第3話 入学式

 遠縁の親戚・佳乃子と同居生活を初めて数日が過ぎ、4月6日になった。すなわち大学の入学式の日、である。

 こちらの暮らしに慣れたとはいえ、流石に佳乃子も緊張しているようで、そわそわしている。着たスーツを何度も姿見で確認したり、髪をしきりにいじったり。


「おい、そんなそわそわすんなよ。気が散るから」

「む、なによ。今日は入学式だからしょうがないじゃん。てかなんで真治君も起きてるの? まだ春休みじゃないの?」

「今日は俺も入学式に行くんだよ、チラシ配りに」


 そう。俺の所属しているフットサルサークルは、今年も新入生勧誘のため、ビラを配りにわざわざ富沢の体育館まで行く。はっきり言うと大学三年生にもなってすることではないが、ビラを配る際に新入生と言葉を交わすのが案外面白いので、一つ下の部長に手伝いを申し出たのだ。


「そうなの? じゃ一緒に行こ!」


 佳乃子はなにやら嬉しそうに言う。さっきまで緊張でそわそわしていたが、今は喜びが大きいらしい。こちらとしても安心する。なんだか、妹を見ているような気分になる。


「そうだな。ていうか早めに出た方がいいんじゃないか? どうせ地下鉄は混むだろうし」

「そだね。じゃ早く行こっか」




 余裕をもって出たつもりだったが、地下鉄はうんざりするほど混みあっていた。どこを見ても人、人、人。黒や紺のスーツに身をつつんだ新入生が、親や友人とペチャクチャ喋り合っている。

 地下鉄南北線にはかろうじて乗れたが、中はまさにすし詰め状態で、手をちょっと動かすスペースもない。

 隣を見ると、佳乃子がスーツの群れに押しつぶされんばかりになっている。小柄だから、あたかも黒い波にのまれているようである。


「おい、大丈夫か」

「う、うん。なんとか……」


 言葉では平気なものの、声音は辟易しきっているようだ。この人いきれなのだから無理もない。しかも終点の富沢駅までこのまま行くのだから、よほどの胆力がいる。

 下車するまでに参っていないかどうか。

 とにかく会話をして意識を保たせる。


「興味あるサークルはあるのか?」

「まだ調べてないから分からないや」

「友達、できそうか?」

「真治君がいればいいや」

「またそうやって気恥ずかしいことを言う」

「えへへ、駄目?」

「友達はいるに越したことがない。講義サボってもレジュメ貰えるし。大学は高校に比べて自分から動かないと情報が入ってこないから、友達を持っておいた方が安心だ。休講情報さえ入らないこともある」

「それって友達って言えるのかな」

「便宜上友達と呼ぶだけ、かもな」

「なんだか寂しいね」

「別にそこから友達になればいいだけだ。サークルに入ればもっと知り合いが増える」

「そっか」

「まあ、悔いのない大学生活を送るようにな」


 最後の一言は、自分の後悔と戒めのための言葉でもあった。




 地下鉄を下車して、体育館で佳乃子と別れ、俺は新入生が通る花道の脇に陣取った。

 ビラ配りメンバーでは俺が一番乗りらしい。まあ、時間にルーズな人間が多いから仕方がない。

 ベンチといった座る場所もないので、疲れるが立つことにする。

 まだ他のサークルもまばらで、準備のかかるところは早くも勢ぞろいといった感じだ。奇術部は手品の予行演習をしているし、相撲部はまわしに着替えている。

 寒くないのだろうか。

 と、そんな感想を持つと、自分の身体に震えが走る。4月とはいえ東北は寒い。仙台でも例外ではない。


「コーヒーでも買うか」


 近くの自販機であったかいコーヒーを買って戻る最中、道端に人がうずくまっているのが視界に入った。

 舗装路の端に腰かけ、膝を抱えてうずくまっている。スーツを着ているので新入生だろう。ひざ丈のスカートを履いた女の子だ。早く来すぎて友達を待っているのか、それとも親も友人もいなくて所在なさげにしているのか。

 どうも後者に見える。


「……こんにちは」


 気づけば話しかけてしまっていた。相手が気の毒と思ったのか、自分の退屈しのぎだったのか。俺はそんなにお人よしじゃない。

 声をかけられた少女はハッとして顔を上げた。

 勝気なつり目に通った鼻筋、薄く引き結ばれた唇。切れ長の目は心なしか潤んでいる。

 端正な顔立ちだが、どこか寂寥感を思わせた。


「……こんにちは」


 少女は、無愛想に言うとまた顔をうつむける。

 うーむ。

 少し思案して、俺は再び自販機へ戻り、微糖のコーヒーをもう一つ買った。そして、依然としてうずくまる少女に近づく。


「ほれ」

「……」


 少女はしばらく俺の手にある缶コーヒーを凝視していたが、ようやく俺からの贈り物だと気づき、受け取った。


「私、ブラックコーヒー派なんですけど」

「それはすまんな。俺の飲みかけととっかえるか?」

「結構です」


 そうしてプルタブを開ける。一気に呷る。そんなに豪快に飲んで、式中に尿意を催さないだろうか。俺なら絶対に膀胱が破裂する。口には出さないけど。


「友達待ちか?」

「……いいえ」

「友達いないの?」

「あなたには関係ないじゃないですか」

「大丈夫だ、俺もいない」

「……なんですか、それ」


 少し笑った。可愛い笑顔だ。そのまま笑っていればいいのに。


「学部は?」

「法です」

「おっ、俺と同じだ。俺三年生」

「そうですか」

「どっかで会うかもしれないけど、よろしくね」

「……よろしくお願いします」


 不服といった様子。何がご不満なのか。


「どっから来たの?」

「佐賀です」

「佐賀! それはまた思い切ったもんだ」

「地元のしがらみにとらわれたくなかったんです」


 そう言う少女の目は、暗い色を湛えていた。きっと地元に嫌な記憶があるのだろう。

 よくあることだ。

 自分を変えたくて遠いところに来るとか、案外そんな単純な理由で大学を決める人は多い。高校時代、「明確な目標をもって志望校を決めるように」と教師から口を酸っぱくして言われたが、あまり効果はないようだ。


「そ。俺秋田出身。遠いね」

「遠いですね」

「なんか質問とかない? 秋田だぜ?」

「どういうことですか」

「秋田なんて知らないでしょ。俺も佐賀知らないもん」

「秋田美人って本当にいるんですか?」

「いるいる。すごいよ。俺も地元にいた頃は分かんなかったけど、仙台に来てまた帰省したらさ、レベル高いのなんのって」

「先輩は、秋田美人の彼女さん持ちですか?」

「はは、それは内緒」

「そうですか」


 会話が途切れる。あまり口数の多くない子らしい。


「俺の親戚の子も今年法学部に入るんだけどさ、仲良くしてやってよ。こっち来て日が浅いし」

「新入生は皆そんなものだと思いますけど」

「ははっ、言えてる」

「……お名前は?」

「ん? 佐々木佳乃子っていうんだけど」

「それもそうですけど! あなたのお名前は?」


 じれたような声だ。ちょっと怒らせただろうか。


「ああ、ごめんごめん。尾崎真治。君は?」

松川彩音まつかわあやねです。よろしくお願いします」


 そう言ってお辞儀をする。礼儀正しい。俺も慌てて軽く頭を下げた。


「うん、こちらこそ。何か分からないことがあったら聞いてよ。君どうせ、人付き合い上手くないでしょ?」

「……余計なお世話です」


 顔を赤らめてそむける。が、反論はない。図星のようだ。


「多分最初だと時間割の組み方とか施設の場所とかよく分からないことがあると思うからさ、そういう時は頼ってね。そうだ、LINE持ってるかな?」

「え、ああ、はい」

「俺基本的に暇だからさ、困ったら気軽に相談してよ」


 そうして連絡先を交換する。なんだかナンパ師の猿真似みたいだ。客観的に自分を見て、少し恥ずかしくなる。


「あ、ありがとうございます……」


 何だか釈然としない様子だが、まあ、実際俺も一年生の時に困ったことが多くて、相談できる人がいなかったから、力になれるなら嬉しい。それだけ。やましい心はない。


「あ、じゃあ私そろそろ行きます」

「ん? ああ、そう。またね」


 まだ時間は早いが、松川はぺこりとお辞儀して小走りに体育館の方へ走っていった。

 少しフレンドリーすぎただろうか。

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