第7話 休日(1)

 大学で二年過ごそうが、休み明け最初の一週間は途方もなく長く感じる。入学してから今までの二年間は、思えばあっという間だったのに、それでも最初の一週間の講義はとてつもなく長い。相対性理論とはこのことだろうか。

 とにかく、その一週間を乗り切った俺は、久々の休日――二か月休んでおいてなんだが、久々に感じる休日を迎えた。それがまるで天使の果実のように甘美で、いつまでも布団にくるまっていたいように思う。いや、それは年がら年中そうなんだけど。

 しかし、残念なことに俺の惰眠は長くは続かなかった。というのも――


「ほら真治君起きて! 今日サークル行くんでしょ?」


 こうして、きっかり朝9時に、同居人の佳乃子に起こされたからだ。


「いや、まだ9時だし……サークルは13時からだし……」

「グダグダ言わない! 人の脳は起きてから三時間経たないと覚醒しないんだからね!」


 寝ぼけている俺の頭では、適当な反論も浮かばない。悲しいことに、一度起きればもう寝付けないという体質を持ってしまっているから、しぶしぶ布団から出る。と、その時感じる寒さ。4月に入ったとはいえ、まだ東北から冬将軍は去っていないようだ。


「うう、寒……」


 ぶつくさ言いながら、目の前に出されたコーヒーを啜った。苦みと、それから熱が鼻を抜け、喉を通り、俺の腑へと落とし込まれてゆく。それがリアルに感じられる。熱とは意外と役に立つものだ。

 ちなみに、食事は二人で摂ろうという佳乃子たっての希望で、佳乃子の部屋で食べることにしているから、俺は今佳乃子の部屋にいるということになる。なんでも、食事は皆で食べたほうが脳にいいんだとか。なんだそりゃ、そんな眉唾な情報に俺は引っかからんぞと言おうかとも思ったが、別段困ることもないので、甘んじて受け入れている。


「はい、今日はトーストと目玉焼きだよ」


 佳乃子がご機嫌に配膳する。トースト二枚と目玉焼きが二つ分。まずはトーストにジャムを塗り、目玉焼きに醤油をかけて、手を合わせる。


「いただきます」

「いただきまーす♪」


 朝からテンション高いなと思いつつ、トーストを一口ほおばる。それから目玉焼き。


「どう?」

「うん、美味いよ」

「ほんと? よかった」


 実際は、トーストは焼けば誰がつくろうと同じ味になるだろうし、目玉焼きも卵をフライパンで焼くという点では差は出ない。

 が、それでも美味しいと感じるのはなぜだろうか。一人暮らしの時は朝は食べないか、トースト一枚で済ませていたが、今だって劇的に豪華になったわけではない。それでも、パン一枚をとっても美味しい。不思議なことだ。誰かと食べることが心にも味覚にも影響するということだろうか。


「お前は今日何時に起きたんだ?」

「8時」

「早……」

「今日はサークル見学に行くからね」

「ああ……」


 休日でも活動しているサークルは多い。というより、皆休日こそ本腰を入れて勧誘に励んでいるように思える。学生も休日にかかわらず、キャンパスへ行って物色するようだ。ちなみに俺が一年生の時は、休日は寝て過ごしていた。


「どこ行くんだ?」

「えーっと、バレー、バスケ、ラクロス、軽音楽……」


 いろいろなところを見るようだ。それも大事だろう。


「松川と行くのか?」

「え? ううん、別の学部の友達と。彩音ちゃん、真治君のサークル行くって言ってたし」

「ああ、そういえばそんなことも話したっけな」


 それよりも、佳乃子にもう別の友達がいるというのに驚いた。リア充は友達をつくる能力も高いのだろうか。それともこれが普通? いずれにせよ、学部に知り合いが2、3人しかいない俺には遠い世界である。


「そっか。でもうちは女子がほぼゼロだし、大丈夫かな」

「彩音ちゃん上手ならいいんじゃない?」

「確かに」


 男子の絶対数が少ないこの大学では、必然的に女子の人数は限られる。しかもフットサルという、男のプレイ人口が多い協議ならなおさらだ。


「ちゃんとフォローしてあげてよね。男子が多いと彩音ちゃん、浮いちゃうだろうし」

「確かに」


 ただでさえ男ばかりのサークルに女子、それも松川みたいな美人が来ると、周囲がそわそわするし彼女も浮く。人とのつきあいも上手くない(だろう)松川にはアウェイこの上ないだろう。微力でも力になれるならば、不肖尾崎真治、助太刀致す所存でござる。


「まあ、別に溶け込めなくてもフットサルはできるから問題ないだろ」

「ばか、馴染めないといづらいでしょうが」


 おかんみたいなツッコミをされる。というか、こいつと一緒に暮らし始めてから、なんだかこいつの母親っぷりに磨きがかかっているような気がする。昔はこんな感じじゃなかったはず。


「……冗談だよ」

「冗談でもだめ」

「はい」


 なんだか子供扱いされている気分になる。もう21なのに。しかし、21でも子供は子供だろうか。大学生なんて身体だけ成長した幼稚園児みたいなものだし。


「ごちそうさま」


 そんなことを考えているうちに、食事が終わる。無意識にたべていたらしい。無意識って怖い。


「じゃあ、俺が洗っておくから、シンクに運んどいてくれ」

「はーい」


 家事は一応分担しようということになっている。買い出しは原付を運転できる俺が担当になっているから、佳乃子のまた強い申し出で、ご飯は彼女がつくることになっている。別に変に引け目を感じてほしくもないのだが、損得勘定が発達しているのだろうか。案外世慣れているのかもしれない。掃除や洗濯、ゴミ出しは当番制か、気づいた方がやることになった。そうなると、両方とも互いに雑務を押し付けることになりそうだが、俺と佳乃子にあっては例外らしく、双方こまめにチェックしては済ませている。目立ったトラブルは起こっていない。

 洗い物を終え、ゴミ袋を見る。まだ溜まってはいないようだ。洗濯も昨日したばかりだし、食料も充分にある。休日だし、サークル前に雑用をしようかと思っていたが、特にやることはない。

 暇だ。こんな暇な時は、家で漫画を読むに限る。

 が、部屋に戻ろうとすると、佳乃子に引き留められた。


「どこ行くの?」

「いや、漫画でも読もうかなって」

「だめ、私と話そっ」

「いや、なんでだよ――」

「文句を言わない!」


 ピシャリと言われる。頭をかいたが、別に暇なので断る理由もなかった。それに、変に嘘をついて断って、後でお怒りを被ってもいやだから。


「分かったよ、で、なんの話をするんだ?」

「今日回るサークルのさ、評判教えて」


 こうして午前中いっぱい、佳乃子との雑談に付き合わされた。サークルの批評の後は、今週あったこととか、この講義はどうだとか、最近この本が面白いとか、そういうことを話した。

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