第2話 案内

「お邪魔しまーす」

「お前の部屋だろうが」


 仙台駅から地下鉄東西線に乗って川内かわうち駅で降り、五分も歩けば俺たちの新居に着く。坂が多く、重い荷物を持ったままでは難儀しただろう。


「うわー広ーい。あ、まだ段ボールとか出してないんだね」

「まあ、見られたくないものもあるだろうし。どっちがどっちの部屋にするかもまだ決まってないから」

「え? 一緒に寝ないの?」

「いや、なんでだよ」

「だって各部屋にテレビ一台ずつなんて無理じゃん。いちいちお互いの部屋行き来するの?」

「俺テレビ観ないし」

「え、うそー⁉」


 と、ことさら驚いたような反応。しかし、俺の知り合いにもテレビを持っておらず、もっぱらパソコンで用事を済ませている人間も多い。バラエティ番組を観ないからなおさらだ。


「それに一緒に寝るって……」

「私はいいよ?」


 なぜかまんざらでもなさそうである。しかも、潤んだ視線を執拗にこちらに向けてくる。おねだりだろうか。ちょっと可愛いと思ってしまう。


「――俺がよくないんだよ」


 顔の温度が上がっていくのを感じたので、ぶっきらぼうに言って顔をそらす。佳乃子は「えー」と、まだ文句たらたらのようだが、いくら知り合いとはいえ可愛い子と一緒の部屋で寝るのは、俺には荷が重い。


「てか、さっさと部屋決めちまおう。お前もそのデカい荷物抱えっぱなしってのもよくないだろうし」

「うん。そうだね」


 とは言っても、二つの6畳にはこれといった違いもないので、玄関に近い部屋が俺、他方が佳乃子の部屋というように、すんなり決まる。

 さて、今日は3月27日。大学の入学式は4月6日と、そこまで時間があるわけではない。それに、見知らぬ土地に来た佳乃子は、俺以上に期待と不安が相混じっているだろう。買い出しや遊びのためにも、ここらへんの地理を一応教えておくに越したことはない。


「なあ、今からちょっと出かけるか」

「えっ? あ、うん。でも荷物がまだ……」


 佳乃子は段ボールの荷ほどきをしている最中だった。


「大丈夫だろ、布団さえあれば。もうキッチンも使えるはずだし、数日は困らない」

「そ、そうなんだ……。うん、分かった、行こう!」




 まずは八幡はちまんのあたり。ここにはスーパー、書店、理容院、病院など、一通りの店が揃っているので、まず生活には困らない。遊び場には向いていないが、これから川内で暮らすにあたっては、何度もお世話になる場所だろう。

 そこに向かうには、下り坂を降りて橋を渡り、またさらに坂を登らなければならない。その後は平坦な道だが、やはり起伏に富んでいると言って差し支えない。道すがら、佳乃子も、


「坂が多いんだね……」


 と、げんなりしていた。

 坂を登った後は、大崎八幡宮おおさきはちまんぐうの朱色の鳥居を左手に見つつ東漸とうぜんする。昔懐かしい小さな居酒屋や病院、麹屋などを過ぎると、道路を挟んでこちら側に生協や百均が入ったプラザ、向こう側には西友が見える。


「品揃えは生協のほうがいいけど、値段はだいたい西友の方が安いから、食べ物買う時は西友の方がいいぞ。まあ、シャンプーとか洗剤は生協の方がいいけど。……お前免許持ってる?」

「ううん、持ってない」

「じゃあ当分俺が買い出しに行くから、まあ……いいか」

「どういうこと?」

「ここらへん坂多いだろ? チャリとか歩きだと難儀するから、原付持ってる人が多いんだよ」

「ふーん」


 そうして八幡近辺の説明を一通り終えた。

 さて、次は新歓時期に足しげく通うことになるだろう飲み屋街に行くべきだろうが、何しろ少々遠い。徒歩30分、地下鉄を利用してもあまり変わらない。正直俺は慣れているから歩いて行けるが、佳乃子は疲れないだろうか。

 ……いろいろ思案した挙句、電車代をケチって歩くことにした。




 八幡からさらに東へ歩くと、やがて大学病院が見え、ちょっとした都市の様相を現し始める。ファミレスもそこらに散見されるし、道路は片側三車線になる。人通りも車通りも激しく、平日とはいえ変わらない。


「ここらへんも結構都会なんだねー」


 佳乃子が感心したように言う。


「まあ、かもな。俺はあまりこっちに用がないから」

「そうなの?」

「医学部に入ればホームだろうけど、それ以外だと本当に来ないからな」

「へえー」


 と気のない返事。

 さらに歩いて右に曲がると、今度はあちこちに居酒屋や料理屋が見られるようになる。


「ここらが国分町こくぶんちょう。まあ一口に言えば飲み屋街だな。多分新歓コンパだとこの辺りの飲み屋に連れて来られる」

「へえー。私未成年だけど大丈夫かな?」

「良識あるサークルなら大丈夫だろ。ただ、悪質なところだとアルハラもあるから気を付けた方がいい。後で教えるよ」

「ほんと? ありがとー♪」


 と、いきなり佳乃子が俺の腕に抱き着いてきた。勿論初めての経験。服の材質の上から、女の子の柔らかさというのだろうか、クッションかマシュマロかそんな感じの弾力が、腕を伝って脳に信号を届けてくる。しかも鼻孔には甘いにおいがかすめる。


「おい、いきなり抱きつくな」

「だって抱きつきたいんだもーん。いいじゃん、昔はよくこういうことしてたんだし、まんざらでもないでしょ」

「人目を気にしろ」


 と言って無理やり引きはがす。とはいえ、昼下がりの歓楽街は、夜の繁盛を思えば不思議なくらい人がいないから、別に人目を気にする必要などないのだが。まあ、俺が神経質なだけかもしれない。


「真治くんはよくここに来るの?」

「ああ、誘われたらな。一人ではあまり来ない」

「なんで?」

「高いし。家で飲んでた方がコスパいいんだよ。美味いつまみが欲しいなら別だけど」

「そんなもんなんだ。私と二人で暮らしても、家で飲むの?」

「まあ、多分な」

「ふーん。……じゃあその時は、ぜひお酌させていただきます♪」

「いや、別にいいから」

「いいじゃんいいじゃん、ケチー」

「どこがケチなんだよ……」

「ケチって言ったらケチなんですー」


 と唇を尖らせる。あざとい仕草だが、それも自然と思えるくらい可愛い。思わず脳がピンク色になりそうになる。

 そうして、飲み屋街を一通り見て回ると、既に時刻は夕刻となっていた。


「もうこんな時間か」


 俺が時計を見てぼやくと、佳乃子もうんうんと頷く。


「晩御飯どうする?」

「あー……」


 そういえば、キッチンが使えるとはいえ肝心の食材がない。冷蔵庫は空だし、調理器具も多分段ボールから出していない。

 自炊は面倒くさい。


「じゃあ、弁当買ってくか」

「そうだね」


 俺の提案に、佳乃子も反対せず乗ってくれた。




「どうだ? 仙台は」


 テーブルを囲んで弁当を食べている最中、俺は佳乃子に尋ねた。佳乃子は唇に指をあて、小首をかしげると、


「まあ、暮らしやすいかも」

「そうか」


 そこで会話が途切れる。

 長い間自宅では一人で食事してきたからか、団らんがどういうものか忘れているらしい。正直気まずい。


「……真治君ってさ」

「うん?」


 俺は弁当から顔を上げ、佳乃子の顔を見る、と同時にちょっと驚く。

 真剣そのものだ。

 一体、これからどんな質問をしようというのか。俺は身構える。気のせいか、部屋の空気が背中をぞくりと撫でた。


「彼女いるの?」

「ぶっ!!」


 口に詰めていた米が出てきた。


「……いきなりなんだよ」

「だって気になるじゃん」

「お前に話してどうするんだよ」

「いいじゃん別にー」


 かわそうとするが逃げられないらしい。


「……いないよ」

「え、ホントに?」

「いないっつってんだろ」

「へーそうなんだーいないんだー……ふーん」


 カミングアウトした恥ずかしさを耐える俺に対し、佳乃子はなぜか嬉しそうにしている。なんだこの状況。


「好きな人は?」

「いない」

「仲いい女の人は?」

「……いない」

「あ、ちょっと考え込んだでしょ。いるんだ~」

「いや、知り合いならいるけど仲良くはないっていうか」

「あ、そうなの。……真治君」

「あ?」


 すると、佳乃子は演技がかったような顔をして、


「……お気の毒に」

「余計なお世話だ。……てか、そう言うお前はどうなんだよ」

「え、私ー? もしかして真治君、私に興味を持ってくれているのかな」


 と、ニヤニヤ笑うのが癪に障る。


「いいよ、じゃあ言わなくても」

「あーごめんなさいごめんなさい、いない! いないから!」

「ああ、いないんだ」


 意外だったが、思ったよりも驚かなかった。なぜだろう。


「と、いうわけで。私はフリーだから、つかまえるなら今だよ~?」

「馬鹿なこと言ってないで食え」

「あいてっ」


 脳天にチョップを見舞う。


「もう、真治君のいけず~」

「どこで覚えたんだ、そんな言葉」

「内緒です!」

「……別に聞こうとも思っていないけど」

 こいつ、こんなに溌剌というか、面倒な性格だったっけ? 昔はもっと内気で、俺の背中をついて回ってた気がするんだけど。年月は人を変えるということだろうか。



 そうして、他愛ない雑談の中で弁当を食べ終わり、その日はシャワーを浴びて寝た。

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