ページを開けて、表紙を閉じて -後-
刀の一振りによって、樹木が切断される。樹木伐採のドキュメンタリーでしか聞いたことのない音を立てて、樹木は地面へ倒れこんだ。
『いい加減使う気になった!? 私の能力!』
「まだっ――なんて言ってる暇はなさそうだね!」
公園から離脱し、戦闘は林の中にその舞台を移したわけだが、以前私の置かれている状況は悪いの一言に尽きた。というよりも前より悪くなっている。少女の刀はその一太刀であらゆる障害物をバラバラにするため、逃げながら戦うことは不可能に近く、真正面から戦える技術を私は持ち合わせていないのだから。
「でもこれ使う暇が――」
スコーピオン――魔導書、その名も《
『接近できないと辛いわね……』
「それなら!」
背後からの刀を防御すると、私は思い切り横へ跳ぶ――隣の樹を片刃剣で僅かに傷つけて。
「逃がすか――」
私を追って少女が走りだす。その行く手を倒れ始めた樹木がふさいだ。
「なにっ!」
少女はとっさに刀を振る。木は両断されるが――
「うぉりゃぁ!」
両断された木の向こうから私は飛び出す。あっけにとられた女は急いで刀を構えるがもう遅い。片刃剣の切っ先は少女の身体を――
「――まだまだぁ!」
刀がほどけた。それはみるみるうちに鎧へと姿を変え、女の姿を覆って剣撃をはじく。
「クソッ――」
私は悪態をつきながら急いで後退する。今度は2本、木を切りつけると、木々はみるみるうちに枯れ、根元から折れて即席のバリケードになった。
「――なぁるほど」
そのバリケードも一瞬にして細切れになった。再び刀を手にした少女はこちらをにらみ、
「それがお前さんの能力か」
――《
『こっちの手の内はもう完全にバレたわね』
「――いいや、まだ行ける」
これはかなり危険な賭けだ。さっきの小屋の作戦も危険ではあったが、これはそれ以上。だが、これ以外方法を思いつかない。
「そのためには本の姿じゃない君にも手伝ってもらわなないと」
『えっ?』
スコーピオンは素っ頓狂な声を上げた。
❖
「チッ、またかよ」
次々と枯れて倒れてくる木々を刀で切断しながらあたしは前へと進む。こうしてちょこまかと逃げられるとイライラが募るばかりだ。
『どうやら敵は命を終わらせることができるらしいな』
「ああ? じゃああたしも一撃受けたら終わりか?」
『知らん、早く戦え、刃を交えろ』
「はっ、この
武人だかなんだか知らないが、あたしの相棒は少し戦いに飢えすぎている。これでも1人で突っ込んでいかなくなっただけマシになったのだが。
「それよりも!」
あたしは声を荒げた。
「なんであいつは木を殺せる? あたしは切れるのに」
あたしの相棒こと《
『それは前も説明しただろう。認識の違いだ。お前の中では木の幹は生き物の生身ではない。だが、敵の認識では木も紛れもない生身の一つだということだ』
「チッ」
またそれだ。認識の違い。どうにもあたしには難しすぎて理解できない。
「まあいいや、要は攻撃を食らわなきゃいいんだろ?」
そう考えれば話は早い。難しい思考は放棄して、ただ赴くままに、そう考えてあたしは再び枯れ木を切断した。
「――」
その向こうに人影、刀の刃は確実にそれに手痛い一撃を叩き込んだ。
「懲りずに同じ作戦か? 残念だが――」
――影は切断され、斜めに落ちる。
切れた。ということは――
「これ、生身じゃ――!」
木を使ったデコイ――
「こっちだ!!」
横から突撃してきた片刃剣をなんとか受け止める。危なかった。さっきも剣を打ち合わせたが、今はもうその一撃の価値が違う。かすっただけでももれなく即死が付いてくる。
「舐めたマネをぉ!」
あたしは刀を鎧化させようと、剣をはじこうとする。だが。
「こいつっ――」
気合いだ。奴は気合いだけでこちらを抑え込んでいる。まるでここさえ乗り切れば後はどうでもいいというかのように、思い切り力を入れ、文字通りの全力であたしに後退を許さない。
「こうやって無理やり抑え込めば、お前の鎧は出せない。そうだろ?」
奴はそうのたまった。むかつく顔だ、怖がってるくせに生にしがみついているくせにどこか輝いている。こちらの神経を逆なでしてくる顔だ。
「だから何だ! テメェがこっちに力負けしてるのは変わんねぇんだよ!」
あたしも負けじと力を籠める。確かにこの状態じゃ刀を鎧に変換することはできない。どちらかにしかなれないあたしの相棒が、鎧に変換中のところを奴の一太刀が命中、そのままあの世へさようならだ。だが、このままこちらも死ぬ気で押せば、力勝負に持ち込めば最終的に勝つのはこっち。
「テメェがどんなに覚悟をしようと! 勝つのは! あたしだぁぁ!!」
『――これだ。これこそ我の求めた戦いというもの』
お互いが全力でぶつかり合う。相棒のお気にも召したらしい。
思いっきり腕に力をこめる。奴を倒す。殺す。完膚なきまでに叩き潰す。ただその意思を胸に抱いて――
ふいに、奴の勢いが消えた。
「はっ?」
あたしが打ち合っていたはずの片刃剣は光の粒子になり消え、それと同時に奴の周りを漂っていた青い魔導書はその輝きを失った。
❖
ミソは2つ。1つは相手の鎧だ。あの鎧は刀から鎧へ、鎧から刀へモードチェンジのように変わる。つまり同時に存在できない。だから近くで本気の鍔迫り合いに持ち込めさえすれば、変える暇のない鎧はもう出てこない。
2つめはスコーピオン。彼女は魔導書から人型へいつでもその姿を変えることができる。逆もまた然りだ。つまりは――
「テメェがどんなに覚悟をしようと! 勝つのは! あたしだぁぁ!!」
『――これだ。これこそ我の求めた戦いというもの』
奴の宣言が響く。私は必死に押し返しそして――魔導書を、解除した。
「はっ?」
間抜けな声が響く。青い片刃剣は消え、魔導書はその光を失って――それではまだ終わらない。
本はみるみるうちに幼い少女へ姿を変えた。力をぶつける先を失った刀がそのまま直線距離で私の肩の皮膚を破り、肉に深く切り込む。
「――ッぐぅ」
そのさらに先、女の顔の真ん前で人の形へと姿を変えたスコーピオンはその顔面に強烈な蹴りを入れ込んだ。
「ふぐっ」
間抜けな声と共に女は地面へたたきつけられた。
「――このっ!」
少女はすぐに刀を突き立て、体勢を立て直す。さすが戦い慣れしている人は違うな。
しかし起き上がった少女の目の前に私の姿はない。慌てて振り向こうとする女の首元に再び引っ張り出した片刃剣を突きつけた。
「――クソ」
刀を持つ少女が両手を上げ、悪態とともにそれを落とすとそれは粒子になって消えた。それと共に彼女の周りを漂っていた本もその輝きを失って草むらへ落ちる。
「降参だよ、降参。戦闘中に、しかも刃と刃がぶつかり合っている最中に誰が魔導書を解除すると思うよ。完全にやられた。完敗だ」
少女はその場に胡坐をかいて座り、目を閉じる。
「……ほら、早くしろよ」
「えっ?」
私は思わず聞き返してしまった。
「え? じゃねぇよ。ほら、早く殺せ。お前の
「……それは、ちょっと」
「は?」
「え?」
私と少女の声が重なる。
「お前正気か!? あたしを殺さないでなんになる!?」
「だって、怖いし」
いくら小さな傷からでも殺せるとは言っても、さすがに抵抗があるというものだ。
「かーっ、甘っちょろぇ! 初心者特有の甘っちょろさだな。いいかよく聞け!」
少女は立ち上がり、すごい形相で私に顔を近づけた。私はそれに押されて顔を後退させる。
「戦いっつうのは殺すか殺されるかだ。殺さなかった場合相手に恨みを買い、後からもう一度殺しに来るかもしれねぇ。取り逃がすときはあってもそれは失敗なンだよ!」
「お、おおう……」
『私もその意見には同意するけれどね」
私の周りを漂っていた魔導書が光を放ち、幼い少女へと姿を変えた。降り立ったスコーピオンは、やれやれと言った風に両手を広げる。
『ふん……その考え方は戦場では通じん」
続いて地面に落ちていた女の魔導書が光り輝き、白髪の少女へと姿を変えた。
「
「あーもううるさい。あたしたちは負けたんだよ」
「紫暮……?」
「あ? ああ、あたしの名前だよ。
少女――紫暮は頭をぐしゃぐしゃと書くと、ため息をついた。
「ともかく! あたしは負けた! お前は勝った! ほれ、持ってけ」
ぐい、と紫暮は白髪の少女を私の前へ押し出した。
「えっと?」
「おいおい嘘だろ? それすら説明してねぇのかよ!?」
アメリカのコメディのように大げさに腕を振り乱し、彼女はスコーピオンへ顔を向ける。
「おい! 初心者に説明くらいしとけよ! これでもし願いもよくわからん、とかなったらあたしはブチ切れるぞ!!」
「そんなことを言われても今日、あの時に出会ったばかりだもの、ね?」
「う、うん」
「へっ?」
途端に紫暮は目を丸くした。
「誰かさんが? 留雨十を私の所有者だと勘違いして? 襲ってきたから説明する暇なんてとてもとてもー」
スコーピオンは大げさに首を振って見せた。
「……それ、マジなのか?」
「マジもマジ、大マジよ」
「適当な方便とかじゃなく?」
紫暮はこちらにも目線を向けてくる。私が無言で首を縦に振ると、彼女は――
「スマンかった!」
その場で膝をつき、深く、深く土下座をした。
「まさか本当に戦闘が初めてだとは――」
「言ったのに……」
「本当にスマン! てっきり挑発の一種かと!」
地に頭をこすりつける。をまさか比喩ではなく本当に見ることになるとは。
「もういいから!」
そう言って手を取り、立ち上がらせた少女――紫暮の頭は土にまみれていた。
「しかしあたしは――」
「えっとじゃあ仲間になるっていうのは……?」
「はぁ!?」
スコーピオンが素っ頓狂な声を上げた。
「正気!? こいつさっきまで私たちを殺そうとしてたのよ?」
「いやでもいい人っぽいし」
「演技かもしれないでしょうが!」
「我はいつでもお前たちの寝首を掻ける」
「お前はいい加減余計なことを言うなよ!」
物騒なことを言う白髪少女の頭を夕雨 紫暮がポンと叩くと、少女は心底嫌そうに身体をねじった。
「ひとまず……もう私たちを襲う気はない――んだよね」
「ああ、あたしはもうお前を襲わない」
ひらひらと手を振りながら紫暮は続ける。
「正直まだ諦めきったわけじゃねぇが……それでもこっちが関係ないお前さん――えっと留雨十でいいんだっけか」
紫暮の視線に頷き返す。
「――留雨十を襲っちまったのは事実だからな。そのけじめはちゃんとつけるさ」
「ひとまずこれからどうしようかしらね?」
スコーピオンの言葉に私は頭上を見上げ、
「とりあえず……今は家に帰りたいかな」
そう、つぶやいた。
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