それを皆求めてるってこった。これからもそれはそれは沢山、お前さんの魔導書を求めて人が来ると思うぞ。」
うんざりするくらいにな。と付け足した紫暮の顔からも、それは脚色なしの事実だということがうかがえた。
「それじゃ本題だ。留雨十、お前今ヤバいぞ」
「え?」
「情報がもう出回り始めてる。昨日の今日だぞ? まったく……」
それは、つまり。
「大勢がスコーピオンの存在を知っちまった。欲しがっている奴らがな」
それは――かなり不味い。
「今はまだ信じてる奴はあんまし居ねぇが、早めに手を打ったほうがいい」
「手を打つってどうやって」
「情報屋っつうのがいてな。そいつが情報を売ってる」
「……つまり?」
「ぶっとばす」
紫暮は満面の笑みでそうのたまった。
◇
「はいこれ、夕雨さんの」
「ありがとよ。紫暮でいいぜ」
「ええっとじゃあ、紫暮?」
慣れない……。
「おうよ」
移動販売車の店員から受け取ったクレープを紫暮に手渡す。結局お昼を食べずに出てきたため、それ代わりだ。
「はい、スコーピオン」
「ありがと、留雨十」
そして私の分を受け取る。注文した分は以上なのだが……
「あの、食べないんですか」
紫暮の近くにいつも影のようにたたずむ少女。白髪のショートカットを揺らすキャンサーに恐る恐る話しかける。
「……いらぬ」
「でも、お腹空きますよ」
返事はない。どうも彼女は苦手だ。それに恐らく彼女自身も私のことを嫌っている節があるようで、それがぎこちなさに拍車をかけている。
「……敬語」
「え?」
「まずその丁寧語を止めよ。紫暮に呼び捨てになったであろう」
「ああ、えっと」
もしかしてこれが彼女なりの歩み寄りだったり――
「敬意を向けられるなど……虫唾が走る」
「あっ、そういう……」
悲しいが考えてみれば、昨日戦ってここまで一緒に行動しているのがおかしいと言えばおかしいのかもしれない。紫暮がなんというか、とっつきやすい性格だというのもあるからだろうか
「でも、もう私たち敵じゃないし……」
「……フンッ」
鼻で笑われた。
「おめでたいな。この調子ではいつでも殺せそうだ」
そう言ってキャンサーは、自らの腰に差してある刀の鞘をいじった。……本物じゃない、よね。
「星座の本――黄道魔本の所持者はいずれ一人になる。そういう宿命だ。貴様はいずれ、絶対に殺す」
「宿命……え、それってどういう――」
それだけ言い放ち、キャンサーは無言で紫暮の元に戻ってしまった。
「ついたぞ」
エビサラダのクレープを食べ終わるころ、紫暮はそう言って唐突に足を止めた。
「ここだ」
「ここって……駅?」
そこそこ大きい駅、こんなところで情報を売っているのか。
「こっちだ」
駅の奥、改札近くのコインロッカーで、彼女は立ち止った。
「ここの4番ロッカー、これが“ロッカーポスト”って呼ばれてる」
「ロッカー……ポスト?」
ロッカーなのかポストなのかよくわからない名前だ。見た目は完全にロッカー以外の何物でもないのだが。
「4番のロッカーに金と注文する情報を書いた紙を入れる。すると数秒後には中身が情報と入れ替わってるっつうわけだ」
「なによそれ、マジック?」
怪訝な顔をしたスコーピオンに紫暮は言葉を返す。
「大方魔導書だろうさ。随分と戦闘向きじゃなさそうだがな」
そう言うと紫暮は、懐から封筒を取り出す。慣れた手つきでロッカーの管理端末を操作すると、電子音と共に4番のロッカーがその扉を開けた。
「ど、どうするの」
「まあ見てろって」
隙間から現金が覗く封筒をロッカーの中に入れた。そして付箋にさらさらと何かを書くと、それを封筒に張り付けて扉を閉めた。
「なにを――」
「しっ、静かに!」
平日、しかもお昼過ぎという時間も相まってか、駅内にほとんど人はいない。静寂があたりに充満していた。
ふと、ロッカー内からがさり、という音が聞こえた。それと同時に、
「キャンサー!」
「――いいだろう』
紫暮は刀を抜いた。
「《
宣言と共に抜かれた刀は、ロッカーの扉をいとも簡単に切断する。鉄の板となった扉が駅の床に落ち、ガランという音を立てた。
思わず周りの様子を見渡すも、気が付いた様子のある人は見当たらない。
「――あ? 何だこりゃ」
狭いロッカー、その中に鎮座する封筒を、人の腕がしっかりとつかんでいた。私でも、スコーピオンでも、キャンサーや紫暮でもない第三者の腕がロッカーの内壁から突き出しているのだ。
「捕まえたぜ」
紫暮がその腕をがっしりとつかむ。それを察したのだろうか、腕はびくりと身じろぎすると、壁の中、正確には内壁に空いた穴へと引っ込もうとする。
「おっと、逃がすわけねぇだろ? 聞こえてんのかしらねぇがおとなしくしな! 留雨十、手伝ってくれ!」
「う、うん」
二人して謎の腕を引っ張るというわけのわからない状況。少しずつ腕を外へと引っ張り出していく。
「ぐぐぐ……」
「この……」
「よいっしょ……」
スコーピオンまでがそれに加わり、ロッカーから三人がかりで何かを引っ張り出そうとする。という、いよいよはたから見たら異常な光景が繰り広げられた。次の瞬間。腕が反発する力を強める。私たちはなすすべもなく、腕が引っ込んだ穴の中へと引きずり込まれた。
◇
「――うぉわっ」
脚が宙に浮く感覚。私は投げ出され、固いコンクリートの上に無様にその身をつける。
「留雨十」
紫暮の手を引き起き上がると、ここがどこかの裏路地であることがわかった。私たちは駅で腕を引っ張ってそれで――どうなった?
「……転移?」
スコーピオンがつぶやく。どうやら私たちは情報屋の魔導書によりどこかへ飛ばされたらしい。
「魔導書ってそんなこともできるんだ……」
「ま、可能性だけなら無限大ってな」
紫暮は私の肩を叩くと、周囲の様子を調べ始めた。
「おい見っけたぞ!」
紫暮の声に顔を挙げれば、誰かの服の裾が路地の向こうへ消えていく。
「追うわよ!」
スコーピオンの声を受けて走り出した。その次の瞬間、パン、という音がした。
私の身体は壁に激突し、鈍痛が全身を襲う。何が起こったのかわからないまま、私は地面に膝をつく。
「――留雨十!」
❖
何が起こったのかわからなかった。あたしの横にいたはずの留雨十が、気が付いた時には壁にたたきつけられていた。
「――てめぇ……」
あたしは背後に感じる気配へ、殺意を振りまきながら振り返る。
「……」
そこには無言で立つ長身の男が、拳を構えながら立っていた。男の周りには光を放つ本がゆっくりと軌道を描いて漂っている。
「……《
ぼそりと長身の大男が宣言した。
「――!」
魔導書発動のサインだ。とっさに刀を鎧へ変え、腕を交差した次の瞬間、突然目の前へと現れた男が放った拳が、鎧へ直撃する。
「こいつ――」
強い。それに慣れている。暴力を振るうことにためらいがない。間違いなくプロだ。
「留雨十大丈夫か!」
「う、うん……なんとか」
腹を抑えながら立ち上がった留雨十は、自分も戦闘に参加せんとする。私はそれを制止した。
「まて! 留雨十はこの裏路地から出ろ! 情報屋を追うんだ!」
「っ――わかった!」
「――!」
「させるかよ」
路地から出ていく留雨十を追おうとした男に、私は立ちふさがる。相手がプロだろうが何だろうが、一刀の元に切り捨てるっつうやつだ。
『……滾る』
キャンサーが小さく呟いた。それをきっかけとして男は再び動く。両掌を合わせ――
パンと打ち鳴らした。
「――う、ぐっ」
まただ。男の姿が一瞬にして消え、そして目の前に現れる。再び放たれた拳であたしは、さっき留雨十がそうなったように壁へたたきつけられた。
「チッ…」
《
したがって常に鎧の状態ならば、ダメージはなくなる。なくなるのだが……
「クソッ……」
あたしにダメージは一切ない。ただ、こちらもダメージを与えられない。衝撃は受け止めきれないので、壁にぶつけられるを繰り返すだけだ。
「無駄なことだ」
初めて口を開いた男がそう勧告してくるが、無駄なのはお互い様。どちらも五十歩百歩。だがその差はいずれ三十歩と百二十歩になるだろう。
「……上等じゃねぇか」
それまでに片をつけてやる。あたしは小さくそう、つぶやいた。
❖
路地から出るとまばらに歩く人々に目を向ける。慌ててあたりを見渡すと、明らかにこちらから遠ざかろうと走る男の姿があった。
「見つけた!」
「魔導書の発動を! 身体教化だけでもしておくわよ!」
私は地面を蹴ると同時に、手を後方へ差し出し、叫んだ。
「スコーピオン!」
「やってやろうじゃない!』
本へ変わったスコーピオンをしっかりと胸に抱く。
「《
宣言。それと同時に魔導書が重力の縛りから解き放たれる。光を放って私の衛星となった魔導書を一瞥し、もう一歩、今度は先ほどとはくらべものにならない勢いで地面を踏みしめる。
魔導書の基本的な身体能力の向上、その恩恵は普段運動を全くしていない私にも存分に発揮された。
一歩は軽く、そして速く、みるみるうちに男の背中が大きくなっていく。男はそこで初めてこちらに気が付いたようで、振り返ってぎょっと目を見開いた。
「お、お前は!」
『――こっちの顔を知ってる。こいつが情報屋で間違いないわね』
だとしたなら、取るべき行動は二つ。交渉するか、それか――
「ちょっと待ってくれませんか! 何も殺そうってわけじゃない!」
なるべく優しく。相手を刺激しないように。こちらが無力なただの娘であると主張するように私は叫ぶ。しかし片刃剣をしまってもなお、男の警戒は解けそうにない。
「そんなの信じられっか! ――ええいままよ!」
男は懐から一冊の本を取り出した。
『――来るわよ留雨十!』
「――うん」
「《
男が宣言すると、突如私は足を掴まれる。見れば地面にぽっかりと空いた穴から生えた手が私の足首を掴んでいた。そのままもんどりうって転び、私は痛みに目をゆがめる。
「――いっ――」
「ひははは! どうだ! これにこりたらもう追ってくるなよ!」
そんな捨て台詞を吐く男を無視して、私は未だ足元にある私を転ばせた犯人である、地面から生える腕をむんずとつかみ上げた。
「いぇぇぇ!?」
前方を走る男が妙な声を上げる。
「つーかまーえた……いてて……」
拘束から抜け、再び地面に空いた穴へ消えようとする腕をがっちりとつかみ、逃がさないようにする。男は顔を真っ青にして、走っている足を止めた。
「おいお前……それ、どうするつもりだ」
振り返った男の右腕は空間にめり込んでいるように手首から先がない。今は私にがっちりと捕まえられている。
「……これが普通の魔導書の能力か……」
『ええ、私たちのように意思も持たず、身体能力強化は微々たるものなうえに性能はピーキー。どう? 少しは自信出た?』
「いやー……自信無くしそ――」
振り返った私の目の前に、真っ黒な銃口が――
「ッ」
耳元で鳴った銃声。キンキンと反響する音と、頬を銃弾が掠める感覚。
「はぁ……はぁ……や、やってやる。やってやる!!」
少し離れたところにいる男が、足元に空いた穴に両手を突っ込んでいる。片方は今私の足首を、ならもう片方は――
「銃――!」
震える手で拳銃を掴む手が、もう一度こちらへ銃口を向けた。
『留雨十ッ! 私を盾代わりに!』
スコーピオンの声。片刃剣を咄嗟に構えると、そこに銃弾が命中した。衝撃が伝わってくるが、それらすべてを片刃剣の表面ははじく。
「……銃弾、銃弾か」
銃。人生で初めて目撃する。しかも初めて喰らう銃弾。
「だけど――」
それは敵も同じだろう。ほら、銃を持つ手は震え、銃口はブレまくっている。
敵も同じなのだ。私と同じ人間で、人を傷つけるのが怖い。
『留雨十! 早く腕を解かないと――』
「わかってる。わかってるけど……」
切りつけるか。この刃で切りつけること、それすなわち切りつけられた者の死を意味する。
「――」
『留雨十!』
「ッ」
私はその場で思い切り跳躍した。腕に引っ張られるが、左右に激しく揺さぶる。そうすれば――
「クソッ」
悪態とともに男は私の足を解放した。
奴の今一番したいことは"一刻も早く戦いを終わらせること"震えを見ればわかる。
「……私も同じだし」
なら、激しく揺さぶられ、今まで以上に銃の狙いが付けづらくなれば、逃げたくなってしまう。狙いを定める方向にシフトしたくなる。
「わかるよ、その気持ち」
相手が慌てれば慌てるほど私の思考は冷静さを取り戻していく。
こちらに向けられた銃口が吐き出す弾は、私に当たりはしない。冷徹な心のまま向けられない銃口は、そっぽを向いているのと変わらない。
「来るなっ!」
男の断末魔にも似た悲鳴の中、私は駆けだした。
男との距離は10mほど、たどり着くには10秒もかからない。
「来るな、来るなっつってんだろ!!」
直線状の空間に穴が開き、男の腕が飛び出す。こちらを掴もうと空を掴むも掴めない。行動は後手後手に終わる。
「クソがぁ!」
男の身体が収縮し、地面に空いた穴へ吸い込まれ始めた。昔教育番組で見たブラックホールの映像のように。
『逃げられる!』
「――わかってる!」
足で地面を踏みしめて、無理やりの方向転換。私が向かう先は真後ろ、ちょうど背後に片刃剣を突き付けた。
「――」
ドサリ、と後ろで銃を構えていた男がしりもちをついた。
――あらゆるところに穴をあけられるなら、とっくに逃げおおせているだろうし、私だって既に殺されているはずだ。だから法則性がある。
そして見つけた。
「穴は今まで通ったところにしか開けられない」
怖いはずだ、ここで逃げれば一生いつ私に殺されるかとビクビクしなければならない。ならばきっとここで、確実に仕留めたい。
「だから背後、そしてもう銃弾を外しようがない至近距離だと思ったんです」
私はしりもちをついた男に刃を突き付けた。
「もう逃げないでくださいね」
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