第8話 休日(2)
13時半頃に活動場所に着くと、既にチーム分けが終えられており、見知った顔や見知らぬ顔が或いはビブスを着て、或いはそのままで同じコート上でボールを追いかけていた。その様子から、活動開始時間きっかりに始まったということが分かる。流れる汗とか、息遣いとか、そういうもので推測できるのだ。
「あ、尾崎さんお疲れ様です」
金山が俺の姿を認めて挨拶をする。今は休憩中らしい。
「おっす。めっちゃ人多いな」
「ですよね。25人くらいいるもんなー」
うんざりしたような声を出す。実際、コート外で待機している連中は、いつもの数倍の人のように感じる。普段は大抵10から15人くらいでやっているのである。まあ、新歓時期だから仕方ないのだけれど。
「でも、天気がよくてよかったっす。初日から中止とかシャレになんないし」
フットサルといっても、この大学のサークルは屋内を使わない。代わりに外に設置されたコートを使用するのだ。だから、雨が降ったり雪が降ったりしてコンディションが悪くなると、練習は中止せざるを得ない。代替で使用するコートを借りればいいという話になるが、ゆるいサークルにそれを求めるのは酷だろう。
カバンを下ろしてシューズを履く。ストレッチ、そして軽くボールを触ると、飽きるのでスマホをいじる。ソシャゲをする。あるいは本を読む。これが俺の常々のムーブだ。もはや誰も気にしない。
「ちょっと尾崎さん、新入生と話さないんすか?」
金山が、新入生と会話する片手間に声をかけてくる。器用な奴だなあと思いつつ、俺には真似できないとも思う。
「いや、俺はそういうの苦手だし」
「とか言って、割と平気で話すじゃないですか」
「あれは気分が乗った時だけだよ」
「めんどくせー」
口では悪態をつきつつ、笑いは崩さない。これも高い技術が要求されているのかもしれない。ちなみに俺は感情が露骨に顔に出るらしい。
「そうそう、女子がひとり来たんですよ」
「ああ……」
「ああ、って何ですかその反応。尾崎さんらしくない」
「つっても、俺が誘ったやつだしな」
「え、そうなんすか? なんだ、なかなか隅に置けないっすね」
「誰に向かって口きいてんだお前」
そんなやり取りをしていると、試合が終わる。そうして都合よくチーム替えらしい。
コートから引き揚げてきた人の中に、松川の姿が認められた。今日は赤の半袖半ズボンで、やや長めの髪を後ろで縛り上げている。
「よっ」
「あ、尾崎先輩……どうも」
丁寧に頭を下げる。もう見慣れた。
「どうだ? やってみて」
「はい。ちょうどいいです。結構疲れますが……」
「はは、そうだろ。うちは意外と走る人間もいるからな」
「そうみたいですね」
そこに、先輩の
「なになに、尾崎、知り合い?」
「まあ、一応」
「いやー、まさか女と無縁なお前に彼女ができるとはなー」
「やめてくださいよ」
そもそも女と無縁って、それはあなたが観測した範囲で、でしょうが。俺だって言葉を交わす異性くらいはいるんだぞ。丹波とか、丹波とか……丹波とか。
「ま、もしこのサークル入りたいってなったら部長に言ってね。LINEグループに招待してもらえるから」
「はい、分かりました。ありがとうございます」
変な冗談を言われたのに、ちゃんと返す。大人だなあ、と思ってしまう。俺の方が年上なのに。
「いや、ごめんね。あの人あんな調子だからさ」
「いえ、別に気にしてませんから」
「そう? ならいいけど」
「それよりほら、もうチーム分け始まりますよ。行きましょう」
「お、おう」
まさかの新入生に先導されて、俺は集合した。恥ずかしい。
その後は何事もなく、3時間ほどフットサルをやって終了した。新入生を焼肉に連れて行こうと金山が企画しているが、金を払いたくないのでこっそり退散させていただくことにする。だって俺、このサークルで新歓時期に奢られたことないし。
ちらりと盗み見ると、松川のところには人だかりができていた。もちろんオール男子。まあ、今日見た感じでは普通に男子相手に遜色なく動けていたし、可愛いし、当たり前か。人気者は大変そうだ。俺の周りに人間はいないけど。
と、松川は俺の姿を認めると、急いで頭を下げて、こちらへ小走りで寄って来た。
「先輩、今帰るんですか?」
「ん? ああ」
「この後どこかに寄ったりするんですか?」
「いや、寄らんな。お前こそ、焼肉行かなくていいの?」
「私はああいうのが苦手なので……」
「ああ……」
分かってしまう。知らない人間と飯を食いに行くのは、ともすれば拷問に等しい。コミュ力おばけが話しまくる一方で、口下手な人間は孤立し、黙々と焼肉を焼き続けざるを得ない。しかも焼けたらおばけにかっさらわれる。世知辛い。奢られるにしても度胸は必要だ。
「じゃあ帰るか。お前家どこ?」
「八幡です」
「無難なところだな」
「無難ってなんですか。いいとこじゃないですか」
「もちろん。俺だって去年まで住んでたし」
「あっ、そうなんですか? 現在は?」
「川内」
「近いですね」
「近いな」
すると、松川は顎に手を当て考えこんだ。そして、
「では、今日先輩のおうちにお邪魔してもよろしいでしょうか?」
「は? なんで?」
いくらなんでも唐突すぎる提案だ。
「晩御飯をご馳走になろうかな、と」
「たかる気満々だなお前」
言うようになったな。
「それと、佳乃子ちゃんとお喋りもしたいので」
「ああ。なるほどな」
「佳乃子ちゃん、今日誘ったんですけど、別のサークル回るって言って……」
「お前マジで誘ったの? あいつ、運動神経は結構ヤバい方だぞ」
「そうなんですか?」
「そうなんです」
「その返し、腹立つのでやめていただけませんか?」
「はい」
割とマジなトーンで言われる。
「本当は一緒に来たかったんです」
「まあ、それはしかたがないな。それぞれ興味あるものも違うだろうし」
「ですから、家にお邪魔して佳乃子ちゃんとお話ししようと……」
「なるほどな」
論理的かといえば全くそうではないが、かといってこっちに断る理由もない。それに、佳乃子が会いたがったら、俺に断ることなどできない。
「じゃあ、電話して聞いてみるから待っててくれ」
「はい」
結局、佳乃子が二つ返事でオーケーしたので、今晩は我が家の食卓に松川も加わることになった。しかもお泊り。一回家に帰ってシャワーその他諸々を済ませたいうので、19時に改めて集合ということになった。さて、今日はどんな晩御飯になるのだろうか。ちょっと楽しみな俺がいた。
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